館林ロストシティーランブラーズ・フォークソングシングアウト

フォークを歌って43年の坂を今登坂中。世間に一言あってこそフォーク。軟弱アコースティックミュージックにシングアウトだ!

ロスト&ウッドランドのジョイントコンサートだったぜ!

2018-07-04 04:46:14 | ロスト シングアウト


開場寸前まで練習・・・の・・・ウッド。

他方、ロストたるや、メンバーがやっと開演に間に合う状況・・・・

練習のし過ぎじゃねん?



と・・・不思議なことだが、37年も一緒に音楽やってきて、ジョイントコンサートが初めてであった。




コーラスも、楽器のアンサンブルも、考えつくされ、数学のようなち密さであった。

相変わらず美しい・・・・




さて、我々ロストも、まぁ・・実力通り(ってか、目いっぱい?)にはできたように思う。

「OH!ロストとウッドランドか?しばらくぶりに聞いてやろうじゃないか!」ってな、音楽を聴きに来た人たちが客席に居て、音楽で勝負する、スリルと真剣勝負は心地よかったぜ。

フライヤーにはロスト&ウッドランド・・丁々発止と名打ったが、まさに客席と丁々発止になった気がした。

ちょいとは地元では、愛されてる?

胸が詰まり・涙が出て・怒りにこぶしを握りしめ・そんな時代が切羽詰まって存在し、人の心さまよう時代の21世紀だ。そんな流れを押しとどめる力になりたい・・
そう思うとき、歌で挑む・・・ということが、性に合ってる気がする。それができることが、僕らを少しはまっとうな人間にしているように、ロストを思うとき、僕が思っていることだ。


結構充実感があったコンサートだったんじゃないかな?

2019にはまた、ロスト&ウッドの丁々発止だぜ!



まずは、第一回乾杯の図。

楽しかったぜ!・・・・打ち上げ。



遅れてミホが登場なので、第二回乾杯の図。

40席満席だったが、やはり、ちょいと詰めすぎたか・・・次回は35に戻そうかな・・?

途中で集約をさぼって、6月に入って集約したら、完売状態だった。ありがたいことである。



最後に、店を片付けやってきた小屋主登場で、三回目の乾杯の図。

5年古酒(今帰仁・まるだい)と7年古酒(忠孝)の泡盛を用意したが・・・皆さん舌が肥えてらっしゃる・・・
7年古酒はあっという間になくなってしまった・・・


そのほか、「まさひろ」「カーリー春雨」など・・・

皆さんよく飲んだねぇ・・・

両グループの最高齢者は70・・・・酔いに任せて「80になるまではやるべ!」などと、言ったような・・・

出来るかもしれないね。

楽しかったぜ!!
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まさに猛暑だった・・6月29日の百姓の記録。

2018-07-03 03:28:34 | 生活雑感



ジャガイモを掘った。驚くほど豊作。ハリガネムシやコガネムシなどの幼虫の食害も少なかった。

1キロ植えてこの量ってすごい。メークインは多産なんだろうか?

種芋1キロといえば、写真の左下の小さなバケツ程度だぜ?



3寸にんじんをすべて収穫した。マリーゴールド効果?いいのができた。




跡地は、耕し・糠を全体にかけて、ビニールで覆った。嫌気置換だぜ。




この時期でも蒔ける「ビタミン菜」・・・小松菜とチンゲン菜の掛け合わせらしいが、昨年旨かったし、この時期葉物は貴重なので、レタスと人参の跡地に蒔いた。
蝶が飛び交う時期・・・このトンネルはかかせない。



やはりスイカと冷蔵庫で冷やした水が最高だ。

10時までだったが、それでもヘロヘロ。

もう観測史上初の速さで梅雨が明けたらしい・・・・

これからは早朝から8時・・がんばって9時までが菜園の限界だな。

百姓が生業の人って、すごいねぇ・・・





とちぎ花センターの種が出てくるガチャポン・・・何だったか忘れたが蒔いたブツは、パパイヤだった。


どうなることやら・・・
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2018梅雨明けの沖縄その4・特別展「戦場となった恩納岳」。

2018-07-02 05:21:21 | 旅は続く



晴れると沖縄の海は化ける。浅瀬・深場・サンゴ礁の有り無し・リーフであるか・・などなど、海の条件で七色に輝く!

