イタリアの風に吹かれて ~con te partiro~

前世(かこ)から未来(いま)へと紡がれし時の記憶
あなたと交わした約束の欠片を辿る遥かなる愛しき旅

生れも育ちも関係ない備わりしもの 

2014年01月24日 23時58分52秒 | 他人のふりみて

001 
 品性って マナー教室のような所で
表面的な所作や会話を学び 
身につけるものとは異なり
元々備わっているもの
のように思えるときがある。

例えば
人によって
 コロコロ態度を変えたりしないコト

 自分に不要になった使い古しの物を
 いきなり ばらまいたりしないコト

 私の思う品性。

  大人になって2度驚いたことがあった。

 会社員時代 友達が自宅に遊びに来た時、
  茶色い紙袋の中に5~6枚入ったスカートをスッと渡され
  「買ったけれど1度もはいてないから良かったら」
 
「・・・・・???」

   深いスリットの入ったタイトなコードュロイのロングスカートは、
    何年もの間 箪笥に眠っていた感じに見えた。
  はいていようが いまいが、自分が不要なものを
   打診せず いきなり持ってくるというのは、
    どうなのかナ?と戸惑った。
 いつもは「ありがとう」の言葉がすぐでるのだけれど、
 
 この時は嬉しいとも 有難いとも思えなかったので
 彼女に何て言ったらいいのか多分表情が少し強張り
  しばらく途方にくれていたように思う。
  お土産の1つとして持ってきたスカート

無碍に「多分はかないから持って帰って」
とは言えなかった。

  コーデュロイもロングスカートも好きだけれど
    元々深くスリットの入ったスカートは はかない。
   スカートは1度もはくことなく数年後処分した。

 それからだいぶ月日が流れ、ある時
   同じようなことが起こった。

   いきなり持って来たり 送ってきたりではなく、
  自分が手放そうとしている画材について
  それはどういった価値があり、
(私が)使ってくれたら画材も嬉しい筈、的な
ワクワク感の様なものまで伝わってくる
テンション高めのメールだった。
けれど、彼女にとって
もう、その画材には価値を感じていないので
   喜んで使ってくれる人にあげたい
というより、手放したいということは
文面から明らかだった。
   その画材を彼女が本当に気に入っていて
大切に思っていれば、
 描き手は道具を大事にするものなので
  愛着から手放したりはしない筈だから。
 
 メールによると、現在持っているある画材は
  2つのメーカーの物なので1つのメーカーに1本化するので
  以前のメーカーの画材を 良かったらどうぞ、
   という内容だっ
た。

  画材を買うお金に困っていた訳でもなければ
  「余った画材があれば下さいね」など
  お願いしたことなどなかったので
  彼女の在庫処分に一役買うのも
    乗り気ではなかったが、
  画材の良さを一生懸命に伝える彼女に
   折角声をかけてくれていることだし、
  日頃からエレガントな暮らしについて語る方であり 
    お付き合いされる方々も○○マダムと
   いった方々が多く、彼女自身品位を重んじるような
    暮らしをされている方だったので
    そこまで勧めてくれるのなら、と
     ご厚意を受けることにした。
    
    後日、
    丸いボトルに入った数十本の画材が届いた。
    開けてみると 未使用のものではなく
  年期が入ったボトルはどれも少し汚れていて
    彼女が何度か使った物であるのは明らかで
    正直とても驚いた。
  在庫処分の物でも未開封と思い込んでいた私は
   事前に彼女に確かめることもしなかった。
  1本につき何回使ったのかは分からないけれど
   何年か前の開封し何度も使ったお古の画材を
     創作活動をする私が喜ぶと信じて疑わず、
  いいことをしているという感じで
   送ってこられたので、
画材を確認した時、
   まさか・・・・の複雑な思いがした。
   そして彼女が私のことをどんな風に
    思っていたのかも分かった気がした。
  賢い彼女は懇意にしている 
   憧れてやまない習い事の先生や
   セレブを地で行くお友達には間違っても
    在庫整理をする為に使い古した物を
     送ったりはしないのだろうなと思った。
 
    今回の件で彼女は相対する人によって
   もしかしたら、
接し方を変えているのでは?
    と、思いかなしく感じた。
  
    蓋を開けようとしたらだいぶ古かったのか?
    数本の蓋がホロホロと崩れ割れ
   固まった絵具が出てこないボトルもあった。

   人は自分にとって
    もう価値を見出さなくなった物、
   不用品と見なした物を手放すように思う。

    そのまま捨てるのは勿体ないから
    喜んで使ってくれそうな人にあげようといった
      断捨離も確かにあるのかもしれないが、
     それは身内に限り自然に受け入れられ?
    許されることなんじゃないのかなと
    率直に思った。
      
   私は不要となった物を誰かに回すのは
     失礼な気がする。
   
    本人は良かれと思いしていることなので
   ショックでドキットとしたという私の本音を伝えたら
    彼女が傷ついてしまうかもしれないと思い、
    複雑でみじめな本音は封印したけれど、
   蓋が崩れ落ちたことは伝えた。

    「こんなことされたらイヤだろうな・・・・」
 
     行動を起こす前に  
      相手の身になって考えられることは、
     大切な品格のように思う。
    不要となった物をただ人に押し付けるのは
     やりくり上手ではないと思う。

    何かを差し上げる時 そこには
   その人の内面や本音が
     色濃く映し出されてしまうと思わされる。

     物は目に見えるからこそ余計に
    様々なものも映し出されてしまう気がする。

    みなさんは 大丈夫でしょうか?

    失礼なこと、していませんか?