学力低迷校に公募校長を投入、人事・予算・カリキュラムに大きな権限…低迷10校を〝特例校〟に指定 大阪市教委(産経WEST 2016年11月28日)
http://www.sankei.com/west/news/161128/wst1611280064-n1.html
昨日、産経がネットに流したこの記事ですが。「これって橋下市長以来の維新の大阪市の教育政策の失敗の尻拭いを、公募校長と現場教職員、そして子どもと保護者に負わせるもの」ですよね。
なにしろこれを提案したという大森氏、彼はついこの前まで大阪市の教育委員長でした。
ですから、彼には「そもそも、あなたはその在任期間中、この10校にどんな支援をしてきたの?」と本来、問わなければいけません。
むしろ、大森氏については、「あなたの行ってきた教育改革、その失敗や矛盾がこの10校に現れているのでは?」とまで言いたくなります。
なにしろこの数年、公立学校の選択制を大阪市内でやり続けてきたわけですが、徐々に「しんどい学校を忌避する」「少しでもましな学校に子どもを通わせる」という動きが現れてはじめているのではないですか。
とすれば、他の学校を選んで、動きようのないくらい生活面でしんどい層の子どもたちが集中的に現れる学校も、こうした選択制のなかで浮上してきているとも考えられるわけです。
それがもしかしたらこの10校だとしたら・・・・。明らかに、「この数年の教育改革の失敗や矛盾がこの10校に現れた」といえるわけですよね。
マスメディア、なぜここはツッコまないのかしら?
それにしても、こういう大森氏へのツッコミを誰もしないのなら、今回も自分が真っ先に言うことになりますね。
こういう誰も教育政策の担い手側にツッコまないという、大阪の教育界(特に研究者)の現状。
これについても正直「ええ加減にしてほしい・・・」と私、思い始めています。
もちろん、この取り組みが現実的に10校に次年度からやってくる以上、それへの対処も考えなければいけないのですが。
でも「そもそも、これっておかしいじゃないか」という原則論的な話、これを誰かが言わなきゃだめだと思うのです。
なにしろ今後、この公募校長が「もっとも手っ取り早く」当該10校の「学力向上」を図る方策を予想しますと・・・・。
それは、その当該10校にいる「学力的にしんどい」層の子どもを「切り捨ててしまうこと」が思い浮かびます。
たとえば、そういう「学力的にしんどい」子どもたちを他校(その場合、支援学校もありうる)に移したり支援学級に移したりする、長期不登校で学校に来ないで適応指導教室にいるような状態をつくる、等々。
その上で、残った子どもたちに対しては、勉強が面白かろうがそうでなかろうが、徹底的にテスト対策の学習をさせる。
そうすることで、ある程度までは「学力」の「向上」が見込めるでしょう。
でも、そんなことをしてしまったときに、何が残るのか。
校長の手柄になるかもしれないし、学校が存続するかもしれませんが、この10校が長年築きあげてきた「しんどい子どもたちを抱えて、じっくりと向き合っていく」という校風は、一気になくなります。
「それでほんまに、ええんですか?」と、私は問いたいのです。
特に大阪で「人権教育」とか「しんどい子どもと向き合う」作風を大事にしてきた教育関係者(研究者、現場実践者)には、そのことが今、問われていると思うのです。
やっぱり「これはおかしい」と一言、二言、大森氏や大阪市の総合教育会議に釘をさすくらいのこと、言ったほうがいいと思います。
そして「大森さん、あなたのすすめてきたこの数年の教育改革の内実、結果がこれなんですよ。もう発言しないほうがいいのではないですか? もう大阪市の教育改革から撤退されてはどうですか?」ということくらいまで、私なら言いたくなってしまいます。