~Agiato で Agitato に~

再開後約20年になるピアノを通して、地域やほかの世代とつながっていきたいと考えています。

選曲ランキング

2008年10月31日 23時15分03秒 | ピアノ
今年のグランミューズ部門(愛好家の部門)の選曲ランキングだそうです。(HPから拝借しました)

曲目の後ろの数字は選曲した回数(人数)。
これは、ABYカテゴリーすべての集計で、ピアノを専攻されて現在指導・演奏活動に携わっておられる方がたも含んでいるはずなので(それって愛好家なのか?と思ったりもするのですけれど)、かなり難易度の高いものも含まれていると思います。
それにしても私が今までコンペで弾いた曲は一曲もありませんねえ(笑)。

難易度に関わらず、どんな曲でもきちんと仕上げるのは大変なことですが、やはりそこはコンクール、ある程度技術をみせる曲が多いのは仕方がないです。
これらの曲が決勝に残っているかといわれるとそうでもなかったりするのですが、このレベルの曲を人前で弾けるくらいの方々が予選にエントリーされているのだ、ということは言えると思います。


1 ラヴェル:水の戯れ 22
2 ドビュッシー:喜びの島 14
3 ショパン:バラード 第3番 変イ長調 Op.47 21
4 ショパン:バラード 第1番 ト短調 Op.23 20
5 グラナドス:演奏会用アレグロ 10
6 グリンカ(バラキレフ編曲):ひばり 10
7 ショパン:舟歌 嬰ヘ長調op.60 10
8 シマノフスキ:変奏曲 変ロ短調 Op.3 9
9 ショパン:スケルツォ 第2番 変ロ短調 Op.31 9
10 リスト:伝説S.175/R.17より 水の上を歩くパオラの聖フランチェスコ 9
11 ショパン:スケルツォ 第1番 ロ短調 Op.20 8
12 ショパン:幻想即興曲 嬰ハ短調 Op.66 遺作 7
13 リスト:3つの演奏会用練習曲S.144/R.5より 変ニ長調「ため息」 7
14 フォーレ:ノクターン 第2番 ロ長調 Op.33-2 6
15 ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第21番 ハ長調 Op.53 「ワルトシュタイン」 第1楽章 6
16 ベートーヴェン ピアノ・ソナタ 第8番 ハ短調 Op.13 「悲愴」 第1楽章 6
17 リスト:リゴレット(演奏会用パラフレーズ) 6
(全760回中)


10月お誕生会

2008年10月31日 22時25分13秒 | 家族・友人等
今週は用事の多い週で、今日は10月のお誕生会が幼稚園でありました。

ただで寒い日のうえ、娘の幼稚園は山間部にあるので、私今年初の冬仕様で出かけました。
着いてみると、おゆうぎしつ、相当寒い。

お誕生会というのは、その月生まれの園児がステージ上に並んですわって一言ずつ挨拶をしたあと、歌やゲームでお祝いをしてもらうもの。
「10月生まれのお友だちです」といって並んだ13人ですが、どうも遠目にも娘は挙動不審。・・・椅子にすわってはいるものの、あちこち見回したり、となりの子のほっぺに触ったり、自分の足の間に頭を突っ込んだりして、先生にも「おぎょうぎよく!」とゼスチャーで注意されてます。
緊張してるなあ・・・ドキドキ屋だからなあ・・・
果たして娘の番になり
「10月3日に生まれました。好きな遊びは爆弾ゲームです」(どんな遊びだ、それ?)
と挨拶した声は、ふだんからは考えられないくらい小さく、先生も「緊張してるみたいだねえ。いつもはみんな知ってると思うけど、とーっても元気なお友達です」と紹介されてました(笑)。
自己紹介を終えて挙動が落ちついたところをみると、やっぱりあがってたんですかねえ。なんでアガルかな?う~ん・・私は演奏は緊張しますけど、スピーチはそうでもないので、どうもよくわかりません。
帰ってきて娘言ってました・・「あんなにドキドキするんだったらうちでリハーサルしとけばよかった」。
誕生会ではその後、各クラスからの歌とみんなでやる「おいものてんぷら」という遊びがありましたけど、私どうも集中できなくて困りました。
というのはですね、先生の弾かれるピアノの伴奏がずーっと同じ和音だったり、ペダルを踏みっぱなしだったり、ト長調の行進曲の最後の和音がソシレでなくてなぜかミソシで終わってしまったり(ミスタッチなんですけどね)で、いやそんなことを気にしていてはいけないと何度も頭をブンブン振ってみるのですけど、どうしても気になってしまい、あれ、子どもたちは何を歌ったのだっけ?・・という状態で終わってしまいました(泣)。
ピアノ、変われるもんなら変わりたかったです・・・・・(殴)

