ヒマヒマノキ ~歩いて、見て、楽しんで~

庭園・街の花、まつり・名所。いろいろな出会いを,その時々の想いを交えて、皆様にお届けします。

百万石の紅葉そして水面に映える緑 ~金沢:兼六園~

2017-11-18 | 旅行
何年ぶりになるでしょうか、本当に久方ぶりの金沢です。北陸新幹線で金沢駅を降りるとまず駅舎に驚きました。駅東口にある壮大なオブジェともいうべき鼓門。機能的でかつ利用者の便を考慮した東口と西口の広場。二つの広場を結ぶ通路の広々とした空間。私の金沢のイメージは一変してしまいました。
目立つのは外国人観光客の多さ。そして誰もが手にしているスマホ。今やスマホは、「どこでもドア」のような役割を果たす必須アイテムなんですね。

さて金沢と言えば、やはり兼六園です。早速にフリー乗車券を買い求め、周遊バスに乗り、兼六園を訪ねました。バスも満員でしたが、園内を見学する人の多いこと。ぶらぶら散策するというより、大げさに言えば列をなし、グループをなしてぞろぞろ歩くといった感じです。



11月半ばでしたが、園内の樹々は紅葉に彩られ、まさに見頃。松には雪つりが施され、池の水面は、青空を背景に、紅葉した樹々や古風な松の枝ぶりなどを映し出しています。その風情をいたるところでスマホに収める人たち。江戸と平成の歴史がミックスしたような光景です。
兼六園の解説は不要でしょう。紹介サイトをどうぞご覧ください。今回は、紅葉と池の水面の写真をお楽しみください。

(兼六園の紅葉)




























(水面の光景)










































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黄色の輝き ~福島・あづま総合運動公園のイチョウ並木~

2017-11-07 | 旅行
紅葉のたよりが各地から届いています。山々の紅葉は見頃が過ぎつつあるようですが、街中ではハナミズキやイチョウなどきれいに色づいている光景を目にします。イチョウの黄葉といえば、東京では、これからの時期が見頃となる神宮外苑の銀杏並木でしょうか。

福島では、あづま総合運動公園のイチョウの黄葉がよく知られています。運動公園は福島市の西の方に位置しています。久しぶりに黄葉を見に行くこととしました。車を大駐車場に止めると早速に色づく木々が目に飛び込んできました。



駐車場から並木の通りのほうに降りていくと、なんと素晴らしい光景です。ゆるやかな坂の上に立ち、通りを見下ろすと通りの両側のイチョウは見事に黄金色に彩られています。青空のもとで日差しが強く降り注げば、黄色の輝きは一段と素晴らしいものになって、見る人を感動させてくれることでしょう。
イチョウの木の中にはギンナンの実をたわわにつけているものもあります。枝が垂れ下がるほどに実をつける様を見るのは初めてです。
400~500メートルほどのイチョウ並木が「くの字」に続いている中をゆっくりゆっくり歩いて黄葉を楽しみました。

福島の平日・夕方近くでしたので、人はそう多くはありませんでした。それでも、散策を楽しむ姿が結構見られ、また高齢者施設に入居している方たちでしょうか、スタッフに付き添われて黄葉を楽しむ姿も見られました。ここは、JR福島駅から車で20分程度のロケーションで、しかも駐車台数が相当ある駐車場が完備されていますから、これが東京なら押すな押すなの人だかりになること間違いなしです。皆様是非お出かけください。

黄色一色の光景をカメラに収めるのはなかなかに難しいものです。「素敵な写真とブログをいつも楽しみにしています」と言ってくださるKさん、今回はいかがでしょうか。
褒められるとついつい舞い上がる歳になっています。ご容赦下さい(笑)。
金平先生の「ひと言の思いやり」を改めてかみしめています。


































