田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

美智子の危機(2)/三億八千万年の孤独 麻屋与志夫

2011-05-04 08:35:44 | Weblog
2

犯人からはなんの連絡もない。
不安な夜が明けた。

唄子の事件でマスコミは狂騒している。
さいわい美智子の失踪は、かぎつけられていない。
同じ芸能事務所「バンビ」に所属する美智子まで行方がわからない。
などと、
新しい刺激をあたえたら、
マスコミがとびつき、
むらがり、たいへんなことになるだろう。
美智子がマスコミの集中砲火をあびるのだけはさけたい。

はやく、さがさなければ。
隼人たちは焦っていた。

「いままでのことを、復習してみよう。
美智子さんがはじめて襲われのは日光の帰りだ。
東北道で襲われ、
これはぼくとキリコがヘリでかけつけるのがはやかった。
ことなきを得た。
つぎは記者会見の席。
まだ薬物は特定されていないが、グラスの水が苦かった。
毒殺などという意思はない。
ただのいたずらだったかもしれない。
そしてこんどの拉致。
ぼくらの目前で実行された」
「……どこにいるんだっぺ」

隼人の焦燥をやわらげようとしている。
ひさしぶりで、キリコの栃木弁がでた。

わからない。
ぼくにはわからない。
ほんの、タッチの差で拉致された。
目の前から、美智子を拉致された。

「美智子さん。帰ってきさっせよ。帰ってきさっせ」

キリコが栃木弁で祈りの気持ちをこめている。
美智子がぶじに帰ってくることを願っている。



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第十三章 美智子の危機/三億八千万年の孤独 麻屋与志夫

2011-05-03 06:54:51 | Weblog
第十三章 美智子の危機

1

美智子はふらふらと庭を横切る。
門のほうへ歩いていく。
なにものかに操られているようだ。
まるで誰かに呼ばれているように……。
ふらふらと外に向かっている。

「美智子さん!!」

門扉を開けて通りにでた美智子。

「もどって!!」

背後から声をかけて隼人が追いすがる。
精悍な隼人の顔にオドロキの表情がうかんだ。

「美智子さん! 美智子さん!!」

隼人は美智子の動きを制止しようとした。
叫びながら駈けだしていた。
いま少しだ。
追いつける。

「美智子さん!!!」

美智子は呼びかけられているのに。
止まらない。
キーンと耳鳴りがする。
まちがいない。
これは鬼気だ。
邪悪な鬼神が身近にいる。
迫ってくる。
耳に突き刺さる音。
おもわず耳を押さえて立ち止まる。
凍てつくような寒気。
凍てつくような恐怖。
凍てつくような無力感。
なにもできない。
美智子の危機を救えない。

キュユと車が門前に急停車する。
しまった。
立ち止まるべきではなかった。
いや、邪悪な波動に体がかたまったのだ。

美智子が腕を引かれた。
抱え込まれる。
ドアが激しい音をたて。
閉じられる。
車は急発進してしまった。

「キリコ。車だ」

隼人は必死で車を追った。
ナンバープレイトは……ダメだ。見えない。
なにか張り付けてある。
いつも携帯しているカシオのデジカメ。
シャッターをきる。
おそらくそれでも――。
ナンバーは読み取れないだろう。

車は大通りを右に曲る。
車はまたたくまにほかの車にまぎれる。
見えなくなる。
 
キリコの運転するBMWが隼人の脇に寄ってくる。
キュルルとスピードをゆるめる。
開け放たれたドアから隼人は飛び乗る。

「秀兄ちゃん。美智子さんが拉致された。車は都心に逃走中」



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愛の賛歌(4)/三億八千万年の孤独 麻屋与志夫

2011-05-02 09:06:29 | Weblog
4

キリコが階段の踊り場で叫んだ。
叫びながら階段を駆け下りてくる。
ただごとではない。足音。
ただごとではない。叫び。
「美智子さん下りてきた?」
里恵と隼人は思わず階段を見上げた。
「たったいままで窓に影がうつっていたのに。いないのよ」
まばゆい部屋の光の中で、キリコの顔が不安にゆがんでいる。
「裏階段だ」
外階段から庭に出られる。
隼人がカーテンを開ける。

「ほら……滝をみている」
そびえたつミニチュア―の滝。
直人への愛の想いで眺めつづけてきた滝。
夕闇にはまだ間がある。
蒼穹の広がっていた白雲が茜色に染まっている。
淡い光の中で美智子が滝を見ている後姿が庭に在る。