それでなくても今日は、ここ連日の練習会やレッスンで音関係に敏感になっていたうえ、ベートーヴェンとH先生と美輪さまのエネルギーやらオーラでヤラレテしまっており(いただいたものも大いにあるのですけど)、ちょっと疲れ気味でした。
「熱情」おそるべし・・・だんだん曲が頭と身体に入ってきたら入ってきたで、今度はこちらがしっかり立っていないと曲のエネルギーで自分がつぶれそうです。これは演奏そのものが身体的・肉体的に大変ということとはまた違うんですね。
美輪さまが昨夜おっしゃってましたけど、人を圧する「強い人間」というのはやはり存在するし、時を超えて圧倒し続けるのですねえ・・・すごいことです。


それはともかく、お誕生会はそのものは楽しくお開きで、めでたいことでございました。


美輪さまの「音楽会」

2008年10月31日 00時35分35秒 | 見る・読む
美輪さまの「音楽会」へ行ってまいりました。

クラシック以外の音楽会へ行くことはほとんどないので、
まず舞台演出にびっくり・・
そしてトークにびっくり・・
声量(マイクは通してますけど)にびっくり・・
パワーにびっくり・・
オーラにびっくり・・
の約3時間でした。

美輪さまは、私百貨店勤めのころ、2~3回接客させていただいてまして、礼儀正しくきちんと接してくださるお人柄に大変好感を抱いていました。
歴史的(?)には、三島由紀夫や寺山修司と親交があったこと、長崎で被爆されていること、などをちょっと知っているくらいで、あとはテレビで拝見するのみ。ただどうもそれらの印象がバラバラで像を結ばず、なんとかライブで拝見したいものだと思っていましたところ、転妻よしこさんからのお話でチケットを手に入れることができたのでした。

私が実際にお会いしたときの印象では決して大柄な方ではなかったと思うのですけれど、ステージ上の美輪さまは、大きいのか小さいのかわからない・・あるときはものすごい大男に感じるしあるときは小さい小さい娘さんに感じました。
年もわからない・・三島由紀夫と交流があったというお年なので考えただけでそうお若いはずはないのですが、ものすごいパワーと柔らかな身のこなしから年齢不詳。もっというと性別も・・・
ただものすごい「思い」と「エネルギー」が会場中を覆っていて、たった一人でこれだけの数の人間を金縛りのような状態にしてしまうのは、どういうオーラが出ているんだ、と思ってしまいました。

それはトーク中で何回も言われた「(努力・教養などに支えられた)自信とプライド」が、とてつもないエネルギーとなって一人一人の聴衆に向かってきていることも一つにはあるでしょうか?

観る側としてもちろん楽しみましたしエネルギーもいただいたのですが、「ステージとは」といったこともガツンと教えていただいた感じで、濃厚な時間を過ごすことができました。

ありがとうございました。


「熱情ソナタ」レッスン(H先生)

2008年10月29日 22時25分05秒 | レッスン&セミナー
「ベートーヴェンを弾く会」の監修H先生のレッスンを受けてまいりました。

ちょっと前から、肩や手がちょっと不調だったのですけど、昨日あたりから右手2と4の動きがいまいち。外すはずのないところで音がこぼれる。
なので、今日のレッスンは1時間しかないことでもあるし、2楽章とあとはポイントをしぼってご指導いただこうと思ってました。
で、弾く前に「全部は無理ですよね?30分くらいかかりますし」と下心ありありで言ってみたのですけど、「どうして?繰り返しなしで、ささっと全部弾いてみて。30分はかからないから」

・・・はい・・・ささっとですか・・・

慣れたピアノのせいか、リピートなしだったせいか、昨日で懲りて力を抜く箇所をたくさん作ったせいか、かなり楽でした。通しで弾いてもまだいける気がしました。

「えっと、表現は自由です。どう弾いてもかまいません。ただ楽曲の(トータルな)表現としてみた場合に、荒削りなところを調えて(洗練されたものにして)いく、という点をちょっとやってみます」

