できることを、できる人が、できるかたちで

京都精華大学教員・住友剛のブログ。
関西圏中心に、教育や子ども・若者に関する情報発信を主に行います。

いったい、大阪維新の会は何がしたいのだろう?(2)

2012-03-31 20:39:38 | ニュース

http://www.asahi.com/kansai/news/OSK201203300085.html (大阪維新・市議団「断定的表現を反省」リスト捏造問題:朝日新聞2012年3月30日付けネット配信記事)

http://www.asahi.com/kansai/news/OSK201203310014.html (捏造問題で維新「反省」でも強気、橋下氏は市議団擁護:朝日新聞2012年3月31日付けネット配信記事)

http://osaka.yomiuri.co.jp/e-news/20120330-OYO1T00660.htm?from=newslist (維新市議団、捏造問題で陳謝・・・「結果責任は問われない」:読売新聞3月30日付けネット配信記事)

http://osaka.yomiuri.co.jp/e-news/20120331-OYO1T00180.htm?from=newslist (支援リスト、元職員「偽物かも」とメール、維新市議議会追及2日前:読売新聞2012年3月31日付けネット配信記事)

http://www.nikkansports.com/general/news/f-gn-tp3-20120330-925863.html (維新の会会見に「撃沈。謝り方下手すぎ」:日刊スポーツ2012年3月30日付け配信記事)

もう、昨日・今日あたりの新聞(スポーツ新聞含む)各紙が伝えているところを見れば「あきれてしまって、モノ言うのも嫌になる」というレベルの大阪維新の会及び橋下市長のコメントですね。

要は、大阪維新の会の対応も、橋下市長のコメントも、基本的には「自分たちのしてきたことには基本的にまちがいはない」ということと、「たとえ、どれだけ今回のねつ造リスト問題で自分たちの動き方が誤っていたとしても、そのことで、労組にだけは絶対にアタマを下げたくない!」という、その2点が基本線。

だからホンネとしては「全く謝る気がない」けど、とりあえずマスメディアや議会などからのいろんな追及をかわすために「形だけ、なにか陳謝した」というかっこうをつけた、ということが、今回の一件では、これらの新聞記事からだけでも「ありあり」と伝わるんですよね。

ちなみに、記者会見当日には、大阪市内では新聞の折り込み広告として、労組側に対する反論のような大阪維新の会のニュースを入れたそうです。また、前日にはわざわざ大阪市教委が、職員の組合活動に関する校長ら管理職アンケートの結果を公表しています。まあ、この校長らのアンケートも、例の特別顧問による調査の要請を受けてのものですが。

そして、その特別顧問らの市職員の政治活動などに関する調査結果も、次のとおり3月26日になってようやく「中間報告」がネット上に公開されています。これはもともと3月上旬に市長報告した資料を今頃になって出してきたもの。しかも、この中間報告の最後には例のリストについて「組合が作成したとは考え難い」、つまり「ねつ造の疑いあり」という話を書いていますが、そこに至るまで、たとえばささいなレベルの労組の問題(たとえば市の施設のある一室に組合のものがおいてある、とか)などを数多く記載して、あたかも「こんなにも労組には問題が多いのだ」と印象づけるような書き方になっています。

http://www.city.osaka.lg.jp/somu/page/0000161367.html

これらはいずれも、今週初めに例のリストがねつ造であったことがわかって以来の動きです。大阪維新の会のこの問題での記者会見の前に、以上のような大阪市当局や維新の会の動きがあったこと。そのことを、あえてここで記しておきます。私の印象では、以上のような動きは、いずれも労組の側の問題性を強調することを通じて、ねつ造リスト問題に対する維新の会の対応のまずさを相対的に緩く見せようとしているように見受けられます。

なお、京都のある弁護士の方が、このねつ造リスト問題に関する経過と問題点を適切に検討し、紹介してくださっているので、そちらを紹介します。この記事を見る限り、どう見ても、大阪維新の会として何らかの「政治責任」をとる以外にはないと思うのですが。

http://nabeteru.seesaa.net/article/261507855.html

それと、先ほどの大阪市の「第三者調査チーム」の中間報告について、です。

大阪市の上記HPでは、「第三者調査チームは、調査に必要な権限を全面的に委任されており、その調査の方法等についても、市長等からの指示を受けることなく独自の責任において実施」とのこと。

しかし、そもそもこの調査がはじまったきっかけは橋下氏、つまり「市長の指示」です。しかもその市長は、この調査チームを担当した特別顧問(弁護士)が就任する前から、マスメディアを通じて労組に対する攻撃を強めていたことは、誰もが知っていること。そして、そういう市長らの煽ってきた世論を背景に、市役所内での労組などの選挙運動の実態を解明するという理由で「第三者調査チーム」が設置されています。しかも、例の違憲・違法と指摘された市職員アンケートは、市長の命令で答えるように市職員に指示され、その結果はこの第三者調査チームのところにまわるようになっていたわけですからね。

だから、いくらこの調査チームの当事者たる特別顧問が、市長から我々は独立して任務を遂行したのだと言っても、「誰もそんな風には見てないですよ」という声はあちこちからあがってくるのではないかと思われるのですが、いかがですかね? 

もっというと、本当にこの特別顧問らの調査チームが市長などから独立しているのであれば、ことあるごとに、たとえば「市長、こんなことを労組に言うべきではありません。その見解こそ不当です」とか、「こんな調査自体がそもそも問題があるのではないですか、市長?」等、自らの見識などに従って、適切な形でマスメディアを通じてコメントを発してもよかったのでは? 少なくとも、私はそう思うのですけど。


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いったい、大阪維新の会は何がしたいのだろう?

2012-03-27 09:46:00 | ニュース

http://mainichi.jp/select/seiji/news/20120327k0000m040107000c.html (大阪市:幹部が市議から「嫌がらせ」アンケ結果で判明:毎日新聞2012年3月26日付けネット配信記事)

大阪市の課長代理級以上の職員に対して、大阪維新の会の市議のなかに、口汚く罵倒とか、「5階(市長室)に言いつけるぞ」とか言う人がいるとか。あるいは、議会での嫌がらせをちらつかせて個人的な要望をのませる市議がいるとか。いったい、維新の会の市議は何をやってるんですかね?

また、大阪維新の会代表(橋下市長)及び幹事長(松井大阪府知事)は、このような市議の在り方に対しては「だんまり」ですかね? 維新の会の大阪市議団長の坂井氏、この結果をどう考えるんですかね?

市職員の不祥事だとか、市職員労組の政治行動などにはあれだけ攻撃的に、弁護士会などから違憲・違法を指摘されるような手段を使ってでも、「徹底的に事実を明らかにしてやる!」みたいなことを言って、それを実行してきたのは大阪維新の会であり、橋下市長です。自分たちの側のこのような問題については、どのようにきちんと対処するのでしょうか?

