~Agiato で Agitato に~

再開後約20年になるピアノを通して、地域やほかの世代とつながっていきたいと考えています。

朗読とピアノのコラボ

2013年09月29日 22時46分48秒 | その他音楽

FBつながりのある方に誘われて↑のコンサートに行って参りました。

話せば長いのですけど、うちの師匠のリンク関係でご縁をいただいた在東京の方からのご紹介です。

素敵なチラシなのと、「朗読とピアノのコラボ」という抗し難い魅力・・・

言葉と音楽、私自身もずっと関わり続けていきたいジャンル。これは行くでしょ、用事なかったら絶対行くでしょ。

行ってみたらですね、驚きましたよ。・・・・これまでの私の小さな発表会もどきを聴いてくださったご近所の方とばったり。そして主催の方もなぜか私の演奏を2回ほど聴いておられる。ピアニストの伊藤さんは私一方的に存じ上げてましたし、打ち上げでよくよく話してみたら、朗読の方もどこかでニアミスの関係。

狭い、狭い狭すぎる~。もう、ノーメイク、TシャツGパン下駄履きでウロウロできない、・・・・いや、やりますけど。

 

さて、コンサートのお話。

西条八十。あ、これサイジョウヤソと読みます。ハチジュウじゃないですよ、念のため。

この八十さんの詩をシューマンの「子供の情景」の曲に合わせてチョイスし、曲と交互に朗読されるわけですが、なかなかいいんですよ、これが。ふつうに読むだけで歌の体をなしているような詩なので、シューマンの、これは「歌」というよりどっちかというと「語り」っぽい曲とけっこう合う。う~ん、考えましたねえ。

実は私、遠い遠い昔書いた卒論が「萩原朔太郎」なんですが、あのちょっと気持ち悪い皮膚感覚満載の詩だったら、いったいどういう曲とコラボするんだろうか・・・・とヘンタイなことを考えておりました。

後半の「象のババ-ル」。これ、絵本は有名ですし、プーランクの曲があるのも知ってましたけど、恥ずかしながら聴いたのは初めて。ましていきなりライブ(笑)。

朗読とピアノとプロジェクターへの絵の投影という豪華3点セットで、子供のように楽しませていただきました。

プーランクってあまり弾いたことないですし、そこまでなじみもないのですけど、「プーランクだなあ」という和声、「フランスの絵本だなあ」という内容・・・素直にとっても面白かったです。

私も時々、演奏会を企画したり自分も参加したりする人間なのでわかるのですが、こういう「凝った企画」のものはいろいろと難しいんですね。会場の設定、宣伝、スポンサー、いろいろ考えると「やっぱり無理か・・」みたいになってしまいがち。でもそこを損得抜きで「とにかくやってみよう」というところが、おおげさにいうと「文化」じゃないのかな・・と思ったりもします。

今日は、コンサートもですけど、打ち上げにも思いがけず参加させていただき、初対面ばかりの方なのに、初対面とは思えないようなお話ができて(笑)、得難い夜でした。

 

・・・・で、朔太郎とコラボするなら誰だ???(違)


明日は運動会

2013年09月27日 22時07分56秒 | 雑感

明日は、最後の「ダブル運動会」。

「それってなに?」と思われた方のためにご説明しましょう。

娘の通う小学校と、息子の通う高校(正確には中高校)は、徒歩で数分(校内敷地まで入れると10分近いかもしれません)の距離にあります。

それはまあいいのですが、なぜかまったく同じ日に運動会(体育祭)が開催されるので、7つ違いのうちの子たちの場合、息子の中高6年間のうち5年間は娘の運動会と丸かぶり。親は二校のプログラムを手に、毎年山道をせっせと2~3往復せねばならない・・というわけです。

幼稚園から数えると高3で運動会は15回目になるわけですが、場所取りに朝6時頃に行き、帰ってから弁当の仕上げをしたこともあれば、全然場所なんか取る気もなく、空いてるところで適当に食べたこともあります。

