羅臼まで来ちゃいましたね。
羅臼(らうす)
羅臼と言えば
羅臼昆布
森繁久彌の「知床旅情」の歌詞
それぐらいの知識しかないまま来ちゃいました
真っ先に見たかったのが北方領土で
4島の内、日本に一番近い「国後島」でした。(歯舞群島のほうが近いかな)
この展望台から一望できるということで到着。
羅臼の町、小さいですね。
でも立派な漁港が見えます。
あとで行ってみよう
日本固有の領土、北方四島 すべて名前と位置関係憶えてますか
国後島・歯舞島・色丹島・択捉島
国後島は沖縄本島より大きいんですね。(択捉島はもっと大きい)
でも端から端まで肉眼で見えるんです
望遠鏡で覗くと建物も見えました
さっき行ってた山の上から見えた漁港です。
だれもいません。
ウミネコがたくさん集まってきてます。
小樽に行った時と同じです。
そんなに警戒しませんね。
羅臼にはそんなに多く飲み屋街があるわけでもないので
探すのに時間がかかりません。
地元の方に聞いて海鮮料理が食べられるところを見つけて行ってきました。
適当にお造りの盛り合わせを注文
出てきてビックリ
凄い量。
「 北の勝」 料理にぴったりのお酒
あまりにもおいしい日本酒だったので 荷物覚悟で2本買って帰りました
つぶがい 大好きなので コリコリ歯ごたえでいただきま~す
瀬戸内海で食べたタコもおいしかったけど
ここの蛸刺し めちゃくちゃ柔らかくて 激旨
自称「羅臼一」の漁師さんと会話もでき 楽しい一夜でした
北方領土を目の前にして思う事
旧ソ連のことを考えずにはいられません。
日ソ不可侵条約があったのに・・・
終戦後も攻撃
非人道的な扱いを受けたシベリア抑留
そしていまだに返さない北方四島
町の人も言ってました
「もうかえってこないさ」
「どんどん施設も建設されているし、返すわけがねぇ」
「日本人が二番目に嫌いな国はロシアだ!」と
親父がよく口にしていたのを思い出します。
否 一番かもしれませんね
それは事実だが
当時の列強国のどこも相手にしてなかった
ロシアの事を日本帝国は信用してしまった・・・
そこが問題だった。
相手にされて無い国のことをなぜ信用したのか。
日本は大東和戦争を戦ったが
太平洋戦争と言うかアメリカ側からみた
名称まで付けてしまった。
太平洋戦争の終戦は8月15日ですが
ロシアの終戦は9月2日頃だったと思う
戦争を勝手に辞めたのは日本で
大東和戦争は続いて居たと考えると
終戦記念日は曖昧な日付になってしまう。
そのズレが修正できなかった
日本の外交が下手だった・・・
結局、日本が悪いことになってしまう。
帰ってくるはずが無いんです・・・
残念ですが。
満州から朝鮮半島に移動するのが
数日遅れていたら
ソ連軍に捕まえられて
シベリアに送られたかもしれなかったと
私に教えてくれました。
それでも祖父は最期まで
「何があっても戦争はあかん。
二度と戦争したらあかん」と言っていました。
羅臼側には行ったことがありません。
知床半島でも
表情がまた違うでしょうね。
応援ぽち
また同じことの繰り返しが起きそうです。
どの国も正確に歴史教育を受けてほしいですね。
走っていて道路も全然違うんですね。
いろんな車種のレンタカーを利用したくなります。
思うのですが 重量級の6Dを左手
だけでシャッター切れるものなのですか
私のXT1はかなり小型なのですが、それでも
左手だけだとシャッターが切れず
右手だとシャッターが切れるのですが、
箸を左手で持つことになるので不自然な
絵になります。