◎ジェイド・タブレット-10-3
◎垂直上昇への仕掛け-3
◎錬金術師マリア・プロフェティサの公理
エジプトのオシリスとホルスの神話に見るように、父なる神オシリスと聖霊に相当するラー、そして神の子ホルスで、古代エジプトでは、既に太母なき父系の三位一体が成立していた。
ユダヤ教エッセネ派という密教系の集団から出たイエスは、愛を中心に据えた密教系でも只管打坐系でもない独特の宗教を開発することができた。イエス没後の彼の継承者たちは、本来密教系の霊力・超能力偏重の宗教団体として伝法していくことができたはずだが、現在のカトリックのようなほとんど霊力、超能力から離れた清浄にしてシンプルな宗教として2千年の繁栄を見ることができた。この間、磔刑のイエスの十字架をシンボルとし、輪廻転生を否定し、イエスの一生の観想法を中心としたキリスト教が西欧を席巻した。
そうした密教系からの分離は、3世紀頃起きたと思われ、ゾシモスやマリア・プロフェティサの片言からうかがうことができるが、キリスト教は、密教系の錬金術と分離した。
こうして西欧では、死の世界を究めようとする垂直の道(クンダリーニ・ヨーガ型の宗教)は結局根付くことはなかった。わずかに錬金術や魔術などの伝統が細々と続いてきたにとどまった。
一般にキリスト教(カトリック)は、三位一体と言われているが、その実二位一体と言われている(出口王仁三郎、ケン・ウィルバー)。その原因は、聖霊の意味を広くとって、一方で太母の扱いが不当に低いことである。なお聖霊とは神の属性である絶対善を有して活躍しているもの。そして人間にとって、聖霊は天にも地にも人にも聖霊が主要部を占めているので、人間の本質でもあり、天であり、地であり、高級神霊のサポートみたいでもある。
さて、マリア・プロフェティサは、3世紀アレクサンドリアの錬金術師。『一は二となり、二は三となり、第三のものから第四のものとして全一なるものの生じ来るなり』という錬金術1700年の歴史を貫くマリアの公理を呈示した女性。
一は、主なる神。これがマーヤ、無明、現象に分化して二。一の父なる神と二の聖霊と三のイエス(男性なる人間)が出現して、これで家父長的な三位一体は成る。
マリア・プロフェティサは、四として太母である聖母マリアを出してきて、四位一体を完成させたと考えられる。
これを受け、ユングは、キリスト教の四位一体を次のように示している。
聖霊(鳩)
キリスト + 父なる神
マリア
(出典:結合の神秘Ⅰ/ユング/人文書院 P237)
一方でマリア・プロフェティサは、キリストが脇腹から女を引き出して山頂で交わった幻視を得た(出典:錬金術の世界/ヨハンネス・ファブリキウス/青土社P343)というが、これが父なる神と太母であるマリアが交わってマクロ・レベルでの両性具有を達成したことにシンクロして、イエスと脇腹から引き出された女が交わって人間レベルでの両性具有を達成したと幻視したのだろう。
父系的三位一体は、女性を抑圧するが故にどうしてもストレスを抱え不安定である。よってこれを解消するために太母である第四位を表に引っ張り出さねばならない。そしてそれは、近代西欧文明においては、神々レベルと人間レベルにおいて同時に起こるということなのだろう。
古事記では、神々レベルの両性具有は太古に早々に高天原において発生して、人間レベルのそれは、現代において起きるシナリオ。一方、西欧では、神々レベルの両性具有も人間レベルのそれも、同時に現代において起こるシナリオになっているのだろう。
イエスが十字架にかかるまで大悟覚醒しなかったのは、死と再生という「老いたる息子」としての再誕を示すため(垂直上昇)。カトリックが父系三位一体をまだ捨てないのは、神々レベルの両性具有の実現のタイミングを測っているのだろうか。次の時代は、万人が、神という体験とは言えない体験を経ている、宗教のない時代である。