16K映像を無圧縮伝送5Gの先に登場する1Tbpsの無線伝送技術によって、実現可能になるアプリケーションとは何か。
李氏は「10年後にどのようなユースケースが登場するかは予想しにくい」としながらも、ほぼ確実に出てくる用途として、携帯電話基地局とコアネットワークを接続するフロントホール/バックホールを挙げる。
「5G/6Gでは基地局の数が、今よりも格段に増える。そのため、個別に光ファイバーで基地局を直接結ぶ形から、まずは無線で束ねていく形になるだろう」と見るのだ。
8K/16Kといった超高精細映像の無圧縮伝送のニーズも確実にある。映像圧縮に伴う遅延が一切なくなれば、遠隔手術も現実的なものになる。テレビ番組などの制作手法も大きく変わるはずだ。
OAM多重伝送の実用化に向けた課題としては、伝送距離の拡大が挙げられる。NTTが実施した屋内実験での伝送距離は前述の通り10m。基地局の収容に使うのであれば、屋外で数百m離れても使えるようにする必要がある。
NTTはOAM-MIMO多重伝送の屋外実験を今年2月から開始する。実験開始時は使える帯域が28GHz帯の750MHz幅に限られるため、当初は屋内よりも低い速度で実験を行うが、周波数帯の変更などにより、「まず距離100mでの100Gbps伝送の実現を目指す」(李氏)という。
内部ノイズを抑え100Gbps化NTTが成功したもう1つの100Gbps無線伝送実験は、帯域幅の拡大に貢献するものだ。高い周波数を利用可能にする超高速ICの実用化を目指している。当面のターゲットは、国際的な周波数利用ルールの対象となる上限の275GHz帯より、やや上の300MHz帯の開拓だ。
NTTは2017年末に300MHz帯の25GHz幅の帯域を用いた100Gbpsデータ伝送実験を行い、その成果を2018年6月に開かれた国際会議「IMS2018」で発表した。
NTTは、インジウム燐半導体(InPHEMT)によるミリ波の利用技術の開拓に、7年ほど前から取り組んできた。InP-HEMTは、一般的なシリコン半導体よりも高い周波数に対応できる。2016年にはInP-HEMTを用いた300MHz帯無線装置を試作し、25Gbpsのデータ伝送実験を実施している。帯域幅は25GHz。この実験では「誤り訂正まで作り込んで、DVD1枚のデータを3秒でダウンロードできるデモを行った」(野坂氏)という。
今回の実験では同じ25GHz幅の帯域で、100Gbpsの無線伝送を実現した。変調方式をASK(振幅偏移変調)の4倍の伝送能力を持つ16QAM(16値直角位相振幅変調)に変更することで100Gbpsを可能にした。

300GHz帯を用いた屋内(電波暗室)での無線伝送実験の様子
300GHz帯などの高い周波数帯では、ノイズや歪の影響が大きくなる。そこで2016年の実験では、伝送能力は低いが、ノイズに強いASKを採用した。しかし、高速・大容量化に向けては、より伝送効率に優れる変調方式の採用が必要不可欠となる。
これを可能にしたのが、NTTが培ってきた高アイソレーション回路設計技術である。不要な信号の混入を排除する技術だ。
さて、今回の実験に使われた送受信装置では、データを低い周波数(IF)にいったん載せた後、局部発振器の信号(LO)を混入し、目的の周波数(RF)に高めてから空間に送出する。一方、受信側では、逆の手順を踏んでデータを取り出す(
図表3)。無線通信では、標準的な構成だ。
図表3 300GHz帯を用いた100Gbps伝送実験の装置構成

この送受信装置に16QAMを実装するうえで問題になったのが、内部ノイズだった。低い周波数帯の場合、IF、LO、RFの相互混入による内部ノイズは無視できる。しかし、ノイズの影響を強く受ける300GHz帯では、16QAMが利用可能なS/N比を超えてしまう。そこでNTTでは、内部ノイズ対策用のフィルターを備えたミキサーを新たに開発。これによりIF、LO、RF信号の混入を抑制することで、16QAMの利用を可能にした。

(左から)実験で使われた300GHz帯ミキサーモジュールと、
これに搭載されているミキサーIC(サイズは1×1mm)
NTTが開発した超高速IC技術は、端末や基地局装置用のICの能力向上を図るものだ。普及すれば、100Gbpsクラスのデータ通信が様々な領域で活用できるようになる。前述したフロントホール/バックホール、8K/16K伝送での利用だけでなく、スマートフォンなどの一般向け端末に標準搭載されることも十分あり得る。
「6Gでは、ユーザー1人ひとりが実際に使える帯域が格段に広がり、新たなユースケースが生まれてくるだろう」と野坂氏は語る。
また、データセンターネットワークの無線化にも、野坂氏は大きな期待を寄せている。光ファイバーなどの有線ネットワークを代替できれば、配線がいらなくなる。
超高速IC技術についても実用化に向けて課題となっているのが、伝送距離の拡大だ。
実験での伝送距離はわずか2m。「少なくとも100m程度にしなければ、用途が限られてしまう」と野坂氏は言う。
伝送距離の拡大に必要なのは、InP-HEMTの出力性能の向上だ。根本的な解決には、半導体技術そのものの進化が求められる。このため、一定の時間が必要と見られるが、野坂氏はこう意気込んだ。
「仮に半導体の技術が今のままでも、アンテナ技術や送信機を複数台組み合わせるなどの手法で対処できるのではないか。2年ほどで100mの距離を実現したい」