なんでも今日息子の学校のリハーサルでは、「プログラム0番は、保護者による席取り競争です。上品に上品にお願いいたします」というアナウンスがあったそうで、「明日ほんとに言うのかなあ~?」と言っておりましたけど、言うわけないと思われ(笑)。もっとも親と一緒には食べないので、昼食のための席とりではなく見物のためだけの席取りです。

娘の方は親と昼食は一緒。1年から小5の今年まで、一緒に食べるお友だちも、場所もほぼ変わっていません。お昼時に親を探す手間が省けてよろしい(笑)。

そういえば、息子が小学校1年のときは、校舎の建て替えのため6月に運動会があり、その年の10月初めに出産予定であった私は、とてもほっとしたことを覚えています。まだ生徒数が少なかったせいか、まるでビーチのようにパラソル付のテーブルセットが立ち並び、なかにはビールサーバー持ち込みのうちとかもあり、「ええ~っ、運動会でお酒??」と目がテンになりました。翌年は「禁酒・禁煙」となっておりましたが。

・・・・というわけで、明日は寝坊できません。さっさと寝よう~


今月2回目のグリーグ

2013年09月23日 23時54分19秒 | コンサート(企画、協力、出演 含む)

今月8日の弦楽器発表会の伴奏(3人)に続き、本日、友人の伴奏をしてきました。

グリーグのチェロソナタの第2楽章を8日に講師演奏(伴奏)でやり、その続きといってはなんですが、本日は第1楽章。

趣味でやってると、基本的に「自分に向いてないかも」と思うような作曲家にチャレンジすることはあまりなく、まして、人前で弾くことはありません。こうして、デュオという形で、あまりなじみのない曲に取り組む機会を得るのは大変ありがたいことです。

いろいろ動画も見てみましたし、練習もしてみましたけど、曲そのものがけっこう難しいうえに、どうも位置的にも北欧は遠い国でありまして、たとえ音は並んでも、曲としてなんとかなるものだろうか・・・と思ったりも。

そこは、ピアノサイドから、あるいはチェロサイドからレッスンを受け、徐々になんとか「らしく」なるようにはしてきましたけど、直前まで「う~ん・・・」という感じ。

リハ-サルは二人ともだいぶ走り気味で余裕なく、何か所か注意をいただきました。「本番はたしてそうできるもんであろうか・・・」と思いましたが、リハと本番の間(2時間くらいあいてました)で、ふたりで修正点を出し合って、本番けっこうそれが自然にできたことは過去に比べるとかなりの進歩かな・・と(笑)。

今録音聴いてみましたが、(細かいことは別にして)思ったよりできた感じでしょうか。あくまでも今までの自分たちの演奏を比較して・・ということではありますが。

今日の演奏者の中では、私たちは間違いなく最年長コンビであり、今年でなんと6回連続参加です。ショパン、フランク、ブラームス、ベートーヴェン、グリーグのソナタとサン=サーンスのコンチェルトをやってきました。もともと大人発の二人ですけど、それなりに何年かやってると、だんだん変化もあるもんです。

七夕のごとく1年に1回しか会うことのない方々とお話したり、打ち上げで盛り上がったり(笑)。本来有料でしか聴く機会のない、M先生やSさんの演奏の貴重な演奏も聴かせていただいて超ラッキーでした。

また来年参加できるのを楽しみにしております~!

 


語りまくり

2013年09月18日 17時46分17秒 | 雑感

涼しくなったからというわけでもないと思いますけど、ここのところ、知人友人と会う機会に恵まれております。

先週は、7月のコンサートの共演相手とひさしぶりに会い、「ちょっとお茶でも・・・」のはずが、気づいたら3時間以上経っていたという・・・・(汗)。1杯のドリンクの、溶けた氷まで飲み尽くしてもなお語っていたというわけですが、音楽の話ばかり、まだまだ語り足りず(笑)。来年、小さいものでいいからなにかやりたいね~ということで思いつきで曲決めたりして、楽しみが増えました。

日曜昼は、ピアノの友人ふたりと昼からビール(笑)。地元でミュンヘンのビール祭りを模したお祭りが開催されていたので行ってみました。すごい人出とすごい音量でなかなか盛り上がってました。ここでは濃いビールを1杯だけ。河岸を変えて、アイリッシュパブでベルギービールとなぜかバーボンを飲み、最後はカラオケへ。

