◎時間のコマ送り化と隙間
前4団体統一世界バンタム級王者・井上尚弥(30)が2023年7月14日にNHKEテレで放送された「スイッチインタビュー」で、2018年の試合中に起こった「一瞬、一瞬がコマ送りになった」体験を語った。
元WBAバンタム級スーパー王者フアン・カルロス・パヤノ(ドミニカ共和国)との試合中に彼はこの状態に入った。曰く、
「試合中に、ここでこのパンチを出して、攻撃したら倒れると思ったんです。その思った通りにしたら、1本の道筋が見えてからスローモーションに見えました」
「一瞬、一瞬がコマ送りになって、スローに見えて進んでいく感じでした」
これについて別の対談では、「あの瞬間は秒数が流れているけど、1秒の間に何コマも出てきた感じです。ジャブで踏み込んだ瞬間に(右が)当たるってわかったし。スローに感じる感覚でした」と彼は語っている。(3階級で世界王者になった長谷川穂積氏との対談(「デイリースポーツ」2019年1月3日付))
これは、実際には、左ジャブから右ストレートでKOしたもの。
このような変性意識状態(ゾーン)に入った話を聞くことは稀である。
合気道の開祖植芝盛平が、立ち会いに際して、剣の切っ先がくる前に白い光が来るので、それを避ければ剣を避けることができ、また弾丸の来る前に白い光が来るので、それを避ければ、弾丸も避けることができると言い、そのエピソードも残っている。
これはいわば、井上尚弥と同等の体験なのではないか。
なにより、時間がコマ送りであるということは、コマとコマとの間に隙間を感じているということである。実はその隙間にこそ真理が隠れている。スポーツでいうゾーン体験にも深浅高低があると思うが、これは結構すごいところまで行っていると思う。隙間スイッチを押したのだ。