住宅は動き回らせることはできない、定置的人間活動表現。
この人間活動には、ひとつは経済的活動という絶対的側面があり、
同時にモノとしての表現物であるという側面も持っている。
大体、多くの人にとって人生のなかで1回くらいしか、
建築できる機会は訪れることがない。それもほとんど新築に偏っている。
他の社会、たとえばアメリカの新築戸数とくらべて
人口規模は半分なのに、新築戸数は2倍くらいになっている、という。
〜国交省データでは、人口1,000人あたりの新築住宅着工戸数は
日本が7,6戸に対して、アメリカは3,7戸と倍以上と発表されています。
ちなみに対GDPの投資割合では日本3.3対アメリカ3.8なので、
やはり日本は極端に「新築偏重」というのが実態ですね。〜
で、日本人の生涯年収は、いまおおむね2億円程度というデータがあるようですが、
そのうちのたぶん1/3前後が生涯住宅投資になる。
日本では異常に新築戸建て住宅への投資が旺盛だと思います。
わたしの想像ですが、戦後導入された「個人主義」という価値感が国民性として
個人の「注文戸建て」住宅投資というものに異常に偏って伸張したのかも知れない。
というか、個人主義が全開になったとき、日本人はまず住宅にその果実を
大きく夢見たということであるのかも知れないと。
このことと、戦後の経済成長とはパラレルであったように思われます。
そういう日本社会の中での存在である戸建て住宅。
それも日本的個人主義の「表現物」という側面もある戸建て住宅では
その「依頼者」「建築人」双方の「思い」が表現されたのでしょう。
だから、その表現に込められた「意図」とか思い、に興味が強くなっていった。
そうなると、それをどう「伝えるか」ということが大きなテーマになった。
端的に言って、動かせない対象物として写真という表現が主要に扱うことになった。
わたしたち住宅メディアというのはそういった宿命を背負っている。
その協同者として、写真家という存在があります。
きのう、新住協北海道札幌支部の例会では、
写真家のKEN五島さんを呼んで、写真表現についての講演セミナーを開催。
最近、新住協では若手のみなさんからオモシロい動きが出ていて、
こういった視角の勉強会が開かれることになった。
ということで、時間を見て参加してみました。
上の写真は講演会で五島さんがプレゼンしていた写真です。
五島さんから許諾もいただきましたが、念のためクレジットも入れました。
それこそ毎日、このテーマで住宅建築の現場で話し合いながら
活動しているので、まことに身近な話題テーマ。
五島さんには数回本誌でも作品発表していただいています。
きのうの講演ではややテクニカルに寄りすぎていて、時間の関係で
肝心の「どう撮るか」という対象・住宅との「対話」というテーマが
突っ込み不足になってしまった。
まぁしかし、それこそ毎日格闘しているテーマなので、
お話にはたくさんのヒントが示されていて、わたし的には大いに気付きがありました。
五島さん、ありがとうございました。
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