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紅葉そして風 ~高山・西穂高千石尾根~

2017-10-22 | 旅行
岐阜の高山市にでかけました。高山市はこれまで二度ほど訪れたことがありましたが、高山からバスで1時間半ほどの穂高のロープウェイはなぜか二度とも雨。今回も秋の長雨が続く中、どうかなと心配しながらの訪問でしたが、なんと1日だけ晴れの日にめぐまれました。そこで、高山から路線バスで平湯を経由してロープウェイに向かいました。

標高が高くなるにつれ、車窓から黄や赤の木々が見られるようになっていきます。終着の停留所を降りるとロープウェイ乗り場はすぐ目の前。早速にロープウェイに乗ると、山々の紅葉が目に飛び込んできました。




四季の中でも秋の美しい光景は一瞬です。光景が一瞬であるからこそ、なおさらのこと感動を覚えるのでしょうか。遠くにたなびく雲。雲の海。眼前に迫る荒々しく雄々しくそびえるアルプスの山々。焼岳。西穂高。槍ヶ岳・・・。

考えてみれば、四季は、早い遅いはあれ当然のように流れ移ろっていきます。四季の光景を目の前にして癒されるとか感動すると思うのは、私たちが都市化した環境の中でいかに埋没して生活しているか、いわばその裏返しのようなものです。自然の側からみれば、毎年のことなのに、人間はこうも感情を躍らせる生き物かと笑っているかもしれません。

しかし、広大な空と雲に心安らぎ、雄大な山並みに心が支えられる自然に、やはり畏敬の念を感じます。小さな自分のありようを気づかせてくれます。力を抜いて生きていくことを考えさせてくれます。

中島みゆきさんの歌に「風にならないか」という歌があります。
中島みゆきさんは、「むずかしい言葉は自分を守ったかい 振り回す刃は自分を守ったかい」と歌い出し、そして「二度とだれかを傷つけたくはない されど自分が傷つきたくもない 互い違いに心は揺れる あてにならぬ地図を持ち ただ立ちすくんでいる もう風にならないか ねぇ風にならないか」と結んでいます。
この歌を思い出しながら、高山を後にしました。









































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那須の新緑がまぶしく映えていました ~那須塩原で~

2017-05-17 | 旅行
5月に入って新緑が鮮やかになってきました。那須岳も緑の中にどんと存在をアピールしているようです。



観光パンフによると、冬はスキーで賑わう「那須ゴンドラ」を頂上までいくと「ゴヨウツツジ」の群生地があると出ています。それでは行かなくてはと、早速車で行ってみました。
ゴンドラのある山の麓は、水仙で美しく覆われていました。



ゴンドラに乗りこむと視界が広がっていきます。気持ちがおおらかになっていきます。これは期待できそうです。





やがて山上につきました。ちょっと歩くと展望台から那須岳を見ることができます。それにしてもちょっと寒いなあ。
それもそのはずです。なんと雪が残っているではありませんか。眼下に広がる平野部は、初夏のよそおいになってきていますが、山上は春がやっと訪れたといった感じです。











肝心のゴヨウツツジは、群生地は次の写真のところを右に折れてしばらく登っていくんです。やっとの思いで登っていってみたんですが、やはり無理でした。残念ながら芽吹いた葉ばかりで、花はまだです。



ゴンドラへの入り口のところに戻っていくと、あれ白いツツジが咲いているじゃありませんか。どうやらこれがゴヨウツツジのようです。山上の群生地が白い花で埋め尽くされたら圧巻でしょうね。
期待を膨らませているとがっかりさせられる。一方で、どうせたいしたことはないと思っていると感動的な風景にめぐり合う。人生ってそんな繰り返しなのかもしれません。穏やかにいきましょうか(笑)。






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福島・花見山散歩 ~ツツジが咲きそろいつつあります~

2017-05-05 | 旅行
福島市郊外の「花見山公園」は、最近全国的にも桜の名所として取り上げられています。GWの一日、夕暮れに差し掛かる時分でしたが、公園を散策してみました。







