これまで、日本の工作機械産業が長年世界最強の産業であり続けることができた1つの要因は、CNC(コンピューター数値制御)装置と工作機械本体との間で相互に価値を高め合う共進化のメカニズムを日本の工作機械産業が作り上げたことだ。

 この共進化をもたらす力は、間接ネットワーク外部性(あるいは、ネットワーク外部性の間接効果)というものだ。これは、相互に補完的な関係にある補完財同士であれば、CNC装置と工作機械本体に限らず、補完財同士の間で働く力である。補完財は単体では価値を生み出せず、他の財とペアになって初めて価値を創造できるという意味で、運命共同体のようなものであり、これらは相互促進的に価値を高め合いながら進化する。

 現代は、複雑な分業関係が産業と国境を超えて、グローバルに形成されている時代だ。そのような時代、産業の潮流と進化を読み解く1つの鍵は、補完財に着目しそこに働く間接ネットワーク外部性の力を見ることである。ただし、それは目に見えない力だから、意識的に思考を働かせて見ようとしなければならない。自然に目に入ってくるものではないのだ。

 この間接ネットワーク外部性を意識して、自動車産業の現場で目まぐるしく展開する電動化の動きについて考えてみたい。「脱エンジン」の動きは、世界のあらゆるレベルで加速している。「CES 2020」においてソニーが発表した電気自動車(EV)は、同社が自前で全てを開発したわけではなく、ドイツのボッシュ(Bosch)などの大手自動車部品メーカーや、米国の大手半導体メーカーのクアルコム(Qualcomm)などと共同開発を進め、自動運転や音響・映像の技術を詰め込んだものである。製品化するとするなら、間接ネットワーク外部性の実現と言うわけ。

 脱エンジンを巡る世界的な潮流の中で、日本が抱える根本的な課題は、脱エンジンの行き着く先がEVなのか燃料電池車(FCV)なのか、いまだに見えないということだ。例えば、トヨタ自動車は走行距離が長いFCVを本命と見て2014年にFCV「ミライ」を発表したのに対し、日産自動車は早くからEVを本命視して2010年にEV「リーフ」を発表しており、日本政府もEVとFCVの両方を支援してきた。その結果として企業も政府も両方式に投資を分散しているというのが、先進諸外国と比較したときの日本自動車産業の特徴といえる。

どちらかは淘汰される

 この背景には、EVとFCVは将来すみ分けて共存するという楽観的な見通しがあるのかもしれない。しかし、日本にとって不都合な真実かもしれないが、EVとFCVは将来にわたって共存することはなく、どちらかが淘汰されていずれかの方式に収束する。

 EVは車載バッテリーにあらかじめ電気を充電しておき、モーターを駆動させる。これに対し、FCVは燃料になる水素を車載タンクに貯蔵し、車載の燃料電池で化学反応を起こして発電しモーターを動かす。つまり、EVは充電するための充電スタンドを、FCVは水素を補給するための水素スタンドを必要とする。

 そして、クルマとスタンドは、それぞれ単体では顧客に対して価値を生み出さない。価値を生むために互いに相手を必要とするという補完性が存在するために、間接ネットワーク外部性の力が働く。間接ネットワーク外部性は、補完性を持つ両者間で働く相互促進的な力で、その結果、強いものはますます強くなるという独り勝ちをもたらす。

 例えば、充電スタンドの増加はEVの利便性を高めるために、EVの利用者を増やす。今度はそれが充電スタンド増設をさらに後押しする。このように充電スタンドとEVの間には相互に価値を強化し合う力が働くために、いったんそのサイクルが回り始めると正のフィードバックが生まれる。もちろん、FCVと水素スタンドの間にも同様の力が働く。

無駄になることが明らかな投資

 間接ネットワーク外部性が教えてくれるのは、一定のしきい値に到達するまでは両方が共存するが、それを超えると強いものがさらに強くなる正のフィードバックサイクルが始まるということだ。流れが定着してからそれを覆すことは難しく、最終的に勝者の独り勝ち現象が生まれる。つまり、どちらが早くしきい値を超えて、流れを作り出せるのかが、勝負の分かれ目といえるだろう。

 現時点ではどちらもまだしきい値を超えていないために、勝負の先行きはまだ見通せない。しかし、世界の現状を見ると、現時点ではEVが優勢といわざるを得ないだろう。国内の充電スタンドは現在約2万カ所以上に設置されているのに対して、水素スタンドは100カ所に満たない。環境負荷全体から見るとFCVこそが究極のエコカーだという見方も確かに存在する。だが、いったんEVへの流れが始まるとその潮流を止めるのは難しく、FCVの巻き返しは極めて困難になる。もちろん、その逆もまた真である。この流れを作り出すものは、EVとFCVのどちらが環境対応に優れているのかという技術の力ではなくて、間接ネットワーク外部性という経済の力である。

 政府は現在、車両の購入補助とスタンドの設置補助などで、EVとFCV両方の普及を支援している。だが、間接ネットワーク外部性の力は、遅かれ早かれどちらかが淘汰されることを教えている。にもかかわらず、企業も政府も両方に投資を継続しているのだから、このまま放置しておくと、日本の自動車産業全体の競争力の弱体化につながりかねない。無駄になることが明らかな投資を継続しているからだ。とするならば、このような技術の過渡期においては、政府は、企業の市場競争に任せるだけではなく、産業全体としての調整をする場づくりに積極的に関与すべきかもしれない。