なお、上記の記事ですが、これは大阪維新の会の大阪市議団自らが調査した結果を公表して書かれた記事。だから、「ねつ造」だとか「誤報」だとかは言えないはずだし、ある程度、正直な維新の会の市議の姿が出ていると思われます。

あわせて、この件についても、大阪維新の会としてきちんと全容を解明して、謝罪すべき方や団体には謝罪して、きちんと決着をつけるべきではないのでしょうか。

http://mainichi.jp/select/seiji/news/20120327k0000m040110000c.html (大阪市:市長選での組合作成リストは捏造 市交通局が発表:毎日新聞2012年3月26日づけネット配信記事)

毎日新聞はソフトな書き方になっていますが、読売新聞では以下のとおりはっきりと、ねつ造された職員リストを維新の会市議に持ち込んだ人と、このリストのねつ造を行った職員の氏名が一致するとの話を書いています。

http://osaka.yomiuri.co.jp/e-news/20120327-OYO1T00172.htm?from=top (前大阪市長支援の職員リスト嘱託職員が捏造:読売新聞2012年3月27日付けネット配信記事)

なにしろ、次のとおり、大阪維新の会の市議でこのリスト問題を取り上げ、マスメディアなどにも出られた方は、このリストがねつ造などではなくて本物だということをしきりに訴えておられたわけですから。何を持って「本物だ」と確信され、このリストについてマスメディアで伝えるように動かれたり、あるいは、市議会などでの質問等にあたられたのか。この市議や大阪維新の会として説明の必要があると思います。

http://ameblo.jp/osakaishin/entry-11158521863.html

また、大阪市長であるとともに大阪維新の会代表でもある橋下氏は、「法律家として危ないと感じていた」のであれば、なぜこのリスト問題が明らかになった2月初旬の時点で、維新の会のこの市議に注意をしたり、動きを止めるように指示しなかったのでしょうか? そこに関しても、きちんとした説明が必要だと思うのですが。

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20120326-OYT1T01083.htm?from=tw (橋下市長「法律家として危ないなと感じていた」:読売新聞2012年3月26日付けネット配信記事)

私はその政策提案や政治的な主張などには反対の立場だし、今もなお全然賛成する気にはなれませんが、そもそも大阪維新の会は「大阪都構想」の実現ですとか、学校選択制導入や教育基本条例案の制定などの教育改革とか、そういうことを目指してつくられた地域政党なのでは? だとしたら、今は地道に政策をつくり、市民に向けて説明し、理解を得ていく努力をするべき時期でしょう。にもかかわらず、橋下市長就任からたった3か月、大阪維新の会が結成されてから1年とちょっとで、なんですか、この姿は? こんな状態の地域政党が国政進出なんて、「ふざけるな!」と多くの方から言われてもおかしくないでしょう。

いったい、大阪維新の会は何がしたいのでしょうか? 大阪市や大阪府をどうしたいのでしょうか? いや、それ以前に、あなたたちは誰のために、何がしたくて地域政党をつくり、首長や議員を送り出しているのでしょうか? ますます、わからなくなってきました。私としては到底、こんな状態の地域政党の主張を支持することはできませんし、ここから出てくる教育改革や子ども施策の諸提案などに賛成する気にもなりません。


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あらためて全容解明を求めたい

2012-03-26 22:19:59 | ニュース

http://www.city.osaka.lg.jp/hodoshiryo/kotsu/0000162173.html

この大阪市交通局が今日付けで発表した「知人・友人紹介カード配布回収リスト」の件は、2月の初め頃に、大阪維新の会所属の市議のところに内部告発情報として(そもそも、その時点で、このような内部告発が市議のところへ行くところからして、なにか裏がありそうだと思ったのですが)、大阪市交通局で労組が組織的な選挙活動をしていたかのような話がもちこまれ、それが「スクープ」としてテレビ番組で取り上げられたことが発端かと記憶しています。もしも記憶違いがあったら教えていただきたいのですが。

で、今日の発表内容からすると、そのリストを作成したのは交通局勤務の非常勤嘱託職員だとか。しかも「ねつ造」というコメントが交通局からでています。

いったい、どのような事情でこの嘱託職員がリストを「ねつ造」したのか。また、その「ねつ造」されたリストがいったい、どのようなルートを伝って市役所の外に出て、維新の会の市議あたりに情報として流れて行ったのか。そして、その維新の会の市議が出した話を、テレビ局はどのような確認作業を行って、番組のなかで「スクープ」として流したのか。また、なぜ今頃になってこの調査結果を交通局が明らかにしたのか、等々。私としては以上のような疑問点があって、まだまだ「全容解明」ということには至っていないかと思っています。

ちなみに、たしか今度、交通局長として、外部(たしかどこかの私鉄)から人を呼んでくるんでしたよね、大阪市? その前にある程度、この話に決着をつけておきたかったんですかね? 

いずれにせよ、引き続き、この件については「全容解明」が必要ではないか、と思われます。

と同時に、大阪維新の会の市議団及び地域政党の大阪維新の会代表としての橋下市長、この件に対してどのような対応をとるつもりですかね? ある交通局の嘱託職員がリストを「ねつ造」したかもしれませんが、それを取り上げて労組攻撃の材料として使って、マスメディアを巻き込んで世論をあおってきたのは、あなたたちですからね。そして、弁護士会などから「思想信条の自由」等の侵害だと非難された、あの特別顧問らによるチームの調査活動も、このリストの一件なども含めて行われたはずですが。

この際、大阪維新の会として、この件に限らず、大阪市の職員全体に対する自分たちのこの間の対応の問題点についてもすべて洗い出して、謝罪すべきものは謝罪すべきだし、是正すべきものは是正してほしいところです。こちらも、ぜひ、きっちりとやっていただきたいですし、特別顧問の皆さんにはぜひ、こういうところで、橋下市長に対して、適切な助言をしていただきたいものです。


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あきらめない、負けない~今日から新たな取り組みを~

2012-03-24 11:20:42 | ニュース

http://www.asahi.com/kansai/sumai/news/OSK201203240016.html (大阪府教育・職員条例が成立、維新・自・公など賛成8割:朝日新聞2012年3月24日ネット配信記事)

http://www.osakaben.or.jp/web/03_speak/kanri/db/info/2012/2012_4f66fbc1bf410_0.pdf(大阪府の教育行政基本条例案、府立学校条例案及び職員基本条例案に関する大阪弁護士会会長声明、2012年3月19日付け)

あれだけ各界からこの条例案の内容や趣旨のおかしさが指摘され、批判され・・・・。

マスメディアもアメリカやイギリスの類似の教育改革事例などを取り上げて「うまくいかない」という話がでてきていて・・・・。

保護者や大阪府内の各地の住民からも疑問や批判の声があがっていて、大阪以外のところからも疑問や批判の声が出てきていて・・・・。

大阪弁護士会からも会長声明が出されているのに・・・・。

そして、大阪の府議の間でも少数派ですが、継続審議を求める声があったようなのに・・・・。

とうとう昨日、大阪府議会の大阪維新の会・公明党・自民党の各会派は、教育行政基本条例・府立学校条例・職員基本条例の3つの案を可決・成立させてしまいました。

「いったい、大阪の府議のみなさんは、こんな問題だらけの条例3つを成立させて、学校や子どもをどうするつもりなのか?????????」

正直、がっかりしました、この3条例案に賛成した府議のみなさんの今回の判断には。

もうちょっと大阪府民、特に保護者たちの声や、マスメディアの調べたことや学識経験者の意見などに耳を傾けて、じっくりと審議するのかと思いましたが、それすらもしないんですよね、この3条例案に賛成した府議のみなさんは。

となれば今後、府議会でこの3条例案に賛成した府議のみなさんには、なんらかの形で、きっちりと「おとしまえ」をつけていただきましょう。

それはどういうことか? 