連休の中日でしたので、笑って許していただこうと思うのですけど、バーボンは実に25年ぶりくらいに飲みました。ふわっと漂う軽薄な後味(殴)がたまらないです。遊びにはうってつけ。

カラオケは、う~ん・・・・いつ以来ですかね、覚えているのはレーザーディスクのものでしたので、時代の変化にびっくり。世代感満載の、1970年~80年代の歌ばかり3人で互いにリクエスト。たとえどんなに若いふりしてても、歌うたうとトシばればれですし、だいたい似たような世代で歌いに行かないとおもしろくもなさそう・・・・。

 

なんだか遊んでばっかりみたいですけど、・・・・・間違いありません、遊んでばっかりです(汗)。

今日は、ご近所の息子関係のママ友のお宅にお邪魔してお茶。昼下がりに6人でお茶というと、なかなか優雅な響きですけど、受験生を抱え深刻な話のあれこれ。・・・ではなく、少しはまあそういう話もありましたけど、介護に更年期、老眼、あとは追っかけ(?)、ドラマ、映画、etc。 飲んでもいないのに、会話沸騰炸裂、大爆笑。

たまたま知人の名前がでたところ、「・・・その人、親戚」「・・・その人、友人の兄弟」。・・・・・なんと世間は狭いことであろう。悪いことはできません(汗)。

 

・・・・・・さて、とりあえずやらなきゃならないことはなんだったっけ?? 


耳をそらさない

2013年09月13日 22時08分03秒 | ピアノ

涼しくなったのかと思うと暑くなるし、晴れかと思うと雨降るし、少しは痩せたかと思うとすぐ戻ってるし、ほんと落ち着きのない9月の日々です。

いや、でも2020年のオリンピック開催が東京に決まったというビッグニュースがあり、それに関連してテレビでは1964年(つまり私の生まれた年)東京オリンピック開催時の、裏話みたいな特集が連日放映されております。

たかが49年前じゃないかと思うのですけど、今みるとびっくりな話がけっこうあるんですね。

一番びっくりしたのは、当時「外国の女性選手は立って用をたす」ときいていて、女性用立位のトイレを作ったそうで、それがそのまま幻の遺産になったとか(驚)。世界は広いですから、そういうお国があっても別に驚きはしませんけど、結局使わなかったということはリサーチが不十分だったのでしょうか・・・

それから、当時の東京近辺の宿泊施設というと、ほぼ和風旅館だったので、「外国人のために、机と椅子を設置すること」というお達しがあり、それが今でも残っているらしい。あれですよね、畳の部屋の外側に付け足したように細い廊下状のスペースがあり、そこに机と椅子2客が置いてあるという。なんか不思議な空間だなあ・・といつも思っていたのですが、そういういきさつだったのですね。・・なるほど。

映像を見ても、沿道に割烹着のおばちゃんがすわっていたりして、さすがに時代を感じます。今ではあんな格好してるのは、サザエさんちのフネさんぐらいですけど、私が小学校の頃までは入学式に卒業式、お母さんたちはほぼ全員着物で、うえからカラスみたいな黒い羽織をきていたものでした。・・・・・と書くと、さすがに時代感ハンパないですね。やっぱり半世紀前のことだと思わざるを得ません。やれやれ。

 

そこまで過去のことではないのですけど、先日の「過去の自分の演奏を聴く」ドMシリーズの一環で、2002年夏の録音を聴いてみました、というか聴いてしまいました。

これはどういう状況のときの演奏かといいますと、ピアノを再開して3年目あたり、娘がお腹の中にいたころ(7か月くらい)のもので、こちらに転居してきて1年ちょっとで大人の発表会に出たときのものです。