恩納村博物館は海辺を通る58号線沿いにある。ロケーションは抜群の地だ。




今年の5月1日に出版されて、5分の3ほど読んだところで、今回の沖縄だった。

陸軍中野学校・・・戦時中諜報員養成のために作られた学校だ。

彼らが沖縄の各地に潜伏し、西表や波照間など離島で暗躍し、中には住民にスパイ容疑をかけ、殺したりした事実は、今までの来沖で知っていた・・・

この本の後半でそれらの仕業は解き明かされるようだが、前半は「沖縄本島北部で、ゲリラ戦を行うため師範学校・中学生で構成された鉄血勤皇隊よりこ半年も早く少年らを半ば強制で召集しゲリラ戦を行った事実」を、この本で知った。

その主に16歳から18歳までの少年たち(中には14歳もいたという)のゲリラ戦闘部隊の名は「護郷隊」であった。

純粋な「故郷を護る」という少年たちの気概は、やがて、狂気の態を生んでゆくのだった。

防衛召集は、17歳以上の男子が召集対象であったが、1944年12月の陸軍省令第59号「陸軍召集規則」改正および第58号「防衛召集規則」改正で、一部地域のみ防衛召集の対象年齢が引き下げられた。「前縁地帯」と呼ばれる帝国本土とは区別された地域(沖縄県、奄美諸島、小笠原諸島、千島列島、台湾など)に限り、17歳未満(14歳以上)であっても、志願して第2国民兵役に編入された者は、防衛召集できるとされたのである。
これらの陸軍省令について、内務省は、「事実上徴兵年齢の引き下げにあたるので、法的には法律である兵役法の改正によってなされるべき」であるとして、憲法違反の疑いもあることを指摘していた。

なんだか自公で「閣議決定」を連発し、憲法違反を厚顔で行ってる昨今がかさなるぜ!

まさに本土決戦・天皇の松代大本営への避難、などなど、本土での準備が整うまで、沖縄は捨て石になって「時間稼ぎ」のためになりふり構わない状況だったのだ。



この博物館は歴史の道歩きで、詳細な道の情報を得るためにまず立ち寄ると決めていたが・・・・

僕が沖縄に着いたその日、ミネさんから「恩納村にゆくなら、博物館で、護郷隊の特別展をやっているらしいから、見たほうが良い!」と連絡が入った・・
あのお方、どこでそんな情報を手に入れたのだろう・・・(スナックじゃないことは確かだが・・・)

実にタイムリーな情報で、博物館は何倍にも存在感を増したのだった。



ロビーの半分ほどを使い、見やすい展示と、ビデオの上映が行われていた。責任者(たぶん今回の企画にかなりかかわった人)の方は、「どこから来たのか」など僕に訪ねる。「群馬」というと、驚いた様子で、何で知ったかとか、いろいろな話や、資料をくれたりと、ここでもありがたい出会いがあった。

30分もあれば見終わる展示だったが、1時間も居心地よくここにとどまったのだった。



 沖縄戦に参加した大本営直轄の第三、第四遊撃隊の秘密名。第一護郷隊、第二護郷隊と称し、おもに徴兵適齢前の16~19歳の青少年を召集して編成、第32軍崩壊後はゲリラ活動を行った。第一護郷隊91人、第二護郷隊73人が戦死。(琉球新報2003年の記事より)

この南部糸満からの矢印は、初日に見た沖縄水産勤王隊の学徒である。




強制された志願・・・・国が守るべき少年たちの召集は、統帥部の最低限の理性が崩壊し、人間以下に成り下がっていたと言うことだな。


この「護郷隊」まさに、僕にとっては「アナーザーサイドOF沖縄」だ。慰霊碑も恩納村安冨祖や名護に有るらしい。
行かねばならない!!!!!



