◎降る雨里迦(アメリカ)の一時雨、木枯さへも加はりて
(2021-10-31)
(大意)
敵であった唐国は、叢雲も砲烟弾雨も晴れ渡って一旦は日本の味方となったのだが、戦後処理の過程の中で、東の空の勢力との調整がうまく行かず、退くに退かれず結局開戦となる。
戦端が開かれると、五十余億(兆?)の軍資をも一年経ぬ束の間に、烟散霧消する大惨事。巨万の死亡者が発生し、農工商の産業も、次第次第に衰えて、進退ここにきわまって、天を拝し地に伏して、狼狽して騒ぐ弱虫の、中身が外国人の身魂は自ら現はれ狂う憐れさである。
青菜に塩の如く、あちこちで溜息が出るばかり。こんな時に、売国奴やら利己主義者も横行し、万時休す。
日本は形としては、祖国を守りながら世界を救った姿となったが、まだまだ安心できぬと言っている最中に、アメリカから一発の暴風雨付き核ミサイルが、一つの国に空から炸裂。それは、山の尾根の紅葉も、はかなく散らして、悲しげな鹿の泣く声が四方に立つことになる。
ここに近代西欧文明は終わり、少々寂しい元の姿の目出たい文明、至福千年が始まる。
(本文)
『大本神歌(四)
カラ国の天に漲る叢雲も、砲烟弾雨も晴渡り、日の出の守護と成るなれば、斯上無き御国の幸なれど、十重に二十重に累なりし、糸のもつれの弥繁く、解る由なき小田巻の、繰り返しつつ行く程に、東の空にもつれ来て、退くに退れぬ破目と成り、
弥々出師と成る時は、五十余億の軍資をば、一年経ぬ束の間に、烟散霧消の大惨事、鉅万の生霊土と化し、農工商の国本も、次第次第に衰ろヘて、青菜に塩の其如く、彼方此方に溜息を、吐く吐く思案に暮の鐘、進退爰に谷まりて、天を拝し地に伏し、狼狽さわぐ弱虫の、カラの身魂は自から、現はれ狂ふ憐れさよ。
然れど日本は千早振、神の守りし常磐国、国の真秀国珍の国、神が表面に現れまして、御国を守り給ひつつ、世界を救ひ玉ヘども、未だ未だ心許されぬ、
一つの国の御空より、降る雨里迦の一時雨、木枯さへも加はりて、山の尾の上の紅葉も、果敢なく散りて小男鹿の、泣く声四方に竜田山、神のまにまに四ツの尾の、山の麓の竜館、集り居ます神々の、厚き恵みに照り返す、紅の楓葉の、元の姿ぞ目出度けれ。
大正六年十二月一日』
(大本神歌/出口王仁三郎から引用)