ショパンのバラード3番なんですが、速く弾けないとか身体が重そうとか、そういうことは当然として、驚いたのは解釈というか鍵盤へのアプローチですね。

和音は平板に叩く、スラーの最後はブツッと切る、レガートとか関係なく細かい音も力いっぱい弾く、・・・・

要は超下手くそなんですけど、それにしても曲そのものは耳タコで聴いているはずなのに、聴くことと弾くことがあまりにもかけ離れているさまに驚きました。

逆にいうとこの演奏は「下手に聴こえるエキス満載」なので、反転していけば「それなりに」聴こえるはずでもあります。

再開したときの状態は自分でも覚えてますけど、楽器は電子ピアノ、楽譜は読むのがほんとに大変・・・調号、臨時記号、リズム、いちいち立ち止まって考えないとどんな曲になっているのかまるでわからない。しかも、もともとはあったはずの音感が壊滅状態。「どの音を聴いてもド」ということで、聴き取りなどはまったくできない。。

13歳でやめたあと、途中大学時代1年に1曲くらい仕上げてはいましたが、寮生活でしたから楽器は持たず。35歳で再開ということですから、再開3年目でバラード3番をなんとか譜読みして暗譜して人前で弾いたということは、まあ頑張ったといえばそうもいえます。おまけに、13歳でやめた時点では、ショパンはワルツを何曲かやったのみですから。

このバラードの録音を聴いて思ったことは、技術はやはり聴けてこそついてくるんだ、ということ。当時はおそらく、この録音を聴いても「ヒドイ」とは思わなかったはずなんです。当然どこをどのように直せばいいかもわからない。

もちろん「聴く」という行為そのものは、とくにピアノをやってない期間でも、CDやテレビ、あと生の演奏会でたくさん経験していたはずなんですが、「自分の演奏を聴ける」ということ、これはちょっとタチが違います。

「自分の演奏」そのものにしても、「録音を聴く」というのと、「弾きながら聴く」というのはまた違いがあるように思いますが、要は「耳をそらさない」ということかと。

若いころは知りませんけど、たとえば私くらいのトシになると、鏡や写真をじっくり見るのはあまりにも勇気のいることなので(汗)、知らず知らずのうちにどこか「目をそらして」いるところがあります。

毎回ツムジや分け目をチェックするでもなし、しわやシミを観察するでなし・・している方もいらっしゃるかもしれませんけど、まずは化粧だのなんだので、隠す方向に走ります。

自分の録音を聴くたびに、私はこういう行為を思い出すわけです。で、耐え難いので、最初は遠景から攻めるというか、まずは茶碗を洗いながら聴く、次に書類でも片付けながら聴く、・・そして楽譜を見ながらマジメに聴く。

それくらいの段階を経ないと自分の演奏に向き合えないヘタレです(汗)。でも、自分で嫌なものを人に聴かせて、かつ良い評価を得ようなどというのはムシが良すぎると、最終的には勇気を奮い起こして聴きます。

習慣になれば、そこまでのこともなく、「弾く→聴く」「聴く→弾く」みたいになりますけど、あまりに慣れてくると、今度は見慣れた自分の部屋の景色みたいになって、散らかっているところや汚いところにも平気になってしまったりします。そのあたりのバランスみたいなものも大事かもしれないですね。

ほんとひさびさに聴いた過去の演奏でしたけど、もともと自分の持っている傾向、うっかりすると今でも露出するクセ、トレ―ニングや指導によって変わってきたところ、・・・いろいろなものが見えて、勉強になりました。

演奏を記録するのは基本的に好きではないのですが、やはり無駄なことではないですね。懲りずにこれからもドMに聴き続けます。


プレイバックでお片付け

2013年09月09日 12時56分53秒 | 室内楽

昨日は、某弦楽器教室の発表会があり、チェロの伴奏を3人分してきました。

私は3人だけですけど、ヴァイオリン&ヴィオラ伴奏担当の方は20人でしたか・・・大変です。それも緊張した生徒さんがオチタところはさりげなくメロディーを弾いてあげたり、拍が飛んでしまったところは一緒に飛んであげたり、実はいろいろなことが起こっているわけで。・・・・ほんとに優しくて素敵なピアニストさんです。

さて、今日は宅急便がくるかもこないかも、ということで、ピアノ室にこもるわけにはいかず、かといって何をする気も起きず。でも、部屋を見回すと、夏休み明けの荒れ放題のまま。なんで誰も片付けんっ!!ということなんですが、どういうわけか私、脚が筋肉痛なんですよ。一昨日昨日と別に長距離歩いたわけでもないのに。ちょっとだけ早歩きしたような気はしますが・・・。

この重い腰を上げるにはどうしたらいいか・・・・

そういえば、まだ7月のコンサートの録音を聴いてなかった・・・・勇気を振り絞って聴いてみよう!