花見山公園は、花卉農家の阿部さんが園主を務める個人がつくった公園です。無料で一般に公開されています。
写真家の秋山庄太郎さんが紹介したことをきっかけに、次第にその美しさが広く伝わるようになり、今や福島市随一の観光スポットと言ってもよいほどの名所になりました。

なんといっても桜の美しさは見事というほかはありません。周囲の山あいも含めて小高い山が桜でおおわれる様には目を奪われます。ピーク時には、バスやマイカーなどで訪れる観光客が引きも切らず、あまりの人出に、ぶらっと立ち寄ることなどとてもできない状況になります。
その桜ですが、さすがにGWまでにほとんど散ってしまいました。ほんの少し花を残している木を見つけました。



花見山公園では、桜の他、ローバイ・梅・レンギョウ・ボケ・ハナモモ・ハクモクレン・ツツジなど色とりどりの花を楽しむことができます。これだけの花を植えて整備したのが個人ということには驚きます。
今は、桜に代わって、ツツジが咲きそろいつつあります。











こんな花木も見られました・利休梅です。利休梅は桜や梅と同じバラ科の花木の一種です。



これは、菊桃というのだそうですが、ハナモモの一種です。



チューリップの額縁になっているのは、オオデマリでしょう。



このカエデは、「出猩々」と呼ばれるものかもしれません。春先の新芽の赤が鮮やかです。もう一種類は何というのでしょうか。





公園の夕闇が迫ってきました。控えめな福島人の実直さ、意志の強さを改めて感じながら、公園を後にしました。











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那須散歩 ~東那須野公園の水仙:みね山花まつり~

2017-04-04 | 旅行
東北道の那須高原SAに立ち寄りました。インフォメーションサービスの女性スタッフに、近くで花を見ることができるところはありませんかと尋ねたところ、「パンフレットにはないですが東那須野公園の水仙が見ごろと思います」とのこと。女性スタッフの方はわざわざ電話で確認してくれただけでなく、アクセスも丁寧に教えてくれました。ありがとうございます。それではと、車で黒磯板室インターを降りて、東那須野公園に行ってみました。
東那須野公園は那須塩原市が設置する公園のようです。「みね山花まつり」の看板が出ていました。



散策路を登っていくと、山の斜面一杯に相当な数の黄色の水仙が植えられています。これだけの水仙を目にしたのは初めてです。
平日ではありましたが、家族連れのなど結構の人が来ていました。







黄色は幸せ色なんですね。なぜかしら温かみを感じます。希望を感じます。ふと、病院で病と闘っている知人に見せてあげたいと思いました。









今日も知人を見舞いました。知人がずうっと見たいと言い続けている桜は、この公園にもかなりの本数があるようです。蕾がだいぶ膨らんでいました。残念ながらまだ開花していません。もう少しのようです。今週末には咲きそうです。



知人は病室で、ほんの少しでしたがビールを口にしました。よほどおいしかったのでしょう、「うまい」と一言。
そうだよ、桜を見に行って、今度は木の下でやろう。花びらが舞う中で。
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夏です 福島わらじまつり

2016-08-19 | 旅行
仙台の七夕まつりと並行して、福島では「わらじまつり」が開催されていました。仙台の七夕の豪華さ・飾りつけをする通りの長さや広さ・人出の多さに比べると、はりかに規模は小さいです。そもそも福島の方は地味な「わらじ」がテーマですので、比較することは無理がありますね。阿波踊りやよさこいのような浮き立つようなリズムがあるわけではありません。メインのパレードはわらじ音頭がバックになっていますから、その意味では実に伝統的で、ローカル色豊かなまつりです。





派手なデコレーションはなく、いわば手づくり感にあふれているのが返っていいのかもしれません。



でも福島市の駅前のとおりでも夜の8時ともなると、人はどこに行ってしまったのかと思うほど普段は静かです。それがこの祭りの日は、えー、こんなに人がいましたっけと感動するくらいの人出なんです。













