できることを、できる人が、できるかたちで

京都精華大学教員・住友剛のブログ。
関西圏中心に、教育や子ども・若者に関する情報発信を主に行います。

東井義雄『村を育てる学力』を読んでみた。

2012-04-04 18:05:54 | いま・むかし

以前このブログで(2012年1月11日づけ)、大阪府教育委員の陰山英男氏と、例のワタミの会長が、ともに東井義雄という教育実践者(兵庫県の元公立小学校長)の教育観に影響を受けているという新聞記事を紹介しました。次の2つです。

http://mytown.asahi.com/hyogo/news.php?k_id=29000131201040001

http://mytown.asahi.com/hyogo/news.php?k_id=29000131201030002

そこで、あらためて東井義雄の著作集の第1巻『村を育てる学力』(明治図書、1972年)を図書館で借りてみて、読んでみました。すると、もう最初のほう、13~14ページのところで、次のような文章に出くわしました。以下、色を変えて、この13~14ページで私が印象に残った文章を引用します。

<以下、引用部>

たとえば学習の能率をあげるのに、私たちはよく「競争」の方式を使う。教室に「得点表」をはりつけて点取り競争をさせるくらいはいい方で、ひどいのは「得点表」を印刷して親に配ったりまでする。「競争の渦」に親まで巻き込んで、「あんな家の子どもに負けるようなことではどうするか」と言わせようとする手である。

学習の能率をあげるためには、「競争」はまことに速効薬である。四年生にもなって自分の名前が書けないという子に、「かるたとり」をやらせて、一挙にかなを覚えさせてしまった経験が私にもあるが、三つまでの数観念しかないその子にさえも、人に負けたくないという意識は強靭に根を張っていたのだ。その根をゆすぶること以外に、その子には手がなかったわけだが、この速効薬をむやみに使いすぎることが、一方でどんな事態を育てることになるか、それはここで改めて言わなくてもわかることだろう。

資本主義の社会である。好むと好まざるとにかかわりなく、「競争」を避けることはできないのも事実だ。「競争」するなら勝たねばならぬ。

しかし、この道は人をたおしていく道であると共に、人からたおされていく道である。行けば行くほど、くらしのむずかしくなる道である。

当時中学生だった娘を連れて、神戸の夜の新開地を歩いたことがあったが、ネオンサインの明滅の中をくぐりぬけて、湊川公園に出ると、澄んだ夜空にかかっている月を眺めて、「ああ、やっぱり月の方が美しい」ため息のように娘はつぶやいた。この田舎娘にも、ネオンサインの中に明滅しているいのちの火花が、決してしあわせの火花でないことが感じられるのだろうか、と私は思った。

ところが、村の百姓も、このことには気づこうともせず、我利々々主義・競争主義への道をひた進んでいるようだ。「うちのぜにで買うたもん、人に貸さいでもええ」とつぶやき、山の境界を越えても木を伐り合い、土手の境界を越えて草を刈り合い、我田引水を争い、農機具購入競争・嫁入り衣裳競争・麦刈り競争・田植え競争等々・・・・をくりかえしている。

こういう事実に目をつむって、村の教師はただ学習能率をさえあげておればよいものであろうか。私が「村を生かす学力」といったようなものを考えずにおれない理由の一つは、こんなところにもあるのである。(『東井義雄著作集1 村を育てる学力他』明治図書、1972年、13~14ページ。一部改行を引用にあたって、こちらで手直しした個所がある。)

いかがですか? 東井義雄は、「競争」を過剰にあおり、それをてこにして学習能率をあげるような教育の在り方には、以上のとおり、かなり否定的です。また、「競争」を教育・学習の方法として過剰にもちいることで、かえって損なわれるものが多々あることにも、東井義雄は目を向けようとしています。ちなみに、この著作集が出たのは1972年ですが、もともとの『村を育てる学力』なる本が出版されたのは、1957(昭和32)年のことです。

こういう東井義雄の教育観を前提にして、大阪のみならず日本の教育の現状を見たら、たとえば全国一斉学力テストのデータや大阪府など都道府県別の独自の学力テストの結果で教職員や子どもを追い立てたり、さらにはそのテストの結果の公開と学校選択制の導入のセットという形で保護者や地域住民を巻き込んだりする教育改革の手法は、「ほんとうにそれでいいのか?」ということになるかと思います。

そして、こんな風に見ていくと、あらためて、「いったい、東井義雄の教育論のどういうところを勉強すれば、今の日本全体の教育改革や、大阪の教育改革の流れを支持できるのだろう?」と、私などは不思議に思ってしまいました。


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