で冒頭。
「最初(のユニゾン)はいいです。そのあとのトリル。トリルでベートーヴェンが訴えたいことがあると思います。なるべくたくさん入れたほうがいい。トリルに専念してください(笑)」

指の調子もですけど、ほんとに今日はトリルがすっこ抜けまして、困ったものでした。

「えっとね、数えて7回は入れるつもりで。そのためには手を固めてしまうのでなく、その前でちょっと抜きます」
・・・そうはいってもできるものでは・・・・いや、できました。自分でも驚きました。

「それでいいです。あとは、メロディーの流れを考えると突出させてはいけない音があります。それを調える」

「第2テーマ。窓を開けたように気持ちを変えて。今の弾き方では冒頭とあまり変わらないんですよ、姿勢も。ここは攻撃的に弾くのではなく『受ける』。メロディーは極力指番号通りにレガートでつなぐ。やってみて。・・・・ペダルが濁ってます・・・やっぱり濁る。絶対に濁らせないように。・・・・・そう、いいです。ここはちょっと気持ちを変えるだけで変わってくるとこです」


「一楽章でなにかあります?ほんとは何楽章を弾きたかったの?」
「二楽章です。どうしても自分のなかで違和感があります」
「あ・・はい。そうですね。まずテーマのテンポが揺れてます」
ということで、バスを一音一音検証。メロディーでやるとわからなくなるから、ということで。
保つべき音と進むべき音、そしてさっと流す音を区別して、4小節ほどを何度も練習。
アンダンテなので歩くように、そして歌のように音を保ってその響きのサイクルにのればうまくいくはず。テンポは保たなければならないけれど、拍は刻まず身体の芯で感じて、手は流れにまかせる。

変奏曲なので、全体のテンポの設定の仕方(基準の作りかた)を教えていただき、あとはペダル。
分散和音のところ、音の動きを生かすために、ペダルを踏んで和音にしてしまわないほうがいい、と。これと似たようなことを(別の箇所ですけど)、ピアニストのM氏にも先だって言われました。時代的(古典派)なこともあると思います。
「二楽章、細かいことをやりすぎるのよ。でもやりたくなるのよね。私も前は細かく弾いててああでもない、こうでもない、といろいろやってみたのだけど、どうしてもうまくいかなくて結局、何もしない。流れにまかせる・・ということなのよ」

・・・なんだか緒形拳さんがおっしゃっていた「下手だなあ、って言われたら最高のほめ言葉」を彷彿とさせます。
でもたぶん、細かいことをやってやってやりまくって到達する境地ですね。いきなり何もしなかったら、ほんとに空っぽということになりそうです。


3楽章は、「ベースがぬけるのよ。まず、ベースを弾いてから次がある。時間に間に合わせようと思ってぬけてはダメ。フレーズの終わりのほうで焦ってちゃんと弾いてないようなところもあるから注意して」
・・・言い訳すると、やっぱり速い曲なので、ベースを弾く動作がなかなか間に合わず空振りになってしまうんですよねえ。


1時間の内容はだいたいこんなところです。
「集中して弾くべき箇所は、そのまま弾けばいい」とのことなので(これはM氏もほぼ同じ意見でした)、まあ、テンションの高いところは何を言っても聞きゃしないだろう・・・ということでしょうか(爆)。

先生は今日4時間ぶっ続け、休憩もなしでベートーヴェンのソナタ4曲レッスンされたはず。
先生って大変ですねえ・・・しかも最後が「熱情」全楽章。夜7時でこのテンションですか。私、先生よりはだいぶ若いと思いますけど、かないません。
でも考えてみれば、9日は一日中ソナタを聴き続け、自分も弾かなければならないわけで・・・生きて帰れるのか?

でも、なんとなく全楽章にわたる「気」が充実してきたような感じがします。
本日先生からもいただいたかもしれません。
あとは身体ですね・・・って「気」が先かい?ってところですが(笑)。