今後、大阪府のこの3条例にもとづく施策が具体的に実施され、府立学校が統廃合されたり、教職員が整理されたり、さまざまな面で自由が奪われて抑圧された結果、子どもたちにさまざまな不利益が生じたり、保護者の子育てにさまざまな困難が生じたら、すべて、この3条例案に賛成した府議会の会派、府議のみなさんに、苦情を申し立てる、ということです。

また、この3つの条例案は、大阪府教委が前の大阪維新の会提案の教育基本条例案を修正して案を作成し、府市統合本部にて松井知事・橋下市長と彼らのブレーンたる特別顧問といっしょに内容を検討して、最終的に大阪府議会に提案したものです。ということで・・・・。

この上記の3条例案実施に伴う子どもたちの不利益や、保護者の子育てに関する困難などについては、すべて松井知事、橋下市長、特別顧問のみなさんにもぶつけましょう。

ちなみに、おそらくこういう苦情を府市統合本部や特別顧問、そして橋下市長にぶつけたら、そうしたら橋下市長は「あれは府の問題だから府知事や府教委、府議会へ言え」といい、特別顧問は「府のほうで決めたことだから」というかもしれません。そういうことが出てきた場合は「府市統合本部は自分達の都合のいい施策を決めて、その失敗の責任を回避するためにつくった組織」と、あちこちでいうことにしましょう。なぜなら、「ほんとうに府の問題であれば、府市統合本部で何も話し合うことなんてないはずだ」といえるわけですし、「府の問題にいちいち、橋下大阪市長が首突っ込むなよ」ともいえるわけですから。

そして、大阪府教委です。以下の記事を見てください。

http://www.asahi.com/kansai/news/OSK201203230056.html (大阪府教委の委員長、辞任へ、教育条例「責任感じる」:朝日新聞ネット配信記事2012年3月23日付け)

「政治が暴走する可能性を残してしまった」といって、大阪府教委の教育委員長がこの件で辞任を申し出ているわけです。

他の教育委員のみなさんは、この教育委員長さんの辞任をどう考えますか? みなさんは辞任するのですか? それとも辞任せずに残って、「政治が暴走する」ことを食い止めるために、ぎりぎりまでたたかうのですか? 後者ならば「がんばれ!」と応援しますが。

それこそ去年の秋、この教育基本条例案がそのまま議会を通るようなら辞職するとまでタンカ切っていた大阪府の教育委員の方、これからどうしますか? 今後は辞めずに府教委に残り、3条例にもとづいて、喜々として大阪維新の会や自民党・公明党などの府議会各会派や、松井知事と手をとりあって、その教育施策の実施に尽力するんですか? だとしたら、あなたたちの去年秋のタンカはなんだったんですかね?

というような次第で、3条例案が大阪府議会で可決成立したからといって、この条例が廃止されるまでの取り組みは続きます。また、可決成立した3条例を、当初のねらいどおりに好き勝手やらせないための取り組みがあります。

私たちはどんなことがあっても、このまま、あきらめたりなんかしない、負けない。

子どもたちの大好きなアニメ「プリキュア」シリーズの言葉ではありませんが、今日から新たな取り組みのスタートです。


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反対の声として現れた民意に、首長としてどう誠意ある対応するのか?

2012-03-21 11:42:33 | ニュース

http://www.jcp.or.jp/akahata/aik11/2012-03-21/2012032115_02_1.html (学校選択制疑問相次ぐ 大阪市 区長・教委らがフォーラム:しんぶん赤旗2012年3月21日づけネット配信記事)

http://osaka.yomiuri.co.jp/e-news/20120321-OYO1T00207.htm?from=main1 (学校選択制 教師ら異論 大阪市初の公聴会:読売新聞2012年3月21日づけネット配信記事)

http://sankei.jp.msn.com/life/news/120320/edc12032022290002-n1.htm (【激動!橋下維新】学校選択に懐疑的な声続出:MSN産経ニュース2012年3月20日づけ配信記事)

http://webnews.asahi.co.jp/abc_2_007_20120320008.html (<大阪>学校選択制に反対意見相次ぐ:ABCウェブニュース2012年3月20日付け配信)

赤旗を含む新聞3紙と朝日放送のネット配信のニュースを比べてみると、読売新聞が「保護者のなかには賛成意見もあるのに、教師が学校選択制に反対意見を述べようとしている」という印象を与えようとしている様子がうかがえます。他の3つからは、保護者が学校選択制に反対したり疑問を投げかけたりしていることがきちんとうかがえます。

ちなみに、教員も人の子どもの親である場合もありますから、教員としてだけではなく保護者としても学校選択制に反対する場合もあります。また、たとえ我が子がいなくても、学校現場を離れて一市民、一住民として学校選択制に反対だという教員もいるはずです。この件に関しては、読売新聞の書き方だけが今回、少しある方向に印象を操作しようという意図がうかがえたので、そのことを先に、指摘しておきます。

さて、橋下市長・大阪維新の会代表は「民意」という言葉がお好きですが、彼の大好きな民意は、選挙での投票行動という形で、しかも自分たちの地域政党やその候補者に投票した民意のみ。彼のやろうとしている学校選択制導入にノーという民意について、彼らがどこまで誠実に対応するのかが見ものです。

また、今後「私は各区長に学校選択制を導入するよう指示したけど、最終的にそれを導入するかどうかは各区長にゆだねる」という態度を橋下市長がとるのであれば、この大阪市内24区で実施するフォーラムのすべてで学校選択制導入に否定的、批判的なコメントが出た場合、彼はどう判断するんですかね? その場合は別のところに民意を求めるんですかね? たとえば予算を投入して住民アンケートをとるとか・・・・。

それにしても、「教育基本条例案」にしても「学校選択制」にしても、あちこちから批判や非難の声があがっているのに、まだ強行するんですかね、大阪維新の会や橋下市長・松井知事? 大阪市議会に出された案は5月議会まで継続審議になるようですが、府議会はどうするんですかね?

反対の声として現れた民意に対して、大阪維新の会や橋下市長・松井知事の「誠意」を問いたいですね。


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TBSの番組「報道特集」で今夜、大阪の教育改革の話が出ます。

2012-03-17 11:40:01 | ニュース

今日の夕方からのTBSテレビ系(近畿圏だと毎日放送)の番組「報道特集」で、大阪の教育基本条例案をめぐる諸問題が取り上げられます。番組自体は17時30分からですが、大阪の問題が扱われるのは番組後半です。詳しくはこちらのサイトで確認をしてください。

http://www.tbs.co.jp/houtoku/

ちなみに、3月3日の堺市で行われたシンポジウムに私が出ていた件は、このブログですでにお知らせしたかと思います。そのときにもTBSのスタッフのみなさんが取材に来られていました。直接インタビューなどされたわけではないので長時間出ることはないと思いますが(このときインタビューされていたのは、シンポジウムの主催団体の方)、たとえば番組中で、シンポジウムの場面などでちらっと私、でてるかもしれません。

