あと十日ほどで橋下市長が就任して2か月になりますが、さて、この間、大阪都構想について何か具体的な進展はあったのでしょうか?
府市統合本部からは、大阪都構想の具体的な姿については何も提案がでてきませんし、だいた先月の府市統合本部の会合では、特別顧問の堺屋太一氏自らが、都構想といってもどういう都市像になるかはまだ明らかではないという趣旨のレジュメを配っていたとか。おまけに先日は、橋下市長・松井知事はともに、堺市長に都構想への協議参加を断られていますしね。
結局のところ、華々しく大阪都構想を打ち上げたものの、具体案はまとまらないうえ、堺市からの協議拒否にあって、実質的には都構想は頓挫しつつあるのではないでしょうか。
その一方で、今週に入って、市の職員労組が行った選挙活動について、マスメディアで「スクープ」と称して、いろんな報道がありました。ですがそれも内部告発情報をもとに、維新の会の市議が出してきた話とか。となれば、「これは堺市の協議拒否で都構想が頓挫しつつあることを、公務員バッシング報道で隠す作戦なのか?」という見方ができます。さらに、内部告発情報がこのような形で維新の会の市議に伝わり、マスメディアに流れるということから見ると、「やっぱりこのシステムは、維新の会の市職員労組攻撃のための仕掛けだったのか?」という見方すらできます。
さらに、昨日あたりからのマスメディアの報道では、大阪市教委と橋下市長の交渉で、「教育基本条例案」の修正にあたって、前々から伝わっているとおり、教員評価が2年連続D判定だと免職という規定を取り下げるかわりに、保護者などからの不適格教員の申し立て権を認めるという方向に動くのだとか。
これもまた、教育委員会側との「共同」作成とはいえ、首長の「教育目標」設定権との対応関係で考えればいいかと。たとえば、首長が教育振興計画に「学習指導要領の完全実施」とか「各学校とも〇年度の学力テストの結果にプラス〇点」といった教育目標を、教育委員会側の承認の上に盛り込むことができたとします。これだけで、たとえば卒業式の国旗掲揚・国歌斉唱に反対する教員が居れば、「府(または市)の定める教育目標に反して、うちの学校には、学習指導要領の実施に反対する教員がいる」と、保護者などから「不適格」の申し立てができます。また、学校の教育条件の整備がよくないなどの不利な環境にあっても、ある年度の学力テストの結果が府(または市)の定める目標を達成していなければ、保護者側から「この学校の教員、資質がないのでは?」と「不適格」の申し立てができます。
つまり、首長が教委と共同で教育目標を設定する権限は、この保護者側の「不適格」教員申し立て権とセットにすれば、前の案の一律5%にとらわれず、場合によればもっと多くの教員を「不適格」ということすらできる仕組みをつくった、ともいえるわけです。
しかしながら、このような修正案を出すことで、見かけ上橋下市長は市教委との協議によって案を修正したという印象を与えたり、従来の厳しい方針を修正したように見せかけることが可能。しかも、学校の教員の対応に関して不満を持つ保護者層を一定味方につけることもできるわけですよね。
それにしても、なんという狡猾なやり方なんでしょうか。だから「教育基本条例案」などいらないというしかないですし、「教育基本条例案」をたとえ「教育行政」「学校」「職員」の3基本条例案に分割して出してきたとしても、それもやっぱりいらないというしかありません。
ただ、このように維新の会や橋下市長・松井知事、あるいは府市統合本部が、早く実績を出そうとあせって動けば動くほど、たとえば「ハシズム」という言葉で表現されるように、「敵」をつくってそれをたたくようなマスメディア報道を通じて自分たちへの支持を動員する政治手法や、あるいは、「仮想の利益」のようなものを描き出して人々を巻き込む交渉術みたいな、そういう彼らの動き方のボロも見えてきます。そうなると、今まで彼らの動きを批判してきた側の言い分のほうが正しかったのではないか、彼らに対する批判のほうが当たっているのではないか。そんな思いも、大阪府内・市内に暮らす人々の間からは出てくると思います。
それはそうと、私はふと思うのですが、もしもほんとうに保護者からの「不適格」教員申し立て権を条例で定めて、それを本格的に実施したとき、どのような事態が学校や教育行政当局に押し寄せるのか。府市統合本部や府教委・市教委、あるいは維新の会や橋下市長・松井知事は、シミュレーションできているんですかね? たぶん、以下のようなシミュレーションなどまったく行わずに、ただ「思いつき」が先行しているのではないかと思われてなりません。
それこそ、たとえば大阪府教委に年間100件の「不適格」教員の申し立てがあったとします(とりあえず大阪市教委でも同じことがいえますが、府教委を例にします)。
その申し立てをそのまま真に受けて全部処分対象にするわけにはいかないだろうから、1件1件について、申立者たる保護者と、校長などの管理職、申し立てられた教員などに、府教委の誰かが事情聴取をすることになります。しかもその1件1件について正確に事実認定をして処分をするためには、1回だけの事情聴取で終わらず、何度も繰り返し行うケースもでてきます。そういうケースが年間100件近くも起きたら、府教委のこの対応窓口、パンクします。府教委の対応スタッフのバーンアウトが懸念されます。
また、その対応窓口がパンクしないように、窓口段階で保護者からの申し立てを「水際作戦」とばかりに排除しようとしたら、今度は府教委へのクレームとして保護者は動き回るでしょう。そうするとますます、府教委は進退窮まるようになります。
さらに、ていねいな事情聴取をして府教委が動き、出した処分の内容について、被処分者たる教員側からも、申し立てた保護者側からも、「この処分内容に納得がいかない」という形でクレームが出たり、場合に寄れば訴訟を起こされることもでてくるでしょう。
そして、こうした訴訟対応、クレーム対応や、「不適格」教員への申し立て対応に府教委職員が終われることによって、本来、学校現場の教育実践の改善や課題のある子どもへの支援等々に振り向けるべき府教委の労力がそがれ、結果的に学校の活力がなくなり、現場が混乱し、子どもたちの学習活動にとってマイナスの結果しか生まないのではないでしょうか。
逆説的に言えば、この保護者の「不適格」教員申立て権を設定しても学校や教育行政がうまくまわるのは、そのような申立てを受けるくらいの「不適格」な教員が「ごく少数」でしかない、という場合に限ってでしょうね。だとしたら、「校長などの学校の管理職の服務監督さえきっちりしていれば、わざわざこんな制度を作る意味はないのでは?」という話になるわけです。
府市統合本部や橋下市長・松井知事、大阪維新の会、あるいは大阪市教委・大阪府教委には、ぜひとも、このように、自分たちのつくった条例案が本当に実施されたときに、学校現場や教育行政がどのような状態に陥るのか、適切なシミュレーションをしていただきたいものです。また、マスメディアもぜひ今後の報道に際しては、このようなシミュレーションをして、彼らの言いっぱなし情報の検証にまで手を広げていただきたいものです。