多面体F

集会報告、読書記録、観劇記録などの「ときどき日記」

日本のアマチュア音楽の未来は明るい

2019年09月21日 | 美術展・コンサート
ここ数か月で、たまたま3つのアマオケ・合唱団のコンサートを聞く機会があった。記憶に新しい最近のものから順に記す。

9月14日午後、すみだトリフォニーホールで芙蓉グループ合唱祭第50回記念演奏会を聞いた。オケは日立フィルハーモニー管弦楽団(指揮・武藤英明)。なぜ日立が芙蓉グループなのかと思ったが、みずほグループ(旧富士+一勧+興銀)ができてからそうなっているらしい。
メインはカール・オルフの世俗カンタータ「カルミナ・ブラーナ」だった。
歌詞がラテン語なので、舞台上方に横書きの字幕が出た(字幕制作:藤野明子)。世俗カンタータとあるとおり、以下のセリフにはかなりエロっぽい歌詞も含まれていた。暗い中、字幕をメモしただけなので、間違いもあると思う。
「こっちを見て!男の子たち、喜んでお相手するわ」(8小間物屋さん、紅を頂戴)、「おいでよ私の恋人 じりじり待ち焦がれているんだから」(9輪舞)
「おいでおいで、さあおいで そんなにじらさないで! なんて綺麗なんだ!」(18我が心は)、「初めて恋して燃え上がる ああ体中がうずうずする」、「だから胸もキュンとなる。兄ちゃん姉ちゃん、くっつき合うのは当たり前(19若者と娘が一つ屋根の下)
愛しいあなた、私のすべてを捧げます」と続く。まるでデビューしたころの山口百恵の四十数年前の曲のようだ。素直な声のソプラノ・高橋薫子や児童合唱が歌った。こんな歌詞を子どもが歌ってもよいものかとも思ったが・・・。
2章「酒場にて」には「わしは、のらくら者の極楽の総院長さまだ」(13)というバリトン・ソロ(砂田直規)の罰当たりな歌詞も出てくる。
また、昔は優雅に暮らしていた美しい白鳥が「あわれなこと!こんなに真っ黒こげに焼かれちまって(12昔は湖にすんでいた)と胸がいっぱいになるような哀切に満ちた歌詞もテノール・ソロで歌われる。澤崎一了さんの声がすばらしかった。この曲はもちろん知っていたが、こんな切迫した情況の歌だとは知らなかった。カンタータで歌詞が重要なのはいうまでもないが、だれの翻訳かということも重要だ。たとえば文学の世界でいえば、故・橋本治の「桃尻語訳 枕草子」や「窯変源氏物語」が思い起こされる。
2016年1月、馬場管+フロイデ・コーア・ヨコハマの「カルミナ・ブラーナ」を川崎ミューザで聴いたときは3階席隅から見下ろす感じだったので、今回は13時半の開場少し前に行ったので、1階席に座れた。しかしすでに空きがすくなく11列目5番とかなり前の左端近くだった。オケと合唱団で舞台ははみ出しそうにいっぱい。合唱団の列が7-8列あり、最上段は2階くらいの高さにいるようにみえた。打楽器が活躍する曲なので、はじめは耳障りなまでの音量に感じた。
合唱団は160人ほどの大編成、それに練馬児童合唱団の子ども18人が加わる。にもかかわらず合唱団はよくまとまっていた。聞くとオケの指揮者・武藤さんが半年ほど前から月一度合唱指導に来てくださったとのことだ。その練習の成果だろう。
その他、カルミナの前に、日産、みずほ、芙蓉、丸紅の4合唱団それぞれの演奏が各2曲、10分ほどあった。芙蓉合唱団とは、沖電気、サッポロビール、明治安田生命など芙蓉グループの企業混合合唱団とのことだ。20人から60人のそれぞれ規模の異なる団だったが、混声合唱はサイズが大きいほど演奏が充実する傾向にあることを実感した。