あと、このときのシンポジウムの様子などについては、主催団体の方のこちらのブログでわかるかと思います。これもお知らせしておきます。

http://blog.livedoor.jp/woodgate1313-sakaiappeal/archives/3585450.html

ひとまず、今日はこちらのお知らせを先に済ませておきます。

<追記>

先ほどこのTBS報道特集を見ることができました。幸か不幸か、堺市での私たちのシンポジウムの話はでていませんでした。

ですが、大阪大学の小野田さんの話、先日の毎日放送VOICEでも取り上げられていた「落ちこぼれゼロ法」が失敗に終わったアメリカ教育改革の話、東京の教育改革で教職員への管理強化が進んでいる話などが取り上げられていました。内容はしっかりとまとまっていて、いい番組だったと思います。

特によかったと思ったのは、橋下氏が大阪府知事時代に、私学助成金を削減しないで、競争を激化させるような教育改革をしないでと申し入れに行って、「こういう社会が嫌なら、社会を変えるか、この社会から出ていけ」と言われて泣いた女子高生の話。彼女たちがいま、大学生になって、大阪の教育基本条例案制定をめぐる動きをどう見ているのか、そこをきっちりとTBSが取材していました。彼女たちのように、数年前から橋下氏らの動きをしっかりと、批判的に見ていれば、今の大阪の教育改革が子どもや若者にとってマイナスの方向にしか向かないことは、よくわかると思います。

ちなみに、番組終了後にツイッターを見ました。私とかかわりの深い(フォローする・されるという関係にある人たち)は、どちらかというと橋下教育改革に批判的な立場の人が多いのですが、みなさん、先ほどのTBSの報道特集の内容には好意的なコメントをしていました。また、ツイッターを見る限り、TBSの報道特集の内容に対する好意的なコメントに対して、橋下氏の強い支持者や、橋下教育改革のような流れが好きな人たち(そのなかには教育系の研究者もいる)が、感情的なコメントを出してつっかかっているのが印象的。自分達の考えへの批判が正面切って出てきて、かなり、あせっている、うろたえているのかな・・・・と思いました。


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野田正彰さんの本から(2)

2012-03-14 16:35:06 | 受験・学校

昨日に引き続き、野田正彰さんの本の内容紹介です。今度は別の本。以下の文章は、いわゆる「国旗国歌法」の制定前に広島県で起きた県立高校の校長の自殺に関して、野田さんが書いた文章です。引用部分は青字です。

ちなみにこの校長の自殺は1999年2月に起きた出来事で、この時の教育長が辰野裕一氏。辰野氏は、文部省(当時)の特殊教育課長から広島県教委の教育長に転任してきた方とのことです。

日の丸と君が代の強制がどれだけ教師の精神を制圧し教育を荒廃させてきたか、保護者も、この問題を報道してきたマスコミも、市民も、当の教師とその家族さえも、よく気づいていないように私は思う。

なぜなら、心身症や抑うつ状態になりながらなお、一年のうちに二度、合わせて数分の不快な時間をやりすごせばいい、と思っている人が少なくないからである。あるいはそんな教師たちの症状を聞いても、そこまで酷くないのではないかと否定したり、その人が弱いからだと決めつける人がほとんどである。私が教育学者たちに「君が代神経症」について伝えても、彼らは「確かに国旗・国家での締付けはおこなわれているが、それ以外では教育行政全体は規制緩和、自由化、多様化へ向かっている」と答える。私はその鈍感ぶりにゾッとする。

自分が妥協できるからといって、精神の自由の領域を犯され、「させられる体験」に嵌められる者のすさまじい葛藤を想像できないのは、感情鈍麻である。しかもほとんどの人々が感情鈍麻しているということは、私たちの社会が感情鈍麻しているということではないか。(野田正彰『させられる教育―思考途絶する教師たち―』岩波書店、2002年、37~38ページ)

1990年代の国家主義への傾斜は、辰野氏と文部行政に見られるように、処世として右寄りのカードを激しく切ると保守勢力に評価され、その評価がさらに右傾化を進める関係になっている。(野田正彰『させられる教育―思考途絶する教師たち―』岩波書店、2002年、92ページ)

これを読んで思ったのは、まず92ページにあった「右寄りのカードを激しく切ると保守勢力に評価され、その評価がさらに右傾化を進める関係」という部分が、今の大阪の教育界の動向ととてもよく似ている、ということ。

昨日とりあげた大阪府立和泉高校の民間出身・弁護士の校長なんて、特にそうですよね。いくら以前から友人であったとはいえ、自ら進んで橋下市長・大阪維新の会代表に、自分の勤務する高校での教職員の卒業式での様子をメールで知らせる必要は、何もないはず。にもかかわらず率先してメールで「ご報告」し、橋下市長・大阪維新の会代表に「これが服務規律を徹底するマネジメント」と「おほめの言葉」をいただいている。そういう関係になっていますよね。

もっといえば、大阪維新の会が橋下市長を中心に今、大阪で進めようとしている教育改革それ自体が、中央政界あたりに居る保守系勢力にとって「望ましい」ものに見えているのかもしれない。でなければ、先月27日のこのブログにも書いたように、安倍元首相が松井大阪府知事にエールを送ったり、日本教育再生機構の関係者が大阪府・市の教育基本条例案に注目したりということも、きっと起きなかったのではないか・・・・と思います。

でも、それ以上に深刻な問題として受け止めなければいけないのは、野田さんの書いている37~38ページの部分。

学校の卒業式での国旗・国歌問題について、「たかだか数分のことだし、それくらいは辛抱を・・・・」と思っているような人は、きっとこの社会の中にそれ相応に居るのだと思います。しかし、昨日のこのブログにも書いたように、その数分がある人々にとっては耐え難い精神的な苦痛を与え、心身の不調を訴えるところまで追い詰めることもある。また、野田さんのいう「感情鈍麻」が人々の間に広くいきわたって、その耐え難い状態に追い詰められた人々をさらに孤立させている。そういう構造がこの日本社会のなかにできあがっているのだとしたら・・・・、それはとても恐ろしいことなのではないか。もしかしたら、例の和泉高校の校長や橋下市長らの動きよりも、この構造のほうが怖いものなのではないのか。そのようなことを野田さんの本を読んで感じました。

一応、野田さんの本を読んで感じたことは、とりあえず、昨日・今日の2回のブログでいったん終了します。次は別の本を紹介したいと思います。


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野田正彰さんの本から(1)

2012-03-13 18:22:58 | ニュース

「教育委員会や校長は相手に納得させることのできない理不尽な命令を出して、相手に好意を強いる。しなければ処分する、次の不利益が順々に待っていると脅す。教師の思想・心情を無視し、否定し、『君が代』に拝跪しないことによってその教師の評価を最低につける。さらに『同僚が迷惑する、校長も処分される、学校の名誉が傷つく、生徒たちが世間から冷たくみられる』と責め、『不起立では評価は低くなるので、遠くの学校へ転勤となるかもしれない。そうなれば、家族の世話は難しくなる』と苛める。からめ手からの攻撃は不起立を決意した教師に自責感をひきおこす。几帳面な教師の良心は、こんな周囲の親しい人々の迷惑という脅しに無防備である。これは拷問以外のなにものでもない。しかも、不起立への処分の後に、『事故再発防止研修』なるものに出席を強制する。事故と考えていない人に、事故と叫んで彼らの信念を貶める。

信条において『君が代』に不同意な教師たちは、いいかげんな性格の対極にある良心の人である。良心の教師たちが苦しめられる姿を、子どもたちは敏感に見ている。良心の教師が委縮したとき、学校教育はさらに荒廃するだろう。」(野田正彰『子どもたちが見ている背中 良心と抵抗の教育』岩波書店、2006年、179~180ページ)

