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セールスマン

2017年06月21日 | 映画

イランのアスガー・ファルハディ監督によるサスペンスドラマ。カンヌ国際映画祭で男優賞と脚本賞、アカデミー賞では監督が2度目の外国語作品賞を受賞しましたが、トランプ政権に抗議し、授賞式をボイコットしたことも話題になりました。

セールスマン (Forushande / The Salesman)

ファルハディ監督の作品は、これまで「彼女が消えた浜辺」「別離」「ある過去の行方」と見てきましたが、私にとってはイランの現代社会への扉であり、そこに生きる人々の普通の暮らしや背景となっている文化、とりわけイスラムの信仰や思考に触れられる貴重な機会となっています。

監督の作品を通して見るイランは、女性も自分の主張をもつ民主的な社会で、意外にも私たちの生活となんら変わらないことに驚かされます。しかし物語はサスペンスタッチで展開し、イスラムならではのメンタリティが、重要なカギとなっています。2つの異なる世界観が起こす化学反応に、私はいつもうならされます。

さて本作は、隣の建設工事のせいで集合住宅が倒壊しそうになり、住民たちが慌てて避難する...という騒ぎからはじまります。高校教師で劇団俳優のエマッドと、妻で劇団女優のラナも住む場所を追われ、友人の紹介で、急きょ仮住まいに引越しますが、その後まもなく、夫の留守中に、ラナが何者かに襲われるという事件が起こります。

すぐに警察に届けようというエマッドに対し、事件が表ざたになることを恐れるラナ。ラナの気持ちを尊重しつつも、犯人への怒りを抑えきれず、残された車の鍵から独自に犯人探しをはじめたエマッドは、とうとう犯人をつきとめますが...。

最初は、これだけ証拠が残っていて、目撃者もあり、あきらかに傷害事件とわかるのだから、すぐに警察に届ければいいのにと思いましたが、警察に届けることで、よけいな詮索をされたり、自分の不用心を責められたり、事件が明るみになることでかえって傷つくことをラナは恐れたのでしょう。

一方で、ラナの気持ちを尊重して、警察には届けなかったものの、なんとか犯人を見つけ出して謝罪させたい、なんらかの罰を与えたいというエマッドの気持ちもよくわかります。

相手を痛めつけたところで納得できるわけはなく、かといって罪を赦したところで割り切れない思いはいつまでも残るでしょう。思いがけないなりゆきで事件は幕を閉じますが、夫婦の間の気持ちのずれと、葬られた真実は、これから先もしこりとなって残るような気がしました。

ラナとエマッドが所属する劇団の演目は、アーサー・ミラーの「セールスマンの死」。映画の中でも劇中劇として登場し、本作のストーリーとリンクしていることを暗示しています。映画化もされているようなので、近いうちに見てみたいと思います。

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