◎オーディン
北欧神話の主神オーディンは、巨人中の賢者のミーミルの守る知恵の泉の水を飲むために片目を差し出した。
ミーミルの泉は世界樹イグドラシルの3本に分かれた根のうち、霜の巨人の側に張り出した根元にある。
泉の水の鏡をのぞき込む者は、何よりもまず自分の姿を見る。出口王仁三郎がその教団で本守護神たる自己を奉斎させたように、内面への世界への旅は、必ずしも愉快なものではない自分自身と出会うことから始まる。
水鏡に映る自分の姿は、自分の影である。しかし自分の影の先である水底には宝があることが知られている。水底の宝を手に入れるという行為は、歴史上にしばしば魚を取るという行為としてシンボル化されて出て来る。水面下とは、死の世界であり、集合的無意識の世界である。
魚さえ取れば、その泉の水さえ飲めば、この世とあの世を股にかけた本当の自由を手に入れることができ、人間的苦悩からの解放がある。だからそのことは宝として表現される。
しかし水面下の知恵を手に入れるということは、我々にとって、いわば生きるか死ぬかの問題である。この世のあらゆるものを捨てさせられることになるからだ。オーディンは片目を失った代わりにそれを手に入れた。
オーディンですらこの世的なものを捨てさせられた。アダムとイブでは、知恵の実を食べた代わりにエデンの園を追放されることになった。
オーディンは、ミーミルに片目を差し出して、敢えてこの上ない癒しを求めたのだ。知恵とはあらゆる人間的苦悩を超越できる叡智である。よってこの知恵こそ無上の癒しに他ならない。