上記青字の文章は、野田正彰さんの本からの引用です、東京都教委が2003年10月23日、全都立学校に「入学式、卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱の実施について」と題する通達(10.23通達)を出した後に、「国歌斉唱義務不存在確認等請求事件」(予防訴訟)弁護団からの依頼によって、野田さんが精神医学者として、原告である教員たちからの聴き取りを行って、精神医学的意見書を書かれたとか。その聴き取りの記録のあとに、野田さんのコメントとして付け加えられた文章が、上記の青字部分です。

ちなみに野田さんは、この10.23通達やそれに基づく職務命令、指導によって、原告たる教員にどのような抑圧がかかっているか、という観点からこの聴き取りを行っています。

また、この本の178~179ページによると、予防訴訟の原告で野田さんの聴き取りに協力した7人の教員は、たとえば不快なものを無理やり飲まされる感覚などから来る吐き気、嘔吐、食欲不振などの消化器症状や心臓の不快感、胸部の圧迫感、頭痛、手のこわばり・ふるえ、不眠といった「身体化された症状」を訴えているといいます。あるいは野田さんによると、たとえば慢性的な感情の制御困難、怒り、自責感、自己破壊的なイメージなどの「感情の不安定」、意欲低下や感情の抑制などの「抑うつ」、同僚との交流を控える傾向や恥辱感、絶望感、罪悪感などの「自己像の変化」もあると述べています。こうした状態を野田さんは「極度のストレス障害の状態」(178ページ)に書いたうえで、先ほどの青字部分の文章に至るわけです。

この文章をよく覚えたうえで、次の大阪府立和泉高校・中原校長の卒業式でとった対応に関する新聞のネット配信記事を読んでください。

http://www.asahi.com/kansai/sumai/news/OSK201203130048.html (君が代斉唱時、教員の口元も橋下氏に報告 大阪・和泉高:朝日新聞2012年3月13日付けネット配信記事)

いくら中原校長が弁護士出身の民間人校長で、個人的に橋下大阪市長・大阪維新の会代表と親しいからといって、そもそも、このような形で教職員が卒業式の国歌斉唱で起立したか、そこで口を開けて歌ったかを「報告」するのは、いったいいかなる法令上の根拠があってしていることなのかどうか。そもそも、現行教育法令上、何を根拠としてこのようなことを一公立高校の校長がしているのか、それ自体が疑問なのですが。

それ以上に問題なのは、この報告をあげている中原校長にも、「これが服務規律を徹底するマネジメント」と中原校長を持ち上げる橋下市長・大阪維新の会代表にも、上記の野田さんの本にあるような視点、つまり、自分たちの職務命令やマネジメントが教職員に対して「極度のストレス障害」を発することもあるということに対する認識が、まったくもって欠落しているということでしょうか。

こういう認識って、そもそも「上司としてあってはならない認識」なのでは? パワーハラスメントが横行する職場環境をつくるのではないのでしょうか?

そして、橋下市長・大阪維新の会代表にせよ、中原校長にせよ、教職員に「言うことをきかせる」という話には熱心ですが、このような話をするときには「子ども」のことをどのように意識しているのでしょうか。あるいは、子どもたちにも「自分たちにたてつくな。たてつくと、こうなるぞ」ということを見せつけるために、国旗国歌問題を取り上げて、一部の教職員を「極度のストレス障害」にまで追い込むような対応をしているのでしょうか。もしも後者を考えているのだとしたら、これはまさに教職員だけでなく、子どもに対する抑圧でもあるわけです。

そういう抑圧された子どもや教職員が、抑圧されたストレスをうまく解消されずに、自らの心身を傷つけたり、他者の心身を傷つけていく。もしもそういう構造が学校のなかに生まれているのだとしたら、それをつくりだした側の責任は著しく大きいと言わざるをえません。

なお、野田正彰さんの本からいろいろわかることについて、今後数回にわけて、このブログで紹介していきたいと思います。また、あわせて、このブログではほかの本も随時、取り上げていく予定です。

<追記>

大阪労働者弁護団「大阪府教育委員会による『君が代』斉唱時に起立しなかった教員に対する懲戒処分の撤回を求める声明」(2012年3月13日)

http://homepage2.nifty.com/lala-osaka/ketugi120313.htm


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このような対応で本当にいいのでしょうか?

2012-03-11 19:52:14 | いま・むかし

「上官が違法な命令を出しても法的責任を問われず、下級者が違法な命令を拒否できないとするなら、違法について責任を負うものは、組織にはだれもいなくなる。上官の命令が絶対であり、下級者は服従以外に選択の道がなければ、そこに出現するのは法と責任の『真空地帯』であり、不条理と私的暴力が跋扈する闇でしかない。」(外岡秀俊『震災と原発 国家の過ち 文学で読み解く「3.11」』朝日新書、2012年、74頁)

しばらく更新が途切れました。また、今日は昨日のスキーの疲れ等々があって、一日ゴロゴロ過ごしていましたが、そのゴロゴロ過ごしている間に読んだ本のなかから、上記のような一文を抜き出してみました。

この文章は、ジャーナリスト(元・朝日新聞社)の外岡秀俊さんが最近出された本のなかで、東京電力福島第一原発の事故発生後の政府の対応の在り方などを考える章で書かれていたもの。ちなみにこの章は戦争文学を手掛かりに原発事故発生後の政府の対応を考える章で、この文章は戦争文学のなかでも「内務班」に関するものを紹介するなかに出てくるものです。

これを読んで、私のなかでぱっと頭に浮かんだのが、今の大阪の教育界の状況です。次の2つの新聞のネット配信記事などを見ると、ますます、この赤い太字で引用した部分とよく似た状況に大阪の教育界が近づいている・・・・・、そのように思えてなりません。

http://mainichi.jp/select/wadai/news/20120310mog00m040010000c.html (大阪市:組合アンケート、市職員、橋下市長市長を提訴へ「思想の自由侵害」:毎日新聞2012年3月10日ネット配信記事)

http://mainichi.jp/kansai/archive/news/2012/03/10/20120310ddn041100011000c.html (君が代斉唱不起立:大阪府教委、教職員大量処分、17人戒告、さらに12人不起立:毎日新聞2012年3月10日ネット配信記事)

いったい、大阪市・大阪府は、どんな学校現場や公務員労働の職場をつくりたいのでしょうか。この記事2つからうかがえるのは、「俺たち上層部の言うことは、たとえそれが思想信条の自由を侵害するものであっても、部下たるお前らはとにかく従え」という、その論理の徹底だけのようにしか思えません。また、その論理の徹底から生まれてくる職場環境は、まさに、上で外岡さんが書いた文章を引用しましたが、そこにあるような「法と責任の真空地帯」「不条理と私的制裁の跋扈する闇」になってしまうのではないでしょうか。

あらためて書きますが、たとえ違憲・違法の疑いが濃厚な上司の命令でも、「それが命令である限り、お前ら部下は従え」という論理を徹底する。そういうことが大阪市も大阪府もしたいのでしょうか? 弁護士出身の市長であり、地域政党の代表が、ブレーンにたくさん弁護士を抱えながら、やろうとしていることがこの程度のことなのでしょうか? この論理を徹底した先に出てくることが、結果的に、この市長・地域政党代表やブレーンの「無責任」と、学校現場や公務員職場の「闇」だけになってしまわないように、さまざまな形で今後、このような対応を強行した人々の責任を問う声を強めていく必要があります。

しかし、それにしても、「君が代斉唱時に不起立」ではあるが、「子どもや保護者、地域住民や同僚教員の信頼があつい、優れた教員」かもしれない人たちを、今後大阪府教委は3回の職務命令違反等で「免職」などの方向に持っていくつもりなんですね。その一方で、子どもへのかかわりの面で暴言・暴力などが見られる教員に対しては、そこまでの対応をするんですかねぇ? あるいは、来月から「必修化」される中学校保健体育の「柔道」などの武道で、安全配慮義務等に違反する行為、つまり事故が起きることを防げなかった教員に対しては、どのような対応をするんですかねぇ? 何か、教育行政として現場教職員に対して、こだわるべきポイントが根本的に間違っているような気がするのは、私だけでしょうか?


