マーリン・フィッツウオーター氏著「ホワイトハウス報道官」(平成9年刊 共同通信社)を、やっと読了しました。
訳者のあとがきを入れて、477ページですから、厚ぼったい本でしたが、それにしても、長くかかりました。著者のフイッツウオーター氏は、レーガン、ブッシュ両大統領に、6年にわたり仕えた報道官です。日本の政府組織と異なるため、理解できない部分がありましたが、報道官とは、日本で言えば、官房長官なのでしょうか。
普通はうかがい知れない、ホワイトハウスの出来事が、詳しく書かれており、どれも興味津々のはずなのに、最後まで退屈でした。ホワイトハウスのスタッフと、政府は別組織だと分かりましたが、報道官と補佐官の関係、各長官との関係がよく分かりませんでした。主席報道官、副主席報道官、報道官補など、さらに多くの役職者がいて、それはきっと、日本の場合でも同じなのでしょうが、説明なしに個人名で語られると、読者は疲れます。
氏が一番力を入れて書いているのが、「ホワイトハウス記者団」との、攻防です。定例会見と不定期会見があり、「ブリーフィングルーム」には、常時30から、70人の記者たちが詰めかけます。新聞社、通信社、テレビ局の記者たちで、どうやらメンバーも固定しています。どんな会社が常駐しているのか、氏が詳しく述べていませんが、本の中から拾い出した社名だけを転記いたします。
日本のマスコミが、情報を得ている米国マスコミの名前を知っておくのも、無駄でないような気がいたします。
[新聞社] ニューヨーク・タイムズ ワシントン・ポスト ワシントン・タイムズ
ウォールストリート・ジャーナル ニューヨーク・デイリーニューズ
[通信社] ロイター通信 UPI通信 AP通信
[テレビ] ABCテレビ CBSテレビ NBCテレビ
主として、ブリーフィングルームでは、報道官が記者会見しますが、時として大統領が顔を出します。日本で見る、官房長官の記者会見では、激しい緊迫感は感じられませんが、ホワイトハウスでの記者会見は、まさに一瞬の油断もできない記者たちとの攻防です。
氏は記者たちを「飢えたライオン」と呼び、事前の調査と準備と怠りません。彼らは、ちょっとしたミスでも逃さず、勝手に特ダネに捏造し、政権のマイナスイメージとして報道します。どういう経緯で、そういう伝統ができているのか、記者たちは常に政権を攻撃し、悪しざまに罵り、敵対する質問をする権利を持っています。民主党、共和党に関係なく、「時の政権のある者を叩く」というのが、基本姿勢となっています。大統領だけでなく、政府の長官たちを、スキャンダルで攻撃し、辞任に追い込むことも平気でします。
報道官側と記者の間に、語られていない、暗黙のルールがあるのかもしれませんが、予想もしなかった乱暴な記者団の姿でした。
「特別検察官法は、人々を追求する、」「検察官のグループを設置するが、」「犯罪行為が明確になる以前に、個人への追求を容認している。」「同法は、捜査対象者の名前を明るみに出し、」「犯罪が立証される以前に、その名声と資産を破壊してしまう。」「プレスを参加させ、プレスに餌を与えるのだ。」
「公的な政策を犯罪者に仕立て上げ、人々を政府から追放してしまう、」「メデイアの狂乱を作り上げる。」「無実が証明されるはるか前に、」「破滅させられた政府当局者は、大勢いる。」「それはワシントンの、死の踊りである。」
「その踊りでは、政治家、プレス、ワシントンの公的機関が、」「彼らが作るスキャンダルによって、うっとりし、」「犠牲者が滅ぼされるまで、むさぼり食うのをやめない。」
アメリカでは、こうした政治的風潮が、メディアの横暴を許しているようです。日本のマスコミは、この傲慢な部分だけを真似、報道の自由と、報道しない自由を使い分け、国民を扇動しているのかと、思いました。こういう事情を知りますと、トランプ大統領が、マスコミのフェイクニュースを攻撃し、記者と敵対する事情が分かります。
飢えたライオンであるメディアは、たとえ大統領でも引き下がらず、有る事無い事を捏造し、個人攻撃を止めません。そんな伝統もないのに、わが国のテレビや新聞が、思考停止のままアメリカを見習い、トランプ大統領を非難しているのですから、レベルの低さが手に取るように見えてきました。
著者が、有能な報道官であり、大統領の忠実な部下であることが、これもまた、よく分かりました。しかし、政府高官であるにしては、他人を批判したり、攻撃したり、自己顕示欲を隠さなかったり、私の思い描く人物像とは異なりました。正直で飾らない、アメリカ人らしい個性だと、そう思えば思えなくもありません。
沢山のお喋りが、箱に詰め込まれたぼろ切れのように、際限なく出てくる著作ですが、しかし、息子たちに伝えるほどの内容は、ありませんでした。