リハーサルもどき

2008年10月29日 00時41分02秒 | ピアノ
なんか忙しい日でした。

起きる→子どもの朝食と並行して弁当のひとつめを作る→息子が出る
→ふたつめの弁当を作る→作ってる最中に幼稚園の同じバス停のお友達がピアノを借りにくる(コンクールが近づくと朝うちで弾いていきます)→娘を送ると同時に資源ゴミをだす
→自分が出かける→某所において3時間ほど6人でピアノの練習する→シモンボリバルユースオーケストラ&アルゲリッチと3人のイケメン(?)のチケットを受け取りにいく→デパートの催しにちらっとよる、また本屋で息子に頼まれた本を買う
→うちに帰って生協の荷物を受け取る→娘をバス停で受け取る→15分後に造形教室へ出かける
→造形教室の間に、郵便局の用事と雑貨の買い物をすませる→教室に戻り、時間内に製作がすまなかった娘が30分延長してねばるのに付き合う
→うちに帰って、子どもたちとこんな時間におやつを食べる→食事を作りつつ娘のピアノをみる→夕食→娘のバイオリンをみる→自分の練習を少しやる

で22時半くらい。
・・・・夕食はとりましたけど、ほかはどうしたっけ????

練習会は本番の近い6人で。うちベートーヴェンが5人。
みんな頑張ってますねえ。
特に、「血ヘド吐きそう」というので、12日前にちょっと聴かせてもらっていた楽器店勤務のMちゃん。そのときは「間に合うかなあ」とこちらもチビッと心配だったのですが、いきなりビシーっと弾いてきていてびっくりしました・・・・・あまり驚かせないでくれたまえ(汗)。フルタイム勤務で小学校低学年と保育園児の母、しかも土日は結構仕事が多いのに、いったいいつ練習しているんですかね?お笑い関係のチェックもかかさないのに(爆)。
みんなそれぞれ、ほんとに真面目にしっかり取り組んでいて、こちらも姿勢を正さねば、という思いがしました。

しかし、本番仕様で通しで弾くといろいろな事が見えます。
自宅では気づかなかった思わず力んでしまうところ、そして抜きどころ、聴かせたいところ、逆におさえたいところ、全楽章を弾く間の意識の推移。
私今日は完全には楽譜から離れられなかったですけれど、たぶん、なんとか弾けるんじゃないかな・・という感触は持ちました。
気持ちがきちんとのる箇所と離れがちな箇所、まだなんとなく密度がバラバラなのでそのあたりの調整が課題でしょうか?

あと10日でできるだけのことはしたいですが・・・無理をしてはいけませんね。気をつけます。


ピアフ讃

2008年10月27日 22時35分29秒 | その他音楽
本番が迫って追い詰められてくると、挙動不審になるのが私の常ですけど・・・

今日もやってました・・・息子の部屋の掃除(爆)。
どこが挙動不審か、まっとうな主婦のお仕事ではないかと思われるかもしれませんが、家族が出払って、頭の中でああでもないこうでもないと曲をいじりだすと、無意識にふだんと違うことしてます。
それが、掃除だったり、資源ごみの整理だったり(←いつもやれよっ!ってツッコミはなしです)。
なんなんでしょうね?よく電話をしてる時、ふだんやりもしない拭き掃除を子機片手に始めちゃったりするんですけど、それにも似た不思議な現象です。


で、掃除しながら、やめればいいのにwowowをつけてしまい、これがまたエディット・ピアフの映画だったりなんかする。最初のうちは、「頭の中のピアノ」と「目から入るエディット・ピアフ」と「身体を使ったお掃除」が同時進行だったのですけど、間もなく勝ちました、ピアフ。・・ほかはしばし休憩(汗)。
ピアフの生涯は波乱万丈。貧困の中に育ち、あっという間にスターになるも浮き沈みあり、そして恋愛とドラッグとアルコールでもうもう大変な人生なんですけど、それよりもやはり惹き付けられたのは、歌声。映画では、ピアフ自身の歌が使われていましたけど(当然ですよね・・ほかの誰も吹き替えられない)、シャンソンにとんと疎い私でも、テレビの前に張り付いて聴いてしまうような引力。(映画のあとのドキュメンタリー映像でご本人も見ましたけれど、これがまたすごい)
どこか美空ひばりさんに通じるような声の感じ(声域が似ているのかもしれません)もあるように思いますけど、いやもう、参りました・・・です。
歌というのは、当然一人で歌うときは単音であるはずなのですけど(モンゴルのホーミーは重音みたいです)、ただの単音ではなく、どうも裏地(?)がついているかのような感じがします。
それが「響き」なのだ、といってしまえばそれまでですけど、ウラにもう一音ついて陰影をあたえているとでもいいましょうか?
そういえばこれに類する体験をちょっと前にしました。チェロで演奏されたトロイメライを無伴奏で聴いたとき、「単音なのに一音ずつに和音がついてる」かのように錯覚したことがありました。

