〈 第二十三闋 烏帽子 ( ゑぼし ) 平清盛が最も恐れた嫡男・重盛 〉
本日は徳岡氏の「大意」でなく、渡部氏の「大意」を紹介します。
清盛の西八條の屋敷には、後白河法皇の逮捕に向かおうとする平家の軍勢の旗がひるがえっている
太政大臣 ( 相国 ) だった人が入道したので太政大臣入道と呼ばれた清盛も 鎧を着、馬に鞍を置かせていた
そう言う出陣体制のところへ 平時の服装である烏帽子姿で現れた者がある。それは誰であろうか、「平家の嫡男で当時左近衛大将だった平重盛である」。
「どうして武装しないでこられたのか」と異母弟の平宗盛がとがめた。すると重盛が答えた。「兵権は近衛大将が持つことになっているが、今は自分がその地位についている。近衛大将が武装するとは由々しきことである。どこに自分が武装して向かわねばならぬ朝敵がいるのか。」
重盛は父の清盛に 慌てて立ち上がって黒い僧衣を重ねさせるほどの重みのある人物だった
ところが鎧の上に慌てて僧衣を重ねたため、襟元から鎧の小札 ( こざね ) がのぞくので、清盛は自分の子に対して愧 ( は ) づかしく思った
重盛は平家の人たちに言った。「公 ( 父の清盛 ) に従って後白河法皇を捕らえに行こうと思う者は、まず私の首が落ちるのを待ってからにしろ。( 私の目の黒いうちは許さぬぞ ) 」
重盛の烏帽子の上には 晴天に譬 ( たと ) えられる皇室があった
そして重盛の烏帽子が健在のうちは、晴天にも譬えられる皇室の権威も落ちることはなかったのである
頼山陽の詩の意味はそうだったのかと、ここまで解説されると分かります。逆にここまで解説されないと理解できない詩です。使われている言葉の難解さでなく、事実の省略が多くて読む者が理解できない・・果たしてこの様な詩が、素晴らしい作品なのでしょうか。いつもの疑問が生じますが、「ねこ庭」での疑問は誰も相手にしません。頼山陽の詩が素晴らしいという評価は、微塵も揺るぎません。
続く氏の解説を読んだ時、知らないことを教えられる「学徒の喜び」が「ねこ庭の疑問」を消してしまいました。
「〈 衣の下に鎧がちらつく 〉と言う諺まで生んだこの父子対面の時に、重盛はかの有名な〈 孝ならんと欲すれば忠ならず・・ 〉という言葉を述べ、自分を切ってから出陣されよ、と言ったのである。」
この解説は文字通り「目から鱗」の教えで、私の無知を啓 ( ひら ) きました。〈 孝ならんと欲すれば忠ならず・・ 〉という重盛の言葉は、優柔不断な人間の迷いでなく、死を恐れない武士 ( もののふ ) の覚悟の表明でした。
同じ言葉を読んでも正反対の理解をしてきた自分が、恥ずかしくなります。頼山陽と渡部氏が二人揃って重盛を称賛していた理由も、これで分かりました。重盛は豪胆な武将と言うだけでなく、皇室をうやまった忠臣だったのです。皇室には命をかけてでも守らなくてならないものがあると、二人はそれを読者に語っていました。
重盛の言葉に道理があるため、清盛は引き下がりました。
「自分はもう老人だから、子孫のことを考えただけである。今後は、お前の好きな様にやるが良い。」
清盛が姿を消すと、重盛は異母弟たちを叱りました。
「父はもう年をとって、判断がつかなくなりつつある。どうしてお前たちが止めなかったのか。」
その場にいる将士たちには、命じました。
「父清盛に従って行こうとする者は、まず私の首がはねられるのを見てからにせよ。」
言い残して彼は、自分の家である小松第 ( こまつだい ) へ帰りました。だが話はここで終わるのでなく、先があります。
「自宅へ戻っても、重盛の不安は去らなかった。そこで彼は、〈 大事件が起きたから集まれ 〉という命令を出した。武士たちは日頃沈着な重盛公がこの様な命令を出すからには、きっと大事件が起こったのだろうと、一晩のうちに実に二万 ( 『平家物語』では一万 ) の大軍が重盛の元へ集まった。」
「一方清盛のところには、一兵も残っていなかった。重盛は、家貞 ( いえさだ ) と貞能 ( さだよし ) を清盛のところへやり護らせた。」
ここで清盛が、二人の息子に聞いたそうです。
「なぜ重盛は、兵を集めたのか。」
「後白河法皇が、太政入道が君恩を忘れ、国を乱そうとしているので、重盛公に討伐を命じられたのです。しかし重盛公は、法皇の怒りを解くから安心してくださいと言っておられます。」
二人の息子の話を聞き、清盛は大いに恐れ反省し、清盛の様子が伝わると後白河法皇の怒りが解け、厳戒体制がゆるんだと言います。しかしどうやらこれは、後白河法皇のご意向でなく、重盛が父を救うために打った大芝居であったようです。次の短い氏の解説が、私たちにそれを示唆します。
「重盛は父の誤りを救ったものの、権謀を使わざるを得なかったことを深く嘆き、兵士たちを厚くねぎらって帰らせた。」
あと10行の解説で第二十三闋が終わり、同時に氏の著作も終わります。たくさんのことを教えてくれたこの書評が終わるとなりますと、一抹の寂しさが湧いてきます。学校で厳粛に終業式が行われるように、次回は頼山陽と渡辺氏へのお礼と感謝の意を込め、お別れ会がしたくなりました。
興味のある方がおられましたら、残る十行の解説と、お別れ会出席のため「ねこ庭」へ足をお運びください。