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そもそも「不適切な人事介入」ってどんなことですか?

2012-03-08 19:26:30 | ニュース

http://www.asahi.com/kansai/news/OSK201203080004.html (労組が人事介入か、選挙関与の疑いも 大阪市交通局:朝日新聞ネット配信記事2012年3月8日付け)

今朝の新聞各紙もそれぞれ、上記の朝日新聞の記事と同じような内容を配信しているかと思うのですが、これを読んで私がふと思ったのは、そもそも大阪市の職員労組による「不適切な人事介入」とはいったい、どのようなケースがそれに該当するのか、ということ。組合側と市役所側の職員人事をめぐる話し合いの実際の内容がわからない限り、この記事だけではなんとも言えないよな、というのが、私の率直な思いです。

というか、人事異動に際して組合の意見を聴く、候補者を知らせるということが一応、この記事では「不適切な介入」のような形であがっています。ですが、それもケースバイケース。ことと次第によっては、問題が多発しそうな人事異動を、こうした形で組合側の意見を聴くことで防いだケースもあるかもしれませんよね。

たとえば、次のようなケースは「不適切な人事介入」というべきなのでしょうか。それとも、別の言い方をしたほうがいいケースなのでしょうか。

(1)部下に対する暴言が著しい、パワーハラスメントが常態化しているような係長が居る。この係長に対して部下の側から再三苦情を申し入れても、課長が係長に注意、指導を行わない。このため、組合として交渉の場において、市役所の上層部に次の人事異動で係長の配置転換を申し入れた。

(2)課長の部下に対する仕事上の指示に不適切なものが多く、実質的に常に課長補佐(代理)などが尻拭いをしている。また、暗黙の裡に課長補佐以下の部下すべてが「転勤してくれないかな」と思っている課長について、組合側が市役所側との交渉の席で「あの課長、あのままおいていたらダメですよ」と言ったケース。

(3)前々から職場内の人間関係が悪く、職員間での足の引っ張り合いが激しく、力量のない課長が来たらとうてい収拾がつかなくなりそうな部署がある。その部署に、誰をもっていくのが適任か、市役所の上層部でも判断がつきかねているとき、たまたま組合側から交渉の席で「このような人物があの部署の課長にはふさわしい」という提案が出た。その提案に、市役所上層部側がのったケース。

(4)ある職員が家庭内に介護等のさまざまな問題を抱えていて、仕事と家庭生活との両立に悩んでいる。にもかかわらず、当該部署の課長がその職員の事情を察することができず、仕事の負担を増すような対応をしている。そのときに、職員側の悩みを組合として受け止め、配置転換等で両立をはかることができないか、市役所上層部側に申し入れたケース。

(5)職員側から仕事の中身の改善や新規事業の提案などが積極的に行われていて、この改善しつつある仕事や新規事業の内容などに理解のある課長に来てもらって、ぜひ、いっしょに仕事に取り組んでほしいという願いが現場職員側にはある。このために、組合というルートを通じて、交渉を通じて市役所の上層部に申し入れを行ったケース。

(6)年度途中に急な退職者・休職者などが相次いでいる職場で、「いま、この人に抜けられたら、市民サービスがガタガタになってしまう」というくらい、そこで奮闘しているベテランの職員が、なぜか、その年度末の異動対象者になってしまった。そこで現場からの「この人の異動、もう半年待ってくれ。その間に、今いるスタッフに仕事を引き継ぐから」という話を、組合を通じて市役所の上層部に話を持っていったケース。

要するに何が言いたいのかというと、職員人事などについて組合側が市役所側にさまざまな申し入れをしたり、何か組合側が市役所側に聴くことそれ自体が「不適切な人事介入」なのか、ということ。

今のマスメディアの論調でいけば、なにか組合側が市役所上層部の考えている人事構想に対してものを申せば、すべて「不適切な人事介入だ」という話になっていくのではないか。そこが気がかりでならないわけです。

むしろ、たとえば職場内の人間関係や仕事の進め方の面で、適切な形で現場職員の話を市役所上層部が聴くのは「当然のこと」だし、市役所側と組合側が職場環境や人事についてそれ相応に話し合いの機会を設けるのも「必要なことでは?」と私などは思うのですが。また、その場で適切に市役所側から情報を組合側に出すことで、円滑にあとあとの話が進んでいくことだってあるのではないかな、とも思うのですが。

あるいは、市役所側と組合との話し合いのなかで決まったこと、実現したことのなかに、市民にとって結果的にプラスになったことも、いくつかあるかもしれないのですが、そこはどうして取り上げないんですかね? 組合のなかには、職場環境の改善や新規事業の提案などを通じて、市民のプラスになるようなことを提案している人もいるように思うのですが。

このように、そこでどんなことが話し合われていたのか、何がその話し合いのなかで出されて、どんなことが決まったのか。その中身を問わないで、あらゆることを「不適切な人事介入」とする見方は、かえって今後、市役所側も組合側も融通がきかなくなって、市役所のもつさまざまな業務の進行の妨げになる。その結果、不利益を市民が被ることになってしまうと思うのですが。

もうちょっと、私などは、こういった詳しいところを掘り下げてマスメディアのみなさんに取材してほしいなぁ、と思いました。そこを明らかにしないことには、ほんとうの公務員労働の姿が見えてこないような気がしました。

ちなみに、次の記事にあるような組合と行政の管理職の話し合い、情報交換って、「もたれあい」「癒着」という言葉で表現することが、ほんとうに適切なのかどうか。そこも一度、マスメディア関係者自身が疑ったほうがいいように思いました。もしもこうした話し合い、情報交換がなかったとしたら、職場が円滑にまわっていない。まわっていなかったとしたら、市民にどういう不利益が生じていたのか・・・・。そこもぜひ、冷静に考えてほしいところです。

http://www.asahi.com/kansai/news/OSK201203080042.html (労組と癒着「業務に必要」管理職本音、大阪市労組問題:朝日新聞ネット配信記事2012年3月8日付け)

<追記>

先ほどあらためて地方公務員法の職員団体の交渉事項に関する条文(55条)を見るために、『解説教育六法(2011年版)』を見ました。『解説教育六法(2011年版)』によると、この55条の3項にある「地方公共団体の事務の管理及び運営に関する事項」のなかに人事異動を含めるという判例があるそうです。だから一連の報道では、職員団体たる大阪市の労組と市役所側が、人事異動のことについて話し合っているのが問題だ、というのでしょう。

