田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

耳元でささやく声/さすらいの塾講師 麻屋与志夫

2010-10-24 01:42:08 | Weblog
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「いちど向こう側にひきこまれると、なかなかもとにもどれない」
「そんな……、どうすればいいのパパ」
「精神的外傷体験後遺症。トラウマからの回復には時間がかかるかも」
むずかしい言葉でひとりごとをいう父を翔子はだまってみつめていた。
父の運転する車で夜の新宿に向かっている。
5年ぶりで会った父だった。

異次元からの干渉かある。
策動がある。
不穏な動きがあるとペンタゴンの予測だ。
そして、経済的不安。
国と国との領土あらそい。
民衆を情報操作して不満を外国に向けさせる。
国粋主義が台頭する。
戦争の辞さない。
そうした雰囲気を国際的につくりあげる。
株安。円高。
民衆の苦しみを糧としていきる巨大な魔の胎動。

「吸血鬼はその魔王の先兵なのだ」
「わたしたちが戦ってきたのはそんな小物だったの」
「いや、小物とか大物といったことではない。背後にもっとおおがかりな陰謀がかくされていたのだ。それに気づいたのでわたしはアメリカに密かに渡航した」

純は新宿をさまよっていた。
歩くのはすきだ。
ひとは常に歩く速度でものを考えるのがいい。
だがいま純は半覚せいの状態で歩いている。
耳の奥で声がする。
殺せ。
殺せ。
殺せ。
だれだ!! おれに命令するのは。
じぶんの意志が統制されている。
じぶんの動きが自由にならない恐怖。
おれは、どうしてしまったのだ。
病院をぬけだしたのはわかる。
夜の新宿の街を歩いているのもわかっている。
それなのにどこにいこうとしているのか。
なにをしようとしているのか。
まさか、命令どおり、ひとを殺す気ではあるまい。
耳鳴りがひどい。
原色のネオンきらめく街も、
さすがに大殺戮事件が起きたので、
人影もまばらだ。と思いたいが、あいかわらずの雑踏だ。
ただ、おかしい。
おかしいいぞ。
あれが人間なのか。
異様な姿にうつる。
ガニマタでよちよち歩きしている。
腕は素足は、甲殻類みたいな堅い殻に覆われている。
殺せ!
なんて醜いんだ!!
殺せ!!!
あいつらは異形の者。
純を見る目は白濁している。
口元には哄笑がうかんでいる。
おれを軽蔑しているのだ。
純は鬼切丸の柄をにぎっていた。
これはナイフなんかより殺戮力はあるぞ。
ともかく鬼切丸だからな。
だが……抜けない。
鬼切丸は鍔なりがしている。
カチカチと音をたてている。
それは警告のようだ。
ぬいてはねダメ。
だめ。
「だめだだよ、純。あやつられているよ」
翔子だ。
そうだ、翔子はどこだ。
翔子の声が聞こえる。
翔子、どこだ!!?
おれはおかいのか。
どうかしちまっているのか。
翔子。翔子。翔子!!!

「お父さん、あれ――純だ。止めて」



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