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我が家のリフォーム日記です。忘れないように記録していきます。参考になれば幸いです。

IOCが多大な「犠牲」を払って東京オリンピックを開催するのは、IOC=「貴族」がVIPとしてコロセウムの剣闘士(アスリート)の死闘をアルコール片手に観戦できなくなったのが「多大な犠牲」ではないのか?

2021-06-24 11:54:08 | Weblog

ローマのコロセウムと重なる東京オリンピック

IOC関係者が多大な「犠牲」を払って東京オリンピックを開催するという。IOC関係者つまり「貴族」がVIPとして剣闘士(アスリート)の死闘をアルコール片手に観戦できなくなったのが「多大な犠牲」ではないのか?

 

かつて、このブログで以下のように書いたことがある。

一部再掲する。

 

ルールなき、無制限な競争の結果
と書いて思い出したことがある。

写真の昨年訪れたローマにある「コロセウム」である。

 





オリンピックは終わってしまったが、陸上競技で使うあのトラック競技の下地は、赤い色をした「アンツーカー」である。
残念ながら、コロセウムの中には入れなかったのだが、あの赤色は「コロセウム」から始まったということをそのとき聞いた。

あの赤色、血の色だそうだ。

ローマ市民が、憂さ晴らしに「奴隷の格闘」を楽しんだといわれている。
格闘といっても単なる「殺し合い」だ。
闘った奴隷が傷ついて流した血の跡、その赤色が「アンツーカー」の赤だそうだ。

中には、幸運にも何度も勝ち抜いて「ローマ市民」になれた奴隷もいたようである。
「ルールなき、無制限な競争の原点」があのアンツーカーの「赤」なのではないか。

 

東京オリンピックの観客は、一般市民と「貴族」つまりIOC関係者と日本政府を含む各国政府関係者、そして東京都の関係者だろう。

 

その「貴族」や一般市民がコロセウムと同じ大スタジアムでアスリートの死闘をアルコール片手に楽しむというのは、ローマのコロセウムとまったく同じ構図である。

 

IOCの関係者は、こうした死闘をアルコール片手に貴族のように楽しむことが出来なくなったので、多大な犠牲を払っていると述べたのではないかと考えている。

 

ローマのコロセウムで格闘した剣闘士(奴隷)とアスリートが二重写しになる。

 

東京オリンピックは開催することで着々と準備が進んでいるが、開催したときにはTV画面で、いったいどのような人たちが、まことに残念ながらビール片手ではなくなってしまったが、貴族気分で、こうしたアスリートの武漢ウィルスとの死闘を観客席で歓談しながら楽しんでいるのか、生と録画でじっくりと見ようと思っている。

 

武漢ウィルスの世界的なパンデミックの中。

 

TVでは、観客席の盛り上がりを大きくクローズアップして映し出すであろうし。

 

アスリートではなく、どんな観客がこうした貴族気分に浸っているかに今は注目しようと思っている。