というわけで聴いてみたわけですが、これが見事にアタリまして、もう一時もいたたまれない(汗)。といって茶碗を洗ったり掃除機をかけたのでは音が聴こえない。自然、黙々と、でも落ち着きなく片付けをするしかなくなりました。

済んだコンサートのことをあれこれ言うのはご来場いただいた方にも申し訳ないので、感想は自分だけのものにしときますけど、ほんとにもう本番のプレイバックほど心臓に悪いものはないです。

最近どうも私、「緊張する」か「全然しない」かどっちかなんですね。もちろんそれは曲の難易度、練習の十分不十分、客数客層、有料のコンサートかこちらが払って出ているものか、・・・などの条件におおいに左右されますけど、

ひとつのコンサートのなかでも、1曲1曲でけっこう精神状態が違っていてそれがありありとよみがえってきます(汗)。

「緊張の極致」ですばらしい演奏をされるような方も世の中にはおられますけど、私のようなものは、やっぱり緊張していると速くなるし音が硬くなるし、ミスタッチが増える・・という平々凡々な結果になります。

不思議なもんで、初めての会場の一発勝負でも(コンクールみたいなもの)、全然緊張しないこともありますし、何回も何回もそこで弾いて入念にリハしてもダメなときもあります。

今日は、7月の録音を聴くだけでは掃除が終わらなかったので、さらに遡っていろいろ聴いてみる・・というドMな時間を過ごしたわけですが、

いろいろ聴いてみると、ソロが硬いのはまあ当たり前として、アンサンブルでも相手にかなり気を使ってあげなければならないような場合(相手の経験が少ないとか、子供であるとか、相手がド緊張してるとか)がけっこう落ち着いているというか、自分が緊張するわけにはいかない・・という自覚もあってか、聴きやすい音のような気がします。あまり頑張ると相手を弾き殺してしまうので加減して弾いているというのもあるかもしれません。

ソロの時は、ほとんどの場合が暗譜で(しかもオチないか不安・・・殴)、鍵盤も見てないことがけっこうあるし、それはそれでいいし、集中と言えばきこえばいいけれど、要は必死なので、聴きかえしてみても手に汗握ります(・・演奏内容にもよりますが)。

アンサンブルのときは、そりゃ一緒にドツボったり走ったりもありますけど、楽譜、相手、会場の響き、たまには鍵盤・・みたいな感じで、あちこち注意が移ってるし、万一のときはリカバリーできるくらいの余裕も残しておかないとならないので、たぶん練習のときから意識が自然と違ってるんじゃなかろうか・・・とそう思うわけです。

そういう部分がもう少しソロにも反映できれば、もう少しいい感じになるんじゃないかなあ・・・とドMな時間を過ごしながら思うことでありました。


お出かけは計画的に

2013年09月06日 23時42分58秒 | ピアノ

珍しく連日更新です。やるときはやります。

今日は夕方からの用事。18:45~コンサート、21:00~チェロのレッスンに同行(チェロソナタなので)。

午前中はなぜかだらだらしており、うとうとしたりもして、「なんであんたたちまだうちにいるのっ!」という自分の寝言で目が覚めました。そしたら、ほんとに息子の部屋から「ゴトゴト」という音がして、「ま、まさか正夢?」と飛び起きたら、上の階からの物音らしく、考えてみれば二人とも、8時前後に相次いでちゃんと学校へ行っていたのでした。

そんなことやら、今しなくてもいいのに風呂洗ったりとか、よくわからないことをしていたため、練習を始めたのが11時。今夜レッスンあるのに、明後日本番なのに・・・と痛い指に鞭打って練習。