こういう「含みのある声(音)」というのは、どうやったらでるのでしょうね?
天性のものといえばそれまでなのですけど、ほんとに魅力的です。
ピアノでもこういう音を出せる人はいます。では楽器が特殊なのかというとそういうことではなく、100%弾き手による「なにか」です(ほかの楽器についてはよくわかりません)。

結局はこの「なにか」なんですよねえ・・
ピアノを始めて間もない幼児でも出せる子はだせるし、何十年の修行の末にたどりつく人もいるし、結果たどりつけない人もいる。

・・ということをピアフを聴きながら思ったのですけど、私は目下それ以前の話、25~6分の曲を無事に弾き終えられるかどうか、という低レベルでバタバタしております。

もう数十時間弾きこまないと、夜が明けないような気がするのですけど、弾きこんで果たして夜は明けるのか・・・



「下手だなあ~」がほめ言葉

2008年10月26日 17時47分48秒 | 見る・読む
昨日午前、緒形拳さんをしのぶ番組がありました。

この夏、『帽子』という地元がらみのテレビドラマが放映されたのですが、いい意味で「何もしていない」透明な演技を拝見して、「・・・拳さん、すごく痩せられて何か重病?もしかして死期を感じておられる?」とゾッとしていたのですが、最悪の形でその予感が的中し、先日大変ショックを受けたのでした。

ここで私がいうまでもないことですけれど、ほんとにどんな役でも演技という以上のなりきられ方で、かなり近しい人でも、「ほんとのところはどんな性格なのか」かなりナゾだったそうです。
こんなすごい役者がほかにあったろうか・・と思います。

昨日のアーカイブでは、1965年『太閤記』(秀吉)、翌年の『源義経』(弁慶)、あと舞台の2006年の『白野』の映像が流れました。
いずれも初めて見るものばかり。どれもすごい、の一言なのですけど、特に一人芝居『白野』(鼻の大きい醜男シラノの和モノです)の最終幕。
このときはすでに闘病が始まっていたそうなのですが、最後の最後までの緊張感。深手を負っているにもかかわらず、それを隠したまま愛する人に語りかけながら死んでいくさまは、拳さんの最期にも通じる美学であったでしょうか。
ほんとにアブラ汗を流しながら、苦痛に顔をゆがめながら、でもきわめて冷静な演技・・・これは演技ではないですね、もう。でも、いわゆる「とり憑かれている」というのでもない。なのでこちらも「凄い」とは思うけど、それは拳さんが「凄い」というのではなくて、<白野>という男が「凄い」と思うわけです。

この『白野』の頃(2006)に、拳さんがインタビューで話しておられたこと。
「なにかを演っているというのではなくて、『思い』だけが伝わるように出来たらいいな、と思う。だから<下手だなあ~>って言われたら、最高の褒め言葉なんだよね」

演劇にうとい私でありますけど、最後のころの拳さんは、そういう境地に達しておられたと確信します。
若い頃の、ある意味「ギラギラした」拳さんも楽しませてもらいましたけど、晩年の拳さんはほんとに突き抜けておられた。もっと生きてその境地をさらに見せていただきたかったのですが・・・・残念です。

遺されたたくさんの映像で、またいつでもお会いできるのが救いです。
そういう意味では、すばらしいお仕事をされ、いい人生でいらしたと思います。

ご冥福をお祈り申し上げます。



たかが習いごと、されど習いごと

2008年10月24日 00時53分09秒 | 家族・友人等
娘のヴァイオリンがちょっとスランプです。

つい2週間くらい前までは「ヴァイオリンはお兄ちゃんに負けたくない、ピアノはお母さんに負けたくない」とエライ勢いだったのですが、お兄ちゃんが2巻のテキストに入ったのをみて戦意喪失。
「ばいおりん、やめたい~。こんな難しいって知らなかったんだもん。あたし全然上手じゃないからやめたい~」と毎日ほどブチブチ。
そもそもヴァイオリンを習いたい、早く先生を探してくれといったのは娘であり、親としてはどうでもいいですし、ピアノとヴァイオンなんて両立するほど甘い楽器ではありませんのでやめるのは時間の問題とは思いますが、今というのは早すぎる。アメとムチとシールを総動員させてでも続けさせなければなりません。

