◎正しく理解してさえいれば、賢者の石は短時間でできあがる
『錬金術師の入門式については、いくつかおもしろい話がある。見たところ実話のようだが、実際にはほとんど寓話だろう。歴史家はよく、エルヴェシウス(ヨハン・フリードリッヒ・シュヴァイツァー)の話を引用する。というのも、錬金術の達人との出会いをありのまま語っているように見えるからだ。『金の子牛』から、その物語を要約してみよう。
一六六六年十二月二十七日のこと、見知らぬ男がハーグにあるエルヴェシウスの家に現われた。男は「小さなクルミくらいの大きさで、透きとおった青白い硫黄の色をした」物質のかけらをいくつか見せ、「哲学者の石」だと言った。ほんのひとかけらもエルヴェシウスにくれようとしなかったが、石を貴石に変える方法と、霊薬や「清らかで澄んだ、蜂蜜よりも甘い水」(おそらく、有名なメルクリウスの水)の作り方を教えてくれた。錬金術の金で作ったメダルも見せてくれた。
三週間後、男が再びやってきたので、エルヴェシウスはしつこく頼みこんで、ようやく小さな石の「かけら」をもらった。しかし、それっぽっちでは何も作れそうにない。すると、男は石のかけらをとりあげて半分を火に投げこみ、残りの半分を返してくれた。そして石を調合する方法を教えてくれた。それによると、必要な物質は全部でたったふたつ。それに坩堝がひとつあればできる。正しく理解してさえいれば、石は短時間でできあがるし、費用も少なくてすむという。男はそれきり、二度と戻ってこなかった。
エルヴェシウスは妻の助けをかりてその石で変成をなしとげた。できあがった金は正式に鑑定した結果、良質であることがわか った。』
(錬金術 心を変える科学/C.ジルクリスト/河出書房新社P74から引用)
上掲『必要な物質は全部でたったふたつ。それに坩堝がひとつ』の必要な物質はあらゆる正反対のもの、坩堝とは肉体。
なぜ石を半分だけくれたかは、師の教えは半分であって、残り半分は自分でたどり着くものだから。
メルクリウスの水とは、処女の乳、生命の水、火とも呼ばれ、この水で死者を生き返らせたり、病気を治したり、不死に到達したりできるとされる。メルクリウスは、水銀のこと。
メルクリウスの水や賢者の石が、さる冥想状態であるとは普通気がつかないが、全身全霊で人生をかけて、「人生はかくも理不尽、不条理であるのは何故か」と追求しきるエネルギーのある者だけが、そこに気がつくのではないだろうか。