貴重な資料を頂いた。




広報にこのようなことが掲載される島である。

戦争の終わってない島は、今も、基地を押し付けられ、無関心なヤマトンチュに心を傷つけられているのだ。
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2018梅雨明けの沖縄その3・成り行きの3日目。

2018-07-01 06:13:00 | 旅は続く


3日目は、まぁ、映画は観ると考えていたが、他は成り行きと決めていた。ホテルの無料の新聞で映画をチェック。覚えられないので、切り刻んで・・持参。



毎日かりゆしは替えるが、3日目はこちら・・・・



まずは、歩いて行ける(2キロはあるけど)学徒碑の2つ(これで南部はすべて手を合わせられる)に向かう。




お寺さんの境内にある・・・





戦争で、学校の維持が出来なくなったのもあるんだねぇ・・・無知な我。33名が戦死している。



隣が那覇商業高校。敷地内に慰霊の塔があるのだが・・・

アポも取らず、当たって砕けろ・・・もし、ダメだったら次回しっかりアポを取ってと・・・

通学してくる学生に、職員室は?と、場所を聞いて、おそるおそる向かう。
対応してくれた先生は、大丈夫だと思いますと、ちょいと校長室に入って、すぐ出てきて、案内してくれた。

学校によって、まちまちだな。




「和魂の塔」・・これで、やっと南部のまわれる慰霊塔を回ることができた。157名が戦死している。



ホテルを出発して1時間弱・・・すでにこんなに歩いて、かなりの汗・・・いつもの喫茶店に入って涼む・・・



モーニングで250円のアイスコーヒーが旨い。




10:20からの映画・・・・10時前には劇場について、売店で物色したり、ニコチンを入れたり。

少し悩んだが、この映画。S&Gの「THE ONLY LIYING BOY IN NEWYORK」が流れ、あの卒業のような展開ながら、どんでん返しのような、(それはすがすがしい展開なのだが・・)結末で、面白い良質な映画だった。シネコンでかかりそうもないから、色々探して見れる場所があったら、ぜひお勧めする。



最初はこの「ラストワルツ」を観ようと思ったが、何度もDVDで観てるし・・・やめた。
しかしまぁ・・・昨年8月から、まだカメジロウやってるのにも驚いた。



涼しかった映画館を出ると、真夏の沖縄だ!!!




タクシーで那覇の巨大複合施設「那覇メインプレイス」に向かった。こうした、消費だけの場所は来たこと無かったが、映画なので・・
全国共通前売り券があったので・・・



こちらの映画を観た。なんだか、ちょいと薄っぺらで、面白くなかったなぁ・・・・「万引き家族」にすればよかったかな。




おもろまちから牧志までゆいレール。そこから国際通りを歩いて「てんぶす館」で有名な陶芸家の3世辺りの展示会を無料で行っていたので見学。
なかなか、挑戦的な作品が多かったかなぁ・・・・金城吉彦・・金城敏男さんの長男の作品は、伝統的ながら絵柄が躍動感があってよかったな。




ちょいと歩くだけで、汗が噴き出す・・・木陰で休みかと、露天販売の喫茶「ひばり屋」で一休み。
カフェオレが旨い!




これも、新聞で情報を得たのだが、那覇市立壺屋焼き物博物館であの人間国宝、金城次郎さんの展示会をやっているってんでやってきた。





金城さんの作品も迫力だったが、平良敏子さんの芭蕉布も拝めた。高いんだろうなぁ・・・・・



帰りがけ、市場を通るので、いつものドライフルーツ屋でオレンジとイチジクを購入。100円から300円程度で、色々楽しめる店で面白い。



ホテルで2日目のマッサージを頼む。やってきたベーベーは昨日と同じベーベー!
「同じ人だと思ったので、私が来ました~」だって。
この子指圧っぽい揉み方なんだけど、ツボを得ていて上手。
「指名料はかからないので、今度来た時には指名してください~~」だそうだ・・・かわいい子だったぜ。




新規開拓しようと思った店は、何と「本日貸し切り」だった・・
近くのお馴染みの「もつ焼き・松井」に入る。



本日かなり混んでいた。1人だったのでカウンターが空いていたが、数人の場合は予約が必要になってきたかな・・






いつもの「お任せ串」・・・お変わりは、太くて旨そうな、アスパラ焼きで「焼酎・三岳」だ。




セイボーのところへ、明日帰ると挨拶。

定番の焼きそばが旨い。




隣に座ってきた、「MORI88」のベーベーと、沖縄話で盛り上がって、こうして、明日は帰らねばならない夜は更けていったのだった。

明日の朝は、ブルーな気持ちになるに違いないのだった・・・



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