その一方でというか、ピアノは絶好調(笑)。
発表会で気をよくしたといのもありますけど、ある程度指がしっかりしてきたのと、楽譜が少しは読めるようになってきたということで、ペースが上がってきました。楽器がふたつともドツボだと大変ですけど、なんとかそういうわけでバランスは取れています。

で、ヴァイオリンなんですが・・・

姿勢もまだ決まったとは言いがたいし、音程はいちいち直してやらないといけない、弓は「お母さん、練習のとき持ってあげてください」と先生に言われるし、あっちを直せばこっちが崩れ、こっちを直すとあっちが崩れる。しかも、E線になると音が高いので楽譜も読みにくい。

・・はァ・・・(ためいき)

だからといって「こうやってこうでしょ」とささっと手本も見せられないし・・。
どうしても「こういう風に」と見せてやらねばならないこともありますが、8分の1サイズ、大人の指だとずらして押さえないと音程とれないとこあるし。
同じく子どもがヴァイオリンやっている友人が「(大人のヴァイオリンじゃなくて)分数楽器なら得意。なんでも弾けるよ」と笑ってましたけど、そのうち笑い事じゃなくて、私も分数楽器でオケに参加できるんじゃないか・・(なわけないですけど)。

・・はァ・・・
こうなると、「やっぱり自分はピアノ得意なのかも?」と思っちゃいます(笑)。
得意とか何とかいう問題じゃなくて、年季が違うだけなんですが。

先日、音楽関係の知人から言われました。
「仮装さん、まちがっても子どもさんを音楽に進ませようなんて考えちゃダメよ。せっかくあなたとご主人といういい見本があるのに、わざわざプロにしちゃダメよ」
・・・この方は、ご自身はプロです。そしてお子さんは小さいころから一流の先生に師事させて、自分でも厳しく指導(楽器はお子さんとは違いますけど)してこられたのですが、それはあくまでもアマチュア音楽家になるための投資であって、お子さんはまったく音楽とは関係のない専攻ながら、今まで途切れることなく非常に高いレベルで楽器を弾き続けておられます。
私の知ってるピアニストでもそういう方々が相当数おられるわけですけれど(結果的に二足のわらじという方も)、こういう生き方は音楽専攻の道の険しさとはまた別の難しさ、親や先生、そして本人のバランス感覚が必要となってきます。もちろん周囲の理解も欠かせません。

まだまだ「この門下は音楽に進む人のみ」「この教室は趣味の人だけ」という棲み分け(?)が多く、入る時点で先生を見極めないと自動的にそのどちらかのルートをとることになってしまうようなのですけれど、そのどちらでもない道を選ぶ人いや選びたい人が実は相当多く、その需要を満たす先生というのはなかなか見つからない。実は結構いらっしゃるとは思うのですけれど、「このジャンルってどういう看板?」という感じで、習う側もいまひとつよくわからないですよね。
大人はまあ、これまでの経歴やらなにやらしゃべって「こういう弾き手になりたいです」と伝えればいいかもしれませんけど、小学校高学年くらいから中学くらいで「やめたくはないけど、進む気もない。でも、かなりバリバリ弾けるようにはなりたい。勉強とぎりぎり両立させて」みたいなことになると、塾や通ってる学校のタイプやら、経済の問題や、いろいろなことがからんでくるので、教える側としても大変だと思います。
でも、なによりも「・・音大にもいかないのに、そこまで弾けてどうするの?」的な素朴な疑問が教える側にあるとどうもうまくいかなくなってしまうし、教わる側も「これくらいでいいや」みたいなことではやっぱりうまくいかないと思います。

・・・むずかしいですね・・・立派な愛好家になるのは(笑)。
娘はまだまだそんな悩みには程遠い幼児ですけれど、小学校高学年~中学生のお母さん方からはたまにこういう相談を受けます。
それはやはり私が、ピアノ弾きとしては経歴も含めまだまだ「珍獣」であって、どうしたらそんな面白い人生になってるんだ、という興味もあってのことと思います。


娘のヴァイオリンからおおいに脱線しました。
とりあえず「立派なアマチュア」になるべく、親子で頑張るしかないですね。


課題が増えた

2008年10月22日 21時31分50秒 | ピアノ
一昨日、「明日からはベートーヴェンを頑張っていかねば」と書いた直後になにやら予感はしていたのですけど・・・・