やっぱり人がいることは、活気の源なんですね。福島市は県庁所在地なんです。でも大都市圏からすればはるかに人口も少ないですし、そもそも若い人があまりいません。地方の活性化なんてよく言われますが、そもそも地域を担う若い人がいなければ活性化も大変です。でも、泣き言ばかり並べてもしかありません。とにかくがんばれ福島でございます。

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夏です 仙台の七夕です

2016-08-17 | 旅行
夏祭りをブログにアップしなければとあせっているうちに、あっという間に8月も後半になってしまいました。そういえば関東の水不足はどうなったんでしょうか。今年は少ないと言っていた台風も、7号が太平洋沿岸をかすめて北上するし、相変わらず地震はあるし、自然の前には人間は無力だ。ーなどと脈絡のないことを、うだうだ書いているのも、暑さのせいでございます。

ところで、今回は仙台の七夕まつりでございます。実は私が行ったわけではなく、家人に行っていただきまして、カメラに収めていただきました。そんなわけで、何となくブログアップがズルズルになり、10日もたってしまいました。もはや遠い夏の思い出になってしまいました。



でもさすが仙台の七夕です。立派でございました。仙台駅構内で「おお立派な吹き流し」と感激しつつ、



結局家人は、彦星と織姫のことなどすっかり忘れて、「何を食べようかな、牛タンは満員だから、待ち時間が長くなりそう。おなかも空いたし寿司でもいいか。空いているのは結構高い店だけど、人生一度くらいは散在してもいいじゃない。せっかく暑い中来たんだから。そうそうあとでアイスクリームも食べなきゃ。みやげは、定番の萩の月にするか、ずんだ餠も捨てがたいな」などと、実に筋道の通った考えで、食を楽しんだとのことでございました。







肝心の飾りは、名掛丁のアーケード街を中心にしたものですが、さすがに豪華でございました。とにかく日中にもかかわらず、たくさんの人出の中、七夕をカメラに収めてくれた家人には感謝申し上げなければなりません。来年はやはり私自ら出かけて行き、じっくりと七夕をみさせていただこうと考えているところでございます。





















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夏です 裏磐梯です ~毘沙門沼・桧原湖・諸橋近代美術館~

2016-07-18 | 旅行
先日(7月16日)、NHKの人気番組「ブラタモリ」で裏磐梯の自然の中を歩くタモリさんの姿が紹介されていました。実はその放映の日、全くの偶然で、五色沼を車で訪れていました。もっとも、散策というより湖畔に立って眺めてみたというのが本当のところですがー。



磐梯山の噴火は今から約130年前の1888年(明治21年)のことで、小磐梯と呼ばれた峰が噴火によって山体崩壊を引き起こし、このため500名近い犠牲者を出すなど、明治・大正・昭和・平成期を通じ日本で最大の被害をもたらした噴火だそうです。「ブラタモリ」の番組で、噴火記念館の館長さんが地元でもそのことが忘れられていますと説明していました。そうだったんですね、私も知りませんでした。







磐梯山の噴火は、一方で自然の景観という恵み(宝)をもたらしました。五色沼のエメラルドグリーンなどの湖沼群がその一つです。毘沙門沼はそのエメラルドグリーンの沼です。緑に包まれた沼もすばらしいですが、秋の紅葉の時期はさらにすばらしいものがあります。一度は散策してみる価値のあるところですね。

















タモリさんは、裏磐梯の山体崩壊を目の当たりにして「今まで見た中で一番のごちそうの景色ですね。宝ですよ、これは。」と話していました。ふくしまの人はもっともっとこのタモリさんの言葉を大事にして、その大自然の恵みをアピールしてはどうでしょうか。


