ちょっと録画できなかったので、後の集中放送で録画したいが、何とも良い講義だった。
ソクラテス曰く、「国家は生活の糧を一人で得られないから、集団を作って生活を維持するようになった。
これにより、専門性とか防衛、生活物資の多様化が可能となった。
即ち、生活は必要最小限の物資で賄うのが、本来の国家である」と言うと、議論相手の名前忘れたが、「それは「豚の国家」の話だ。我々はベッドに寝て椅子に座りテーブルで食事を取る。この様な必要最小限以外のものも日常的に使っている。」
それに対してソクラテスは「それは奢侈(贅沢である)」と批判した。
この奢侈の議論での注目点は、これ以降の話となる。
つまり「清貧な国家は健康な国家であり、奢侈な国家は病んだ国家である。病んだ国家は、奢侈により更に必要以上のものを欲しがり、その結果好戦的な国家となる。だが奢侈は、賄賂の横行などの不健全な国家運営が行われ、制度を病ませる、また、病んだ制度で強兵を維持できる筈もなく、その国家の軍隊は弱体化する。それにより、敵の攻撃に対して防御できない弱い国に成り下がり、崩壊へと向かう」
この講義の中では、ローマ帝国などがそうであったと言うが、実は、この流れに関しては、奢侈の議論が一番よくやられたイギリスで、今の時代に、その状態が発生している。
先ず、イギリスはバーナード・ナンデビルやアダム・スミスなどの「蜂の寓話 私益は悪か?贅沢→世界を豊かにする→個人の利益は社会の利益に繋がる。」奢侈を肯定する経済を産業革命で発生させ強国となり、その結果強大な軍隊を海外侵略を率先し、植民地主義を行い濡れ手に粟のボロ儲けの夢を独り占めにしようとしたが、二卵性双生児である、フランスと手に手を取って不貞な悪行を近代続けてきた。
その結果、実は然程強くなくなっている事を示したのが第一次世界大戦前後の振る舞いである。
イギリスとフランスがドイツに勝ったとホザイているが、実の所戦争はイギリスとフランスの連合軍がドイツの軍事力に拮抗あるいは弱体化を見せたのである。
当時イギリスやフランスは軍事力のみならず経済、学問的に優位にあった筈なのだが、最早単独でドイツに勝てなくなった。
また、その本来的問題は奢侈の議論の本論である「病んだ国家」の最たるものだったのである。
そして、戦争を講話会議で後出しジャンケンで、味方を増やして国際合意の形で連合側の勝利を捏造したが、その後、イギリスとフランスが実質的に強化されたとは思えない。
実際、イギリス・フランスは「病んだ国家」を延々と続けた。その最たるものはフランスの国家財政がドイツからの賠償金を当てにしたという体たらくである。
加えて、明確に、イギリス・フランスにより、ハイパーインフレーションを起こされ、賠償金の払いを遅らせる結果となった。
また、イギリスもフランスも自分たちがヨーロッパの中心と思い込みたかったのだろうが、残念、イギリスもフランスもドイツと違って、ヨーロッパの中心ではなかった。
ドイツに対する「非公正」な上に「非合理」な仕打ちを行い、ヨーロッパ全体の忌避を二身に浴びていた。
哀れな事に、イギリスやフランスが「共産主義」と同じぐらい嫌われていたのである。
実際、今の噓と糞にまみれたマスゴミや学校の「にっきょうくそぉ〜」は伝えないが、ナチズムは、その「清貧さ」からアメリカでは、第二次世界大戦が始まっても大企業がナチスに献金を送り続けており、イギリスはともかく、フランスでは、ナチズムが国民の強力な支持を受け、アルデンヌの森でフランス軍が惨敗した時、フランスでは「万歳」と賛美する声の方が大きかった。
またイギリスでは豚そう豚だ。あれを人とは言わない。チャーチルは「渾名」だろう。豚の。
この豚がブックブクのそれこそウイリアム・ホーガスの「当世風結婚」にあるような生活を続けて、まぁブックブクに太ったのだろう。
チャーチルを英雄とホザク詐欺師も居るだろうが、実はチャーチルは継戦能力のみが認められ終戦後即刻クビを来られた。
それはチャーチルのそれが「病んだ奢侈国家」のそのものだったからである。
結局ナチスの非道性を捏造していたが、それは「病んだ奢侈国家」をやめられない「病んだフランス」「病んだイギリス」がドイツのヒットラーという「清貧の亡霊」を恐れての事だったのだろう。
またイギリスでは、福祉国家構想を出したのは、国内の不満分子をかつてはチャリティーで、今度は福祉で盲目的に黙らせるためだったのだろう。
そして、それにも行き詰まり、サッチャーの噓と欺瞞の迷走となった。その契機となったのが「フォークランド紛争」であり、これも捏造された紛争だった。
その後、病んだ国家の本能的行動「好戦的な国家」は既にアメリカに比して、圧倒的劣勢に立ちながらも、アルゼンチンに戦争を挑み、これまた結果的に「判定勝利」程度で、実質上第一次世界大戦と同じで、大した事は出来なかった。
撃墜数はイギリスの勝利だが、撃沈数はアルゼンチンの勝利で、またイギリスは、病んだ国家の典型のような病んだ艦長の病んだ判断で近衛兵を全滅させた。
そして次の「病んだ政策」すなわち「ビッグバン」である。
「チャリティーとイギリス近代」(金澤周作)にあるように「金儲けのみすればいい。貧困の問題があるが景気を刺激すれば騙せる」と思い込んだのだろう。
それによりイギリスは18年の金満経済を謳歌し、奢侈や貧富の差は増大してきており、それにより本来「清貧な健全な国家」としての機能「生活物資の生産」と「その物資を得る為の製造業」を否定して、投げ売りをした18年だった。
またサッチャーはミッテランと繋がってEU統合とマーストリヒト条約を締結させ、また、フランスとイギリスが今問題となっているギリシアを疑問の声があるのを他所に、EU加盟させたのである。
この辺は、1990年代のドキュメンタリーでは繰り返し言っていたが、今はマスゴミによって隠蔽されている。
そんな中、イギリスやフランスでは、「デフォーの奢侈批判」そのものの、腐敗・不幸性・好色さ・肉欲が増加していったが、無かった様な態度をとり続けた。
2008年のリーマン・ショックでイギリス人は結局イギリスには「金を右から左へと回すだけの空虚なコンベアー以外何もない」事に気づいたようだ。
ウイリアム・ホガース「当世風結婚」の示す「結局、金への偏重した信仰は人間を不幸にする」と言うのが中世ヨーロッパのキリスト教倫理の絵に描いたような現実が今のイギリスである。