AFPの記事、『イラン司令官殺害 イラク首都で大規模な追悼行事、首相らも参列』を見ると、複雑な背景があった。イランとイラク、仲が悪いのに、何故イラン革命軍の司令官がイラクにいたか、そしてイラクで、イランの高官の大規模な追悼行事が行われたか? イラク司令官殺害は、石油地帯に火をつけてしまった?


AFPが、葬儀の様子を伝えていた。日本時間5日には司令官の棺はイランに行くと言う事だが、イランの首脳部、報復で引っ込みがつかなくなっているかも。
【1月4日 AFP】(更新、写真追加)イラクの首都バグダッドで4日、米国の攻撃により殺害されたイラン革命防衛隊(IRGC)の精鋭部隊「コッズ部隊(Quds Force)」のガセム・ソレイマニ(Qasem Soleimani)司令官と、イラクのイスラム教シーア派(Shiite)武装勢力の連合体「人民動員隊(Hashed al-Shaabi)」のアブ・マフディ・ムハンディス(Abu Mahdi al-Muhandis)副司令官の葬列に多数の人々が参加し、イラクのアデル・アブドルマハディ(Adel Abdel Mahdi)首相やヌーリ・マリキ(Nuri al-Maliki)元首相も姿を見せた。
葬列にはその他、ムハンディス副司令官の同僚であるハディ・アミリ(Hadi al-Ameri)司令官、シーア派の聖職者アマル・ハキム(Ammar al-Hakim)師ら親イラン派の人々も加わった。
ソレイマニ司令官とムハンディス副司令官のひつぎは、まずバグダッドにあるシーア派の巡礼地カダミヤ(Kadhimiyah)に運ばれ、ここでは二人の死を悼む多くの人が「米国に死を」と叫んだ。
その後、群衆は政府庁舎や外交施設、米国大使館があるグリーンゾーン(Green Zone)付近まで葬列に同行。グリーンゾーンでは、政府高官らが出席して葬儀が行われる。(c)AFP