ただ、『解説教育六法(2011年版)』には、この55条3項が1965年(昭和40年)のILO87号条約の改正にともなって大幅に改正されたものであるが、その改正の結果「管理運営事項」を交渉事項から除外したことについて、次のような批判をしています。

「(2)以下の制度(=管理運営事項を交渉事項から除外したこと等。引用者注)は、「交渉」を一定の制限の下におくことを意図したものであって、本来労使間の自主的な慣行によって定められるべき性質のものである。とりわえ、交渉対象事項、交渉当事者に対する制限は、団体交渉権に対する不当な干渉であって、労使の自主交渉に委ねられるべき事項そのものだということができる。本条は、改正前の、労働協約締結を許さず書面協定のみを認めるという制度をそのまま引き継いだ。この制度は、公務員が全体の奉仕者であることを唯一の理論的根拠とし、かつ、その根拠自体、現業公務員に労働協約締結権を認めたことによってすでに破産しているものである。(後略)」

このことを、あらためて付け加えておきます。


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府立学校条例の中身が教育行政基本条例の理念と矛盾する?

2012-03-07 12:10:37 | 受験・学校

先週土曜日(3月3日)の堺市でのシンポジウムで、フロアからの発言を聴いて以来、ずっと思っていたことを書きます。それは何かというと、あたらしく大阪府知事・府教委サイドから出されてきた教育基本条例案の修正案=具体的には「教育行政基本条例案」「府立学校条例案」「職員基本条例案」の3つですが、これをていねいに見ていくと、相互に矛盾することがでてくるのではないか、ということです。

たとえば、新しく作られた大阪府の教育行政基本条例案では、前文のところで、「大阪が大切にしてきた、違いを認め合い、子ども一人ひとりの力を伸ばす教育を更に発展させること」や、「子どもたちが育った地域と大阪に誇りを」もつことができるような教育を目指すこと。また、「教育に求められる役割や保護者及び地域住民のニーズが、これまでにも増して大きく、かつ、多様になっていることを踏まえ」ると書いています。

そして、このような前文を受けて、第1条「目的」では、「保護者及び地域住民その他の関係者(以下「保護者等」という。)のニーズを踏まえつつ、子どもたちにとって将来にわたって必要となる力を育む教育の振興に資すること」を目的として、府の教育行政に関する基本的事項や府教委と知事の協力・責任などについて教育行政基本条例案を定める、としています。

となれば、もしも保護者や地域住民などが、「この府立高校は大阪に暮らすマイノリティ、たとえば中国帰国者の子どもや在日外国人の子ども、障害のある子どもなどにとって、きめこまやかな学習活動や生活指導などを行ってくれる大事な学校だから、絶対に残すべきだ」と主張したら、教育行政基本条例案の前文に書いた理念や第1条の目的に即して言えば、その学校ができる限り存続するよう、府の教育行政として対応すべきことになるのではないか、と思われます。

ところが、大阪府立学校条例案のほうでは、相変わらず、第2条の2項で、入学志願者が3年連続して定員に満たない府立高校で「その後も改善する見込みがない」と認めるものは、「再編整備」(=つまり統廃合)の対象とすると書いています。一応2条1項の「当該府立学校の特色」などの事情を「総合的に勘案し、効果的かつ効率的に配置」するという規定に照らして、マイノリティの子どもに対して特色ある教育活動を行う府立高校を残す余地もあります。ですが、やはり「3年連続定員割れ」は「再編整備」という名の統廃合を行うという規定がある以上、存続が危ぶまれる府立高校が出てくる危険性は当然残ります。

そうすると、マイノリティの教育に熱心な府立高校を残すためには、教育行政基本条例案の趣旨とはちがって、府立学校条例案第2条の趣旨に沿っていくと、教育行政よりも、学校現場の教職員や保護者、地域住民の側が積極的に動かなければならない。なにしろ「3年連続定員割れ」を回避しなければいけないわけですから。

となれば、府立学校条例案9条の「保護者等との連携協力」や12条の「学校協議会」などの動き方も、全部、変わってくる。要するに、府立学校条例の趣旨に沿って、「そんなにこの府立高校が大事ならば、学校の教職員と保護者・地域住民などの自助努力で動きなさい。そのために学校協議会とか保護者等との連携協力があるんでしょ」とかいって、教育行政は何もしない、ということも起こりうるわけです。

だから、府立学校条例案の内容どおりに今後の教育改革が進んでいけば、やっぱり、府立高校の統廃合はそれ相応に進んでいくのではないかと思われます。また、その結果、たとえばマイノリティの教育に積極的な府立高校のなかには定員割れが続き、そこに子どもを通わせている保護者や地域住民などの願いもむなしく、府立学校条例案の趣旨に沿って統廃合になるという学校も出てくるのではないでしょうか。しかも、「保護者や地域住民のニーズをふまえる」とか、大阪が大切にしてきた「違いを認め合い、子ども一人ひとりの力を伸ばす教育」を推進しようという、教育行政基本条例案の下で、こういう結果が待っているわけです。

いま、大阪の教育基本条例案の修正案として出されてきたこの教育行政基本条例案や府立学校条例案、そして職員基本条例案を読むときには、3つの条例案の相互関係を見なければいけない。また、その相互関係を見るときには、たとえば「○○くんの立場」「○○さんの立場」のように、ひとりひとりの子どもや保護者、地域住民の暮らし、そして学校現場のひとりひとりの教職員の立場などを思い浮かべながら読まなければいけないのではないか。少なくとも私はこのように考えます。

教育行政基本条例案の前文や第1条など、文言だけを見ていれば「ずいぶんソフトになったな」という印象を持って、この修正案を好意的に受け取る人もいるかもしれません。ですが、それは私にしてみると、かなり「甘い見方では?」というしかありません。

もともと1つの教育基本条例案としてまとまっていたものを、修正段階で教育行政、府立学校、職員の3つの条例案に分割した以上、やはり3つの条例案の中身の相互関係を見ておかなければいけないのではないでしょうか。3つセットにして読み解いた結果、この3条例併せて何を大阪府教委が実現しようとしているのか、府教委を動かしながら府知事、さらには橋下大阪市長が率いる大阪維新の会が何を目指そうとしているのか。そこを的確に批判していくことが必要ではないかと思います。

ちなみに、この教育行政基本条例案の前文では、「グローバル化の進展など、これからの大きく変化する社会経済情勢や国際社会」の中で、「力強く生き抜き、時代の社会を担う自立した大人」になるよう「確かな学力や豊かな人間性、健やかな体」を育むとも言います。

ただ、ここに並べられた言葉、よく読むと、ここ最近の中教審答申や学習指導要領など、文部科学省が出している文書にも出てくる言葉のようにも思えます。「こういうことがやりたいのなら、わざわざ教育行政基本条例案など作る必要なし」「すでに文科省の教育改革路線で、このようなことはうたわれている」というしかありません。もちろん、その文科省の教育改革路線自体をどう見るか、という議論も大事なのですが。