あ、なぜ痛いかといいますと、5日くらい前に、娘を叱っているときに勢い余って、壁にゴスッと右中指を打ちつけてしまったんです。別に殴る蹴るしてたわけではなく、「なんなんのよ、これ?」というアクションで「ゴスッ」。ふつうに動きますし、痛いのは家事をしてるときだけで、ピアノを弾いてるときは別にどうってことありません。

近々に本番にかける曲と別に、レッスンで「こっちも弾いてみて」といわれる可能性がある曲を急いでなんとかしないといけないので、昨日からとにかく聴いて覚え、楽譜見て覚え・・・・で要は丸覚え。楽譜落ちしたときは、聴いて覚えた分でカバー。この速さの曲、いちいち楽譜見てられませんから(汗)。

 ・・・・というわけであっという間に夕方です。ご飯作ってシャワー浴びて、ご飯食べて、でもう18時。シャワー&着替え&化粧15分、食事4分でございます。もちっと優雅にコンサート出かけられないもんか(汗)。

 

さて、今夜のリサイタルはこちら

鴨田友梨香ピアノリサイタル 2013年9月6日(金)

南区民文化センタースタジオ 18:45~

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 モーツァルト:ソナタ第8番ニ長調  KV.311

 シューマン:ウィーンの謝肉祭の道化芝居「幻想的情景」Op.26

  ~~~休憩~~~ 

 モーツァルト:幻想曲ニ短調 KV.397(未完)

 シューマン:フモレスケ Op.20

(アンコール)ショパン:ワルツ第14番ホ短調 遺作

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とくに演奏者と知り合いというわけではなく、一方的に過去何回か演奏を聴かせていただく機会があり、

特に芸大に進学される直前の門下発表会での演奏が印象的だったので、今回伺わせていただきました。

その発表会で演奏された曲は、おそらく、「ドビュッシー:喜びの島、 モーツァルト:ピアノソナタK311、ショパンエチュード:10-4、10-5」だったと思うのですが、とすれば、モーツァルトのソナタは本日と同じ曲であったわけです。

その時の演奏は、どの曲もキレがよく、長いフレーズもぐいと自分のほうに引き寄せて一気に聴かせてしまう、ある意味、腕力のある演奏だったと記憶しております。

本日ももちろんそういう部分はありましたが、それよりも興味深かったのが、ゆったりしたテンポ部分(曲)における表現。

シューマンにおける「とぎれとぎれのひとり語りのようなフレーズ」「会話のようなやりとり」、

モーツァルトの幻想曲最初のほうの「苦しい独白のような音の連なり」。

音色や歌、うねり、などで聴かせるピアニストはたくさん聴いてきましたけど、「語り」が迫ってくる演奏は意外に少なく、これはなかなかの魅力だと感じました。

「語り」といえば、自分で書かれたプログラムノートも、相手のある、語りかける文章になっており、かつデザイン、コントラスト&字の大きさ(←老眼には非常にありがたい)もセンスがよく、開演前より、よい気持ちですわっていることができました。

もう少したくさんの人に聴いていただきたかったようにも思いますけど、無理をしない姿勢もまた好ましいです。

今後もとても楽しみにしております。 


秋になったようです

2013年09月05日 20時01分15秒 | 雑感

夏休みがやっと終わりました。

娘は2学期制なのと、前期の大雨による臨時休校分の繰り上げでとで8月30日から始まっており、2日(月)は給食ありの6時間授業。

息子は3学期制なので2日は始業式。自由参加の始業ミサに珍しく出席したようなのですが、慣れないことをするもので、制服で出席すべきところを校内着に着替えてしまい、ひとり白装束で浮きまくったもよう。

そして3日(火)は息子が弁当が要るのは当然として、娘も校外学習で要弁当。夏休み、必死で起きても8時過ぎという生活をしていたので(←私が)、「いきなり二人分弁当」というハードルの高さにおびえ、がんばって早寝し、目覚ましかけまくりました。まあなんとかなりましたけどね。あれほどフリーダムな生活をしていても、なぜか学校が始まればみな起きるという摩訶不思議。やっぱり人間なにか「シバリ」がないと堕落します。