9月8日午後、第一生命ホールでアイリスフィルハーモニー第11回演奏会を聞いた。
演奏曲はスメタナの連作交響詩『我が祖国』より「モルダウ(ヴルタヴァ)」、ブルッフ「スコットランド幻想曲」(ヴァイオリン独奏:瀧村依里(読売日本交響楽団首席奏者))、ブラームス「交響曲第4番 ホ短調」の3曲だった。
指揮は中島章博さん。この方の経歴は変っていて早稲田の理工学部から東大の大学院に行ったあと、オーストリアのザルツブルク・モーツァルテウム大学指揮科に留学、帰国後建築音響工学のドクターを取ったという人だ。そのうえ戦隊ヒーロー・スキヤキフォースの作曲をしたり、「マツコの知らない世界」に出演して指揮したりする多彩な活動をしている。
建築音響工学専攻がわたくしの頭にあるせいか、目の前でライブをやっているのに、なぜかいいステレオとスピーカーで音楽を聞いているような気がした。
指揮はまだあまり詳しくみていないのだが、ラジオ体操と応援団を混ぜたような目立つパフォーマンス、大きな振りだった。もう1-2回見て「秘密」を探りたい。中島さんが指揮する姿は舞台上とても大きな人にみえた。足が長くスラッとした体形もあるかもしれないが、カリスマ指揮者の印象を与えた。
ところでこの日聞いた演奏のなかで一番よかったのは、ヴァイオリン独奏のアンコールとして演奏された中島さん自身作曲のヴァイオリンとオケのための「Those Were The Days――あの頃の日々」だった。
「スコットランド幻想曲」ははじめて聞く曲かと思ったが、4楽章を聴いて、知っている曲であることに気づいた。

7月15日午後、蒲田の大田区民ホール・アプリコで高田馬場管弦楽団第94回定期演奏会を聴いた。演奏曲はベルリオーズ「ベンヴェヌート・チェルリーニ」序曲、チャイコフスキーの幻想序曲「ロメオとジュリエット」、R.シュトラウスの交響的幻想曲「イタリアより」の3曲。「イタリアより」は初めて聞いた曲だった。馬場管らしい派手な聞きどころがいくつもあるいい曲だった。
指揮の森山崇さんは「老境の円熟」の域に入ってきた。わたくしが馬場管を聴きにいくのは、森山さんの魅力にとりつかれたからといってもよい。はじめは指揮台上の派手なパフォーマンスに魅せられ、次に曲のフィナーレの計算されつくした盛り上げ方の秘訣を解きたかったからだった。
森山さんは73歳、見かけはロヴロ・フォン・マタチッチのようだった。華麗なる指揮者から円熟のゆったりした指揮者の入口に立っている。だから少なくともこれから10年は期待できる。中島さんとは違う意味で今後を注目したい。

開場前にすでに数十人が並んでいる
すみだトリフォニーホールは客席数1801席、第一生命ホールは767席、大田区民ホール・アプリコは1477席だったが、どこも9割がた客が入っていた。最近はできるだけ開場時間前後に到着するようにしているが、たいていすでに数十人並んでいる。2年前にNTTフィルの演奏をすみだトリフォニーで聴いたときも同じだった。固定ファンがついているのだと思う。
日本の(あるいは東京の話かもしれないが)市民の音楽環境やレベルもここまで上がってきたかと思うと感慨深いものがある。
オケのレベルの評価まではわたしには判断できないが、30年くらい前は管楽器、とくに木管は人数が少ないせいもあり、レベルが高かったが、近年は弦楽器のレベルやハーモニーの美しさのレベルも上がってきたように思う。また打楽器の演奏に感心することもしばしばある。客演だと思うがハープやパイプオルガンが加わり多彩な音、迫力ある音楽をつくりだす演奏も多い。
日本のアマオケの未来は明るいと感じた。

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