それにしても、今、ここで私が述べたようなことを、いま、大阪府議会で、きちんと議員のほうから府教委や府知事に指摘できるのかどうか。このくらいのことをきちんと指摘できないようでは、議会の見識が問われると思うのですが。同様に、もしも大阪市教委が橋下市長とともに、この府の修正案と同様のものを出してきたときに、市議会もきちんと問題点を指摘できるかどうかというところで、見識が同じく問われるわけですが。


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学校選択制への疑問がマスメディアにも出始めました。

2012-03-06 21:27:17 | ニュース

http://blog.goo.ne.jp/liveinpeace_925/e/c64d9e8519b1472b48c2921599e9687a

3月3日(土)に堺市で行われた「教育基本条例案に反対するシンポジウム」のこと、上記のブログで、的確に要点をまとめて紹介されています。私が何かあらためて報告をするよりも、こちらのブログをみていただくほうがいいように思いました。感謝の気持ちを込めて、紹介させていただきます。

さて、読売新聞で「学校選択制見直す動き」という記事が出ました。詳しくは以下をごらんください。

http://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/news2/02/20120305-OYT1T01132.htm (学校選択制見直す動き・・・・特定校に希望者集中(東京多摩):読売新聞ネット配信記事2012年3月5日)

これで「落ちこぼれゼロ法」以後のアメリカ教育改革の現状を伝えた毎日放送のVOICEの特集、朝日新聞の阿久沢悦子記者の記事に加えて、日本でも学校選択制は見直しの方向に動き始めていることが読売新聞のこの記事で出ました。

橋下教育改革は、この間、報道されているところからすると、今後、統一学力テストの結果の学校別公開と学校選択制の導入によって、大阪市内の公立小中学校の統廃合を目指しています。そのような教育改革がはたしてほんとうに子どもや保護者、地域社会の人々にとってプラスになるものなのかどうか。すでに新聞やテレビなどで報じられてきたように、橋下教育改革と似たようなことに取り組んできた他国、他自治体では、結果がでているところです。だとしたら、今までこんな改革は必要ない、むしろやらないほうが妥当だと主張してきた側のほうが、橋下教育改革を推進する側よりも根拠があるということになると思うのですが。

もしもそれでも他国、他自治体と同様の教育改革を実施するのであれば、今度は橋下氏や大阪維新の会が、「われわれのやろうとしている教育改革では、他国や他自治体で起きているような問題が生じることはないか、あってもリスクは少ない」ということを出さなければいけない。「対案を出せ」と常に言ってきたあなたたちの側の方が、今や自分たちの教育改革案の妥当性が問われる側にまわっていること。そのことを自覚していただきたいところです。

ついでに、こうしたテレビ番組や新聞の特集記事などが出ているにもかかわらず、相変わらず橋下市長・松井知事サイドから提案されている「教育基本条例案」の修正案に対して、大阪維新の会を含む大阪府議会・大阪市議会の各会派が、現在開会中の府議会・市議会において何も疑問を投げかけない、批判的な意見も出さないとしたら、それでは府議会や市議会の各議員の見識も問われます。新聞記事やテレビ番組で投げかけられている橋下教育改革への疑義ですら、府議会や市議会の各議員は知らないのでしょうか。知らないとしたら「なにやってるのか!」というところでしょうし、知っていて無視するのだとしたら「ひどい!」というしかありませんね。


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今朝の朝日新聞3面にアメリカの「落ちこぼれゼロ法」関連の記事が

2012-03-04 12:52:43 | ニュース

「20120304.pdf」をダウンロード

今朝の朝日新聞3面に、アメリカの「落ちこぼれゼロ法」関連の記事が出ています。さっそくPDFファイルにして、ここにアップしてみました。かなり大きなスペースをとった記事ですので、PDF化するときもA4用紙で2ページくらいに分けざるをえなくなりました。これでも縮小をかけているんですけど・・・・。また、もしかしたら90度右に回転させて読んだほうがいいかもしれませんが・・・・(まだこの手の作業に慣れていないので、申し訳ありません)。

内容的には先日、毎日放送VOICEの特集で伝えられたこととほぼ重なります。ダイアン・ラビッチ氏(教育学者、「落ちこぼれゼロ法」制定時はブッシュ政権の教育調査官とこの記事には記載)のインタビューですとか、ニューヨークの教育改革では貧困世帯の子どもが置き去りにされているとか。

この記事でも触れられていますが、大阪府・市で検討されている教育基本条例案(今は「教育基本3条例案」=教育行政、学校、職員の3つの基本条例案というべきでしょうけど)の中身と「落ちこぼれゼロ法」の中身が似ているとすれば、将来的には、このニューヨークの教育改革の「二の舞」になるのは、目に見えていますね。

ところで、先日、毎日放送VOICEがこの記事とほぼ重なる内容で特集を組んで放送したとき、橋下市長はツイッター上でVOICEの内容に「反論」らしきことを書いていました。今回も彼、やるんですかね?

しかし、新聞とテレビのニュース番組のちがいはあるにせよ、二度もアメリカ教育改革の「失敗」に近い現状が紹介され、その教育改革の動向が自分たちが大阪でやろうとしていることの中身に近いと、マスメディアに橋下市長らは言われたわけです。

しかも、彼らのすすめようとする教育改革構想に対しては、大阪の府民・市民の間からもいろんな形で批判や非難、異議申し立て、撤回を求める声も出ているわけですし、各地で集会や署名活動なども行われているわけですよね。日本の教育学研究者、特に大阪の教育学研究者の間からも、彼らの教育改革構想には批判や撤回を求める声もでていますしね。

そうやって考えると、橋下市長以下大阪維新の会サイドが、今度は自分たちの改革案を見直し、撤回すべきものは撤回する、修正すべきものは修正する、そういう段階に来ているんではないですかね。「案の練り直し」を求められているのは、まさに、あなたたちの側ではないのでしょうか。

新聞・テレビなどのマスメディアの伝えるところや、その番組の制作者や記事を書いた記者にかみついて、ああだ、こうだとツイッターでつぶやいている暇があれば、自分のブレーンなどに一から教育改革の構想を見直すように指示を出すべきではないのか。それもできなければ、今出している教育改革の構想は全部一旦撤回し、白紙に戻すべきではないのか。少なくとも、私としてはそう考えます。


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堺市で「教育基本条例に反対するシンポジウム」開催

2012-03-03 10:02:32 | ニュース

長崎への旅行やほかの仕事に追われていて、しばらく更新が途切れました。

私が更新をしていない間にも、大阪市では「君が代」条例ができるとか、職員アンケートを結局「破棄」するだとか、例の交通局のリストはねつ造されたものではないかという話が出るとか、いろいろと動きがありました。

子どもの学習環境とか、落ち着いて子育て中の家庭が暮らせる環境の整備とか、子どもの人権保障につながるような施策にはたいしたことしないのに、公務員や公立学校教員を脅かして、「とにかく、言うことをきかせる」ためだけの施策には熱心。どのような言い訳をしようとも、こんな行政改革は、私の立場からは「不要」というしかありません。

さて、今日3月3日(土)は、堺市民会館で、「教育基本条例に反対するシンポジウム~ともに考えよう、子どもたちの未来と大阪・堺の教育~」が開催されます。以下に開催案内が掲載されていますが、そこを見ればわかるように、私も出ます。

http://blog.livedoor.jp/woodgate1313-sakaiappeal/archives/2768112.html

ひとまず、今日のところは、このあたりにて失礼します。


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