4日(水)は台風接近による大雨警報。たしか洪水とか土砂なんとかも出ており、ふたりとも休校。私は方は日中伴奏合わせがありましたので出かけましたが、夜に予定されていた小学校の会合は中止。夕方からは全然降ってなかったのに、17時までに警報解除にならなかったからという理由で、残念なことでした。

・・・・・9月は台風やら長雨やらありますから、体育祭あたりまではお天気が非常に気になるところです。

 

今日は、晴れたこともあり、洗濯しまくり、懸案であった眼科にも行ってきました。ええ、老眼ですけど、なにか(笑)。

メガネよりもコンタクトレンズ装着時の方が近くが見えにくくなるのは当たり前だそうで、コンタクトレンズの度を少し落とすか、コンタクトのうえから調整用のメガネをかけるか、あるいは手元だけをルーペかなんかで拡大するか、ということでした。視力その他については問題ないと。

たしかに、メガネの時はそこまで見えなくはないですし、自宅では特に問題ない。コンタクトのときに近くにピントを合わせきらないんです。やっぱりそうなんですねえ・・・・・

やっぱりアレですよ、あれ。メガネの上にメガネ引っかけてパカって上げるやつ(笑)。昔はよく見ましたけど、今もあるんでしょうか。実家に転がっていたのをひとつ持ってきましたけど、アレつけてたら、びっくりされそうですね。

目はこうして劣化がだんだんわかってきますけど、耳はモスキート音が聴こえなくなったくらいのことで、あとの変化にはとくに気づきません。しかし、どんどん変わってきていることは間違いないでしょう。とすると、もしかすると小さい子供たちに聴こえている音と自分の聴いている音はけっこう違っているのかもしれません。

感覚器の変化に伴うあれこれというのは、老齢の親と一緒にいるといやでも気づかされるもの。筋力とか感性とか自分次第でまだなんとかなるものは、なるべく現状維持に努めていかないとなあ・・・と思ったりもします。

・・・・・というわけで、あと8か月余りの40代、せっせと遊びます(笑)。


コンチェルトがいっぱい

2013年09月01日 23時45分07秒 | 交響曲・管弦楽曲等

娘と娘の友人と3人で行ってまいりました。

昨年も娘を連れていったのですが、ほそぼそながらヴァイオリンとピアノをなんとか続けている彼女には、こういう演奏会はそれなりにおもしろかろう、という思惑あってのこと。

プログラムは以下。

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1.安倍圭子:「プリズム・ラプソディー」~マリンバとオーケストラのための~(小6男子)

2.ハチャトゥリアン:ヴァイオリン協奏曲より第1楽章(高2女子)

3.ヒューブラ―:4つのホルンのための協奏曲(大3男子、院1女子、フリー奏者男女各1名)

4.シューマン:ピアノ協奏曲第1楽章(大4男子)

5.モーツァルト:ピアノ協奏曲第26番ニ長調「戴冠式」より第2&3楽章(小5男子)

6.ショパン:ピアノ協奏曲第1番ホ短調より第2楽章(中1女子)

7.プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第3番ハ長調より第1&3楽章(高2男子)

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まずはマリンバでびっくり。

いつもマリンバの演奏を目(耳)にするたびに思うのが、音楽もですけど、まずは驚異的な身体能力の持ち主なればこその、敏捷性、キレのよさ、体力のすごさ。今日の演奏者はそれに加えて、聴く方が固唾をのんで思わず体を硬くして待つような休符の緊張感、怪しげでおぼろげで遠くで鳴るような音、ハッとするような硬度のある速いパッセージ、などなど実に多彩で・・・これが小学6年の子の演奏だろうか?と思うことしきり。娘たちも目がテンというか衝撃を受けたもようでした。