桧原湖は、磐梯山の山体崩壊により流れ下った大量の岩石・土砂が川を堰き止め、それによってできた湖です。噴火によってできた湖の中で最も大きなものです。





磐梯山の噴火とのかかわりを思わせるものは湖に点在する小さな島々や岩ですが、今や観光船やボート、釣りを楽しむ観光スポットとして紹介されています。













帰る途中で、スペインの巨匠、サルバドール・ダリのコレクションで知られる「諸橋近代美術館」に立ち寄りました。世界的にもすばらしいダリの美術館です。残念ながら作品は撮影禁止ですが、この作品を展示する建物、池、芝生、小川などは、磐梯山の景観にもよく溶け込んでいて、すばらしい雰囲気を醸し出しています。ここも是非一度お出かけください。











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初夏です ぼたんです ~栃木・塩原 妙雲寺~

2016-05-15 | 旅行
栃木県の塩原にある妙雲寺も牡丹の寺として有名なところと聞きましたので、ちょっと寄ってみました。



この妙雲寺は臨済宗妙心寺派のお寺ですが、寺の縁起によれば、今から830年ほど前、平清盛の嫡男である重盛のおばの妙雲禅尼の庵がつくられたのが始まりで、これが開基とされています。妙雲寺として建立されたのは1312年(正和元年)だそうですので、いずれにしても800年以上の歴史をもつ由緒あるお寺ということになります。

この招き猫には、思わずクスッとしてしまいますがー。



「妙雲寺の牡丹を育てる会」の方々が丹精こめて育てているのだそうで、数は3千株。一見するとそれほど多いようには感じないのですが、よく手入れされ見事に花を咲かせている様子には感嘆の声をあげたくなります。





境内は杉の古木などにおおわれ、静寂な雰囲気がただよっています。



山の斜面の道筋に、牡丹が巧みに配置され、なかなかの風情をみせています。

















また、滝も配置され、豊富な水量の水が流れ落ちています。





さらに境内には、牡丹だけでなくオオデマリ、水芭蕉、ヤマフジなども見ることができ、寺の歴史を物語るかのような情景を醸し出しています。











この見事な牡丹はちょうど見ごろの感じでしたので、あるいは今週いっぱいぐらいは楽しめるかもしれません。









地域には地域の人々に支えられた名所がたくさんあるんですね。
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初夏です ぼたんです ~福島・須賀川牡丹園~

2016-05-14 | 旅行
先日紹介した所沢のぼたんもだいぶ散っていましたが、東北のぼたんの名所「須賀川牡丹園」(福島県須賀川市)もこのところの暑さで、例年より早く見頃が過ぎてしまったようです。訪問したのは、つい数日前です。



この牡丹園の始まりは、今から250年前の1766年(明和3年)で、江戸時代にさかのぼるそうですから、随分と由緒のある庭園ということになります。







庭園内には大きな池も配置され、







その周囲に290種、7千株の牡丹が栽培されています。













この見事な花の美しさを表現するのは、むずかしいものです。







もみじが陽に映えて、美しく輝いていました。





これはオオデマリ(大手毬)ですが、まけじと頑張っているようです。



庭園内の建物に壁には、東京の跡見学園女子大学の寄贈になるモザイク壁画がありました。どういう経緯で寄贈されたのか聞き漏らしましたが、実際の花をよく表していますね。来年は最盛期の時期に訪問できればと思います。


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初夏です 鯉のぼりです ~竜神峡・竜神大吊橋~

2016-05-09 | 旅行
5月の空に泳ぐもの、鯉のぼりです。今年も、たくさんの鯉のぼりを川などに掲げるイベントが各地で行われています。イベントが終了しているところも多いようですが、茨城県(常陸太田市)の竜神峡の鯉のぼりまつりは、5月15日(日)までの開催ということなので、それではと見にいってきました。



鯉のぼりがわたされているところは、竜神川をせき止めてつくられた竜神ダムの上にかけられた竜神大吊橋です。橋から見下ろすと100㍍下にダムがありました。






川の名前が竜神ということなので、その由来を解説する案内板に竜の民話が書かれていました。話はこの続きがありそうな気がするんですが、これで終わりなんでしょうかねえ。



橋の両端にも竜が描かれています。長さ375㍍の大きな吊り橋ではありますが、ほとんどゆれを感じませんので、皆さん普通の橋のように歩いています。もっとも、風があれば、一瞬どきっとするかも。





