「ゆわさる別室 」の別室

日々BGMな音楽付き見聞録(現在たれぱんだとキイロイトリ暴走中)~sulphurous monkeys~

20070414

2007-04-14 | 矮小布団圧縮袋

○…「だんしって、ばかじゃない」(美和さんですね)←笑った。(「僕らの音楽」4月13日夜TNC)

その話は何年も前からよく聞くが、改めて正直に感想を述べると、それは先入観としてeasyな感じがするというか。
恋愛とか結婚とか環境とか人生の変化で世界観や感覚が変質していくことはあっても、それで「詞が書けなくなる」ことは無いと思うよ。(※ドリカムの人ではないけれど「上の年齢」からの見地でいうと
…といってもそう恋愛経験の多くも無い、極めて非社会的な一視聴者がいうのも何だが。)
親族や友人や周囲の知人を見ていて、好きな人ができたから人生そのものが楽になるかとかは思えず、
逆に充実度は予想され、別の予想外の何かも葛藤も逡巡もどんどん積み重なっていくような気もするし。
種類は変わっても「人生の切実さ」自体の重さは同じだと思う。
もしそのくらいで書けなくなるくらいだったら、思いを引き受ける「言葉」「詞」「歌」ってものが、
その人にとって、その程度のものでしかなかった、てことなんだろうから。
そんな必然性のないもん、書けないなら、書かなくたっていい。
こっちだって、切実さのない虚妄なもん世間に撒き散らされる必要なんかないさ。いらね。と思う。
そういうのを超えてそれでも残った、その人が書かずにいられない言葉こそ、我々が聴きたい、
作品としての「詞」なのである。
無理することはないさ。多分大丈夫でしょ。人生そんな手放しの幸福なんて続くかって(笑)。
だからあんまり心配しなくても、恋愛も結婚もしたきゃしてもいいんじゃないの。それで書けなくてだめならそんときはそこまでだな、と思うだけで。引き受ける苦悩が減らないなら逆に書くには困らんだろ。
第一それに別に私小説で近況報告ばかし書いてるってわけでもないじゃん(policyとimaginationの方を鍛えりゃ)。
言葉がなくて自己顕示欲しかないってんなら別だけど。
困るのは儲けてる企業か(大笑)。

イタいトークはともかくとして(笑)新曲そして一年前に聴いた時よりもこのアレンジの方が曲の骨格がよくわかった「ソメイヨシノ」(これ結構こんないい曲だったんだな←すまん)と思う。先日聴いたライブの時の方は放送用「尺」とか関係ないからこれを割り増しで濃ゆくする印象だ(笑)けれど、今日のはこれはこれでその感じを入手できた。「くさなぎ」先輩の声で「ケリーさん」の「さん」付けだった方がちょっとした違和感あったかも(^^)。(20070414)

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