ハチャトゥリアンは実は、先月ピアノ伴奏で同じ演奏者のものを聴いたのですが、背後に同じ楽器(ヴァイオリン)がずらーっと並んでいるなかで弾く難しさ、緊張感というものはまた独特なものだということは想像できましたし、2階まで席の埋っている中でこれだけの長さの曲を弾くことはどれだけのプレッシャ―であったかと。演奏そのものはピアノ伴奏のときのほうが手に取るようによくわかり、今後が楽しみなお嬢さんだとそのときから思っております。今日の真赤なドレス、出入りの所作も素敵でした。

管楽器のことはよくわからないうえ、ホルン4本の曲の聴きどころを理解しないまま臨みましたので、なんとも感想が書けないのですが、今回のなかではもっとも年長の方々でいらしたし、すでに活動されているような方もいらしたので、もう少し私のような門外漢にも楽器の良さ・素敵さが伝わるオーラが欲しかったような気もします。

シューマンを弾いた彼は、以前からソロ演奏を何回も拝聴してますし、自作曲も聴いたことがあります。この数年で成長されたなあ~と感慨しきり。曲への愛というかアツい思いはひしひしと伝わってきましたし、ステージでの立ち姿や弾き姿もよかったです。もうちょっと音のパレットが広がるとより素敵かと思います。

<戴冠式>の演奏が始まったときですね、ロビーからどど~っと人が入ってこられて、「せっかくのピアノソロ部分なのに~」と泣けました。客席が落ち着いてから開始・・というやり方はもちろんプロならあることですけど、今回のソリストは子供。そこまで要求できません。予ベルが鳴ったのにロビーでしゃべりつづけ、演奏者が椅子にすわったあたりで、「あ~始まってる!!」と叫んで駆け込み、しかもだらだらと多くの人が下の席まで降り続けるのはさすがにいただけません。もし始まっていたら、こっそり入って最後列で立って聴くべきです。そんなことがあったにもかかわらず、演奏は驚異的な集中力で、音色も多彩、細かいパッセージはクリア、これまたほんとに小学5年生かと仰天。自然発生的のものなのか、いろんな演奏家を参考にしてのものなのかはわかりませんけど、音を出す前後のアクションが独特。お辞儀も個性的。出入りの歩き方も大物感漂っていて、娘たちの話題となっておりました。

ショパンはこれは娘が「一番気に入った。よかった」と言っておりまして、そもそもこの曲が気に入ったのか演奏が気にいったのか、その両方なのかは定かではありませんが、うちでCDかけても(・・めったにショパンのCDをかけることはありませんが・・殴)そう反応しない曲を、こう食い入るように聴き惚れるというのは、やはりライブすばらしい、年の近い子の弾くものの刺激は計り知れないと感じました。この曲には私、伴奏で長いこと付き合ったことがあるのですが、ほんとに難しい。テクニック的にはたとえ弾けても、実に大人な曲。背伸びせずに今の自分の演奏を大切にして、ひとりでもこうしてファンをつかんでほしいと思います。娘には終演後、演奏者ご本人に直に感想を伝えさせました。

プロコフィエフですけど、ソリストの彼がそれは巧いことは知っているので、演奏そのものにはなんの不安もありませんでしたけど(私なぞに心配される必要もないですが・・・笑)、期待以上でした。私、この曲にすごく詳しいわけでもなんでもないので、印象程度のことしか書けませんけど、パワーとけれん味で押す演奏も多い中で、今日の演奏は、パワーはある程度上限があるとして、その分、深さとこまやかさで曲の幅を表現していて、うちにあるエル=バシャのプロコの協奏曲をふと思い出しました。プロコの2番の協奏曲なんかも良さそうなので機会があったらぜひ弾いていただきたいです。

 

聴きながら、「自分もコンチェルトやってみたいな」と思うのがふつうなのかもしれないですけど、私はふと気がつくと、「このコのオケパートやってみたいな」とか「だれかあの曲のソロパート弾いてくれないかな」とかそんなことばかり考えてまして、いったい自分は筋金入りのヘンタイなのか、それともやるべき楽器を間違えたのか・・・とぐるぐるしてしまいました。プログラムの半分を現代曲が占めるなか、指揮者もオーケストラも、あるときは寄り添い、あるときはぐいと引っ張って聴く方をまったく飽きさせない演奏でした。

来年以降も楽しみにしております。