ヴィジョンSを一目見ようと来場者が殺到している(8日、米ラスベガス)
【ラスベガス=広井洋一郎】2020年のデジタル技術見本市「CES」でサプライズだったのは、ソニーが開発した自動運転の電気自動車(EV)だ。安全性能に欠かせない半導体画像センサーと音響や映像による車内のエンターテインメント空間を備え、IT(情報技術)とエンタメの両面から自動車を変えようとする試みだ。現時点で市販の予定はないが、久しぶりにソニーらしさを感じさせる製品の登場に、ソニー復活の一端が垣間見えた。
CESのソニーのブース。新型車「VISION-S(ビジョン エス)」の周りには常に人だかりができている。会場の担当者には「いつ販売されるのか」と尋ねる来場者が相次いだ。独アウディ幹部は「洗練されたデザイン。ソニーは個人的に大好きなブランドだがライバルになるなら考え直す」と話していた。米国のカー雑誌の記者は「独BMWみたいにクール」と高く評価する。
EVの開発はソニーの吉田憲一郎社長が最高財務責任者(CFO)時代に「何か動くモノをつくろう」と話していたことがきっかけだ。2年前に犬型ロボット「aibo」のチームを中心に開発プロジェクトが立ち上がった。指揮した川西泉執行役員は「車はパーソナルな空間」とのコンセプトを掲げ、「ソニーが提供してきたユーザー体験を車に適用した」と語る。
展示ブースの関係で実際に走らせることはできなかったが、記者も会場の展示車に乗り込んでみた。まず、スマートフォンのアプリを使ってカギを開ける。スマホ画面に表示されるボタンを押すと車体の前方からドアまで光が走った。「光で車を包み込むイメージを演出した」という。
車内のダッシュボードは3枚のディスプレーで構成(米ラスベガス)
運転席に座るとダッシュボードは3つのディスプレーで埋め尽くされ、後部座席にも画面が付いている。運転手は真ん中の画面でカーナビを見て、後部座席では子どもたちが映画を見るといった使い方ができるようだ。エアコンの温度は席ごとに設定できる。
圧巻だったのは音響システムだ。ヘッドレストにスピーカーが内蔵され、前方のスピーカーと組み合わせて360度あらゆる方向から音楽に楽しめる。天井はガラス張りで開放感もあり、エンタメを知るソニーならではの設計と言える。
ソニーの川西氏は「ゆっくりくつろげる空間の前提は安心安全」と話す、そのために必要な最新技術を盛り込んだ。画像センサーやレーザー光で距離を測るセンサーを33個搭載し、AIやクラウドを組み合わせ、人や物体を検知・認識する。画像センサー技術を生かし、バックミラーとサイドミラーは電子ミラーだった。ハンドルやアクセル、ブレーキの操作のうち、複数を自動化する「レベル2」相当の運転支援ができる。
デザインから設計までは川西氏らaiboの開発チームが独自に手掛けた。ただ、ソニーには必要な技術がすべてあるわけではない。独ボッシュや独コンチネンタルなど車部品大手の協力を仰ぎ、車体の製造はオーストリアのマグナ・シュタイヤーに委託した。
部品や部材は協力会社の汎用品を活用した。川西氏は「ソニーの技術をどこに集約したら(自動車向けに)インテグレーション(統合)できるか。モビリティーへの挑戦は大きな意味がある」と強調する。共通の車体を活用すれば、様々な車種が開発可能だといい、車作りのあり方が変わる可能性もある。
システムはクラウド経由で随時更新され、次世代通信規格「5G」にも対応する。川西氏は「AIを軸としたクラウドシステムをつくりたい」と話す。川西氏は家庭用ゲーム機「プレイステーション」事業の経験もある。ソニーがゲーム事業で確立した配信サービスなどで継続的に稼ぐ「リカーリングモデル」を構想しているのかもしれない。
ソニーが変えようとしたのは車だけではない。リストラなどの構造改革で収益力は回復し、2019年3月期まで2期連続で最高益を更新した。ただ、新たな成長事業を作り上げるためには、人材をひきつけ続ける必要がある。GAFAと呼ばれる米IT大手が潤沢な資金をもとに人材を吸収するが、車参入には「ソニーに入ればこんなこともできる」といったメッセージを社内外に示す意味合いもある。
吉田社長に「自動車に続くプロジェクトはあるのか」と尋ねてみると、「仮にあっても言えないが、社会的なインパクトを与えることをやりつづけたい」と返ってきた。今回のコンセプトカーの発表は社会に、ソニーが失ったと言われていた「ワクワク感」を与えたことは確か。20年度内に実施する計画の公道実験が待ち遠しい。
ソニーが自動運転車をお披露目したことは、もはやクルマ作りが完成車メーカーの専売特許といえなくなったことの証しだ。競争は厳しくソニーが一定の地位を築けるかどうかは不透明だが、CESで市販EVを展示した中国のスタートアップ、バイトンの担当者は「我々とソニーは正しい方向に向かっているのだろう」と話していた。