この橋の両サイドにワイヤロープが張られて、鯉のぼりが泳いでいました。山あいの緑、空の青、川面を背景にその数は約1000匹なんだそうです。











鯉のぼりは、子どもの誕生を祝い、無事の成長を願うものですが、その風習は江戸時代に始まり、当初の鯉を描いた「のぼり(旗)」から、やがて「ふきながし」形になり、鯉の形のものがつくられるようになってきたようです。かつては5月ともなるとよく見かけたものですが、今では特に都会ではあまり見かけなくなりました。













橋の中ほどを見ている人が随分いましたので、なんだろうと思いましたら、バンジージャンプです。見ている分にはよくやるなあと思いますが、とび込んでいるところから下を見下ろすと、おお怖い。やってる人は勇気がありますね。





茨城の観光スポットも結構あるんですね。来年また来ましょう。




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福島散歩 ~小平潟天満宮:会津~

2016-03-21 | 旅行
福島県の猪苗代町に日本三大天神の一つともいわれる「小平潟天満宮」があるということを初めて知りました。野口英世記念館の近くにあった観光案内版に出ていたんです。これは行ってみなければと、猪苗代湖畔の天神浜まで車を走らせました。
猪苗代のあたりはまだまだ寒い時期です。天満宮はひっそりとしたたたずまいの中に建っていました。
          
         

                
 
神社はあまり大きくはありません。本殿前にはまだ雪よけのシートが。もちろん合格祈願の絵馬が随分とかけられていました。

         

参道わきにある案内板によると、小平潟天満宮の創建は948年(天暦2年)。その後1682年(天和2年)になって第2代会津藩主保科正経によって現在地に造営されたとのこと。

         

         

由緒書によれば、947年に村上天皇の命により彫刻された道真公の像を譲り受けた比良神社(近江国:滋賀県)の神主・神良種が、道真公の希望の地に神社を建てようと全国を旅。小平潟で休み、いざ出発しようとしたところ、像が重くて持ち上がらない。このため、この地が道真公の希望の地と信じ948年に建立したもの、とあります。

         

948年というのは北野天満宮が建立された翌年にあたります。ちなみに、神良種は北野天満宮の創建に関わった一人とされています。

         

菅原道真公をお祀りした天満宮は、一般に、防府(ほうふ)天満宮(904年)・大宰府天満宮(905年)・北野天満宮(947年)の三つが「三大天神」とされているようですが、このうち防府天満宮に代えて小平潟天満宮をもって「三大天神」とする考え方もあると、ネットのいくつかのサイトに出ていました。

よくよく考えてみれば、なぜ「三大」にこだわるのかわかりませんが、とにかく私たち日本人は「三大」が好きなんですね。

そっとお教えしますが、この小平潟天満宮は今はやりの「パワースポット」の一つなんだそうです。確かに静けさの中に身を置いていると、運気が増してくる感じがします。(これはあくまでも私個人の感想です。すべての人に保証するものではありません笑)

                 
         
季節は春本番を迎えようとしています。藤もそろそろ芽吹く時期です。ところで、藤の種はコキン・パチンと音がしてはぜ、割れた殻がコーンと地面にころがるんですね。つい先日その音を聞きました。藤棚の下にはスイセンが花を咲かせていました。黄いろい色は希望です。

           

           

           
                      
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京都散歩 ~伏見稲荷大社~

2016-03-11 | 旅行
今外国人観光客に大変人気があるという「伏見稲荷大社」に行ってみました。

             

伏見稲荷大社のHPを見ると、「御祭神である稲荷大神様がこのお山に御鎮座されたのは、奈良時代の和銅4年(711)2月初午の日のこと。その日から数えて、平成23年(2011)に御鎮座1300年を迎えました。」とあります。大変な由緒、歴史のある神社なのですね。