その後ろ姿は、ハンマースホイの静謐な絵のなかの人物像のようだった。
妻のイーダの後ろ姿を繰り返し描いた画家。
その筆が生みだした傑作のようだ。
遠目にも美智子の、うなじから肩にかけての哀愁ある風情か見える。
美しい。
さすが女優。
後ろ姿のプロポーションだけでもひとの心を惹きつける。
隼人はしばしみとれていた。
まだ着替えはしていない。
部屋を出たときのままだ。
黒とグレイの毛糸で編んだスエタをきている。
美智子のお気に入りのマックスマーラの太めの毛糸仕様。
ざっくりとした感じのスエタだ。

「よかった。びっくりしたよ。きゅうに影も形もみえなくなったのだもの」
美智子の部屋はキリコの部屋と向かい合っている。
ガラス窓になっている。
そこから、美智子の部屋が見える。
美智子の存在をたしかめられる。
庭にある人工の滝には直人への想いがなまなましく生きている。
その滝を静かにみているはずの美智子が――。
唐突に動きだした。

「やっぱオカシイよ。外にでてくよ」
キリコの不安と危惧は、この後、現実をともなって展開した。



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愛の賛歌(3)/三億八千万年の孤独 麻屋与志夫

2011-05-01 05:58:19 | Weblog
3

「わたしは、やめられなかった」

唄子は大麻や合成麻薬をやっていたことを告白した。
誰かにきいてもらいたかったのだろう。
唄子は涙ぐんでいる。
麻薬に溺れたじぶんを哀れんでいる。

夫の健一が目の前で刑事に強制同行をもとめられた。
それをみて逃げたのだという。
隼人は唄子のわたし『は』という言葉に異様なものを感じた。
たった一言の助詞に隼人は拘わった。

あなたは止められたが。
わたし『は』止められなかった。
といっているような気がした。
あるいは、思い過ごしかもしれない。
そのあなたが、話し相手。
目前にいる美智子。
を。
さしているような気配。
不安になった。
美智子の顔を見ながらの会話だった。
隼人は胸騒ぎがした。

「警察に出頭したほうがいいわ」
「それより、お金貸して。
ぶらりと買い物にでたので……。
ATMをつかうと足がつくものね」
「出頭したほうがいいって」

美智子が金を渡す。
唄子は止めるのもきかずに出ていった。
美智子の説得も。
願いもききいれられなかった。

その日の夕暮時。
部屋には、美智子と母。隼人とキリコがいた。
「美智子、少しよこになったら」
母の里恵がやさしくいう。
隼人は唄子の言葉について本当は美智子にといただしたかった。
「そうするわ、みなさんごめんなさいね」
「隼人――ダメだよ。
美智子さん。
まだ直人さんに死なれたショックから完全にたちなおっているわけじゃないよ。
思いださせちゃった」
とキリコ。

「ごめんなさい」
隼人は里恵にあやまった。
「いいのよ。
この3年間もっとひどかった。
隼人さんがきてからずいぶんと元気になった。
撮影にさしつかえないなら、いくら悲しんでもいいのよ」
「美智子にとったら初恋でしたものね。
オフィーリアのように……。
わたし美智子が霧降の川に身を投げるのではないかと心配だった」
里恵はつづけた。
吐息をもらした。
鹿沼の母の死も美智子に関係あるのではないか。
と。
悩んでいるのかもしれない。

直人を忘れられない。
恋しい人の面影をまだ追い求めている。
亡き恋人を想いつづけている。
その愛のふかさがすばらしいと隼人はおもった。
人を愛するこころの切なさがひしひしとつたわってくる。

隼人もミレイの描いたオフィーリアの狂死の絵は。
なんどかバビルゾン派の巨匠の画集などで観たことがあった。
水面に揺らめく花々に埋もれて……。
入水自殺をした美しいオフィーリアが流れていく。

「すみません。
直人の残したエンゲージリングや詩を不用意にわたすべきでなかつた。
余計なことをしてしまった」

テレビは唄子の逃避行を追いかけていた。
リポーターはまくしたてる。
唄子の出生から今日までの履歴をあらいざらいまくしたてている。
どのチャンネルを開いても唄子のことが話題となっていた。
それでも、唄子の潜伏先はわからない。
あれから、どこにいつたのだろう。
芸能界の、スキャンダルの蜜に群がるプレスの蜂。
いたるところをとびまわっている。
唄子の所属事務所では美智子の受賞でもりあがっていたのに。
それが反転した。
「事務所側では。
酒の谷唄子が薬物依存症だったということに関しては。
まったく認識がありませんでした」
渋い顔で社長の飯田社長がコメントしていた。

唄子の故郷西宮。
そこから唄子の携帯の発信履歴が認識された。
そしてまだ親たちが健在だ。
すわ、ふるさとに潜伏かと――。
城山の高級住宅地区にもレポーターとカメラマンがおしかけた。
唄子の同級生にもインビューしている。
取材競争がさらにエスカレートしていく。
その狂乱ぶりががテレビの画面からもよみとれた。




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