癌春(がんばる)日記 by 花sakag

2008年と2011年の2回の大腸癌手術
   ・・・克服の先に広がる新たな春を生きがいに・・・

弘前市洋館巡り 

2018年10月19日 | 登山・旅行
 ずっと以前から、青森県黒石市のランプの宿で有名な青荷温泉に一度は泊ってみたいと思っていた。どうせなら十和田・奥入瀬渓流の紅葉時期とセットにしたかったが、その時期にはなかなか宿が取れなかった。
 1週間前に検索してみたら、たまたま今日だけ1部屋空きがあった。理想的にはあと1週間ほどあとが良かったが、すぐに予約を入れた。妻の仕事は休みを取ってもらった。

   
 新幹線で行けば楽だが、時間は売るほどある。一人1,440円で済む8:00発の青函フェリーに乗った。4時間はブログの下書きと読書で過ごし、青森フェリーターミナルで軽のレンタカーを借りる。免責保証金を入れて2日間で9,860円。

 国道へ出て昼食を摂り、まずは弘前市へ向かった。今回の目的は、時間が1時間ほどしかないなで、洋館巡りだけである。

 弘前市は、明治維新以降、積極的に外国人の教師を招き、教育の普及に取り組んできた。そのため、早くからキリスト教が広まり独特の洋館が造られたのだそう。

 弘前公園近くの弘前観光館の駐車場に車を置き、地図を入手。歩けるところは歩いて回れるところだけにした。内部もじっくり見たかったが、時間がないので、外側から眺めるだけに終わった。

    
      藤田記念庭園
    
 大正8年(1919)、弘前市出身の日本商工会議所初代会頭藤田謙一氏が造らせた別邸。
弘前市が市制施行百周年を記念して整備し、平成3年(1991)に開園した日本庭園。
 
    
     旧市長公舎
 1918年(大正6年)に第八師団長官舎として建設された玄関部に切妻破風をもつハーフティンバー風洋館。後に弘前市長公舎として利用されていたが、市役所新築に伴い現在地に縮小移転された。

    
      旧弘前市立図書館
    
 明治39年(1906)に日露戦争勝利記念に市民の手で建てられ寄贈。昭和6年(1931)までは図書館として利用。その後、昭和62年(1987)まで下宿や喫茶店として払い下げられ、市制施行100周年を記念し追手門広場に移築。ルネッサンス様式を基調とした木造3階建てで、随所に和風も取り入れられている。

    
      旧東奥義塾外人教師館
 明治5年(1872)、県内で最初に開校した私学校。 東奥義塾の外人教師館は、明治23年(1890)外国人教師用の住宅として建てられたが、同32年(1899)に焼失。現在の建物は翌34年(1901)に再建

    
      青森銀行記念館
 旧第五十九銀行の本店として、明治37年(1904)に建てらた。木造2階建て、ルネッサンス調の洋風建築を厳格に守りながら、防火のために日本の土蔵造りを取り入れるなど、和洋折衷の優れた建物

    
      日本基督教団弘前教会
  明治8年(1875)、「弘前公会」の名で創設された東北最初のプロテスタントの教会。ノートルダム寺院にも似た双塔ゴシック様式の建物。

    
      カトリック弘前教会‎ 
    
 明治5年(1872)、パリ外国宣教会のアリヴェ神父が布教を始めた弘前カトリック教会。現在の聖堂は明治43年(1910)に建てられた。

    
      百石町展示館
    
 明治16年に呉服店として建てられ、大正6年に最小限の改装をし、津軽銀行として営業。その後、青森銀行と合併、平成10年10月まで青森銀行津軽支店として使用されていた。平成13年、市へ寄贈された。

 まだ、ほかにも4軒ほどあったが、離れているので、今回はパスした。

 このあとは、宿となる青荷温泉へ向かったが、「電気もねぇ~、テレビもねぇ~、電波もなければスマホも繋がらねぇ」宿なので、今日のブログは、ここまで・・・。
 これも、翌日の朝に、電波の繋がるところまで車で移動して、アップした。

 念願のランプの宿・青荷温泉の宿泊の様子は、帰りのフェリーの中でアップ予定。 

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