はたして昨日の朝、携帯にメールが入っていました。
「コンチェルトの伴奏をお願いできませんか?」
・・・やはり・・・

それもベートーヴェンを弾く会の一週間後。
曲はショパンの1番コンチェルトの第1楽章。
この曲、伴奏部分はいかにも「ピアノの添え物」(殴)的な感じで、そう絡みもないのですけど、問題はやたら前奏が長いこと。
依頼では「前奏などはギリギリ短くしていただいてもかまいません」とあったのですけど、コンクールでもないのに(発表会です)、いきなりピアノソロで始まるのもなあ・・と思い、「時間の関係もおありでしょうから、省略は指定してください」と返信したところ、「仮装さんがよろしければ全部弾いていただけませんか?」ということでした。
・・・ならば弾きましょう、いや弾かせてください、というわけですけど、さて楽譜はどこにあったっけ?

どこかにあったと思ったのですけど、それは錯覚で、「スーパーピアノレッスン」のテキストの中に入っているだけでした。
モーツァルトの20番、グリーグ、シューマン、ラフマニノフ2番3番、ベートーヴェンの3・4・5番は持っているのに(もちろんこれらはほとんどが鑑賞用です)、なぜかショパンなし。ショパンはスケルツォ集・ポロネーズ集すら持っていません(殴)。
楽譜はソリストが現在使用しているものが数日中に送ってくる予定ですので、それまではとりあえず、「スーパーピアノレッスン」のテキストで譜読みですね(汗)。

「熱情」も本番仕様には程遠いです。
今日はタイムを測りがてら通してみましたけど、何箇所か落ちますねえ(涙)。
リピートをすべてやって26分くらいかかりました(ちなみに晩年のリヒテルの演奏が27分弱です)。

そういうわけで、今日はこれで失礼いたします。



チェンバロレッスン(オーバーレガートなど)

2008年10月20日 23時35分55秒 | レッスン&セミナー
チェンバロのレッスンに行ってまいりました。
ここのところ、まともに「熱情」すら弾いてない状態で(本番やらあわせはしているのですが、マジな個人練習をしていない)、ましてチェンバロの曲なぞとてもとても・・。昨晩、宿題曲を付け焼刃のドロナワの一夜漬けで、それでも3ページをなんとか読んで出かけました。

先生のお宅までは、バスを乗り継いで1時間半近くかかるのでその途中でも譜読み。音はそう多くない曲なので、弾くだけならなんとか初見でもいけるでしょうけど、トリルやオーバーレガートやアーティキュレーションはとっさにできないので、そのあたりを1時間漬けで(殴)。

先生は土曜日のコンサートのスタッフでいらっしゃったので、まずはその話が出ました。
なんでもあのピアノは昨年来1年間倉庫に入ったままだったそうで、「状態が悪かったわよねえ・・・弾きにくかったでしょ」ということでした。
でも、「選曲もよかったし、プリモもよく聴こえてたし、いいペアですね」と言っていただけて、ちょっとほっとしました。

チェンバロについてはやっと、「親指をくぐらせないで、手ごとポジションを移動する」とか、「離れた音は切る」とか、「上から鍵を打たない」とかいった基本的なところに慣れてきたかなあ・・という感じです。
今日は、オーバーレガートの箇所と歯切れよく切る箇所の違い、フレーズの終わりの音の弾きかた、イネガルの弾き方(たとえば16分音符がたくさん並んでいるようなところで、音符を均等に弾かずちょっとよたったように弾くやり方)などなどをやりました。

「その音は前の音に飲み込まれるように弾いて」
「そこは上からきちんきちんと弾くのではなくて、鍵盤の中にいるみたいに、うにょうにょうにょ・・って弾いて」

・・笑ってる場合じゃないんですけど、笑っちゃいます。
私も、いろいろな方のレッスンを受けてきましたけれど、違う楽器だということもあるんでしょうけど、表現がフツウじゃないです(爆)。
クープランをやっているのですけど、直線というよりは曲線、輪郭というよりは色彩、あとふとした間だとか、もしかすると香りだとか、そういうモノモノが要求されるようです。
・・・いいですねえ・・フレンチバロック。
先生は「こういうのが好きがどうかわからないけれど」と何回も言われますけど、いや、好きですよ、こういうの。
「好きです」というと、かなり意外そうなのが私としては心外なんですけどね(笑)。


チェンバロはまあボチボチやります。
明日からはちょっと、ベートーヴェン頑張っていかねば・・。