全国に約3万社ある稲荷神社の総本宮だそうです。ご利益については「商売繁昌・産業興隆・家内安全・交通安全・芸能上達の守護神として信仰を集め、今日もなおこれらの信仰は続いています。」とのことですので、私もいろいろお願いいたしました。それにしては、ちょっとお賽銭少なかったかもしれませぬ

平日というのに大変な人出でした。境内の朱塗りの門や本殿などさすがに立派な造り。心が清らかになる思いがすると同時に、わくわくしたものも感じます。(神様、罰当たりのようで申し訳ございません。)

            

            

            

本殿から奥ノ院に向かう「千本鳥居」はとりわけ名所になっていて、だいぶ混んでいました。(私は休憩所で待っていましたので、見ておりませぬ。)

            
            
            

            

境内はとにかく広くて、26万坪とか。甲子園球場の実に22倍の広さだそうです。境内の大部分を占める稲荷山は、山全体が参拝路になっていて、奉納された鳥居が連なっています。1万本くらいあるそうです。参拝とはいっても、ちょっとした登山・ウオーキングですね。

帰りがけに、最近人気があるとかいうおみやげのお菓子、お狐様のお面のせんべい(クッキー?)を買いました。かくいうのも変ですが、日本人はやはり土産好きです

            
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京都散歩 ~南禅寺水路閣~

2016-03-09 | 旅行
南禅寺の方丈手前を南にちょっといくと、赤茶色のレンガでつくられたアーチ形の橋があります。これは「水路閣」と呼ばれる水道橋で、琵琶湖疏水の一部(厳密には疏水分線の一部)となっているものです。明治期の近代的な建造物ですが、ひっそりとした様は、南禅寺の景観に何の違和感もなく溶け込んでいます。

                        

琵琶湖疏水は、明治維新後の京都の復興を図り、産業振興を図るため計画された大事業でした。大津から京都の鴨川までの第1疎水の建設は、1885年(明治18年)に着工され1890年(明治23年)に完成をみています。
この間、水路閣は、南禅寺など東山の景観との調和を図るよう設計され、1888年(明治21年)に完成しています。

            

            

京都市上下水道局の「水路閣管理計画」(平成24年3月)には、「水路閣は,建設後120年以上を経過した現役の導水施設であるとともに,南禅寺境内の自然や建物となじんで素晴らしい景観を形成している。」と記されています。
つまり、今も京都市の水道の水源となっているというわけです。            

            

            

ところで水路閣という名称については、この「水路閣管理計画」によれば、次のような経緯があったことが記述されています。

『建設当時,疏水分線は主にかんがい用水や防火用水に利用されており,その水を渡す水路閣は単に「桟橋」と呼ばれていたが(琵琶湖疏水の設計者,田辺朔郎が残した完成図にも「南禅寺桟橋」記されている。),その堂々たる姿から「水路閣」と呼ばれるようになったと伝えられている(「琵琶湖疏水の100年〈叙述編〉」より)。』

            

            

            

            

確かに、長さ93㍍、高さ9㍍ 幅4㍍で、堂々たる感じがする橋です。
今も水が流れる様子は坂を上って導水路部分にいくとみることができます。
        
            

            

                    

            
            

ちなみに、琵琶湖疏水(第1疎水)は、インクラインや疏水分線の水路閣を含め、1996年(平成8年)に国の「史跡」として指定されています。

その解説(文化庁:国指定文化財等データベース)には、「琵琶湖疎水の開削工事は、西欧の近代的土木技術を学んだ日本人技術者の手になる初期の大規模土木工事であり、明治中期における日本の土木技術水準の到達点を示す土木史上画期的な事業であった。」とされ、さらに「京都の近代都市としての発展をもたらした点で、大きな意味をもつものであった。」とされています。

            

南禅寺の境内にはこうした我が国発展のドラマがあったのですね。そうなんですが、ここでも私はほとんどじっとしておりました。仕方ありませぬ。
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