フランシス・マクドーマンド主演。それぞれの事情から車上生活という道を選び、アメリカの大地を移動しながら生きる高齢者たちの姿を、ドキュメンタリータッチに描いた社会派ドラマです。
社会性のあるテーマ、壮大な映像、マクドーマンドの渾身の演技に圧倒され、アカデミー賞の有力候補というのも大納得の作品でした。ただ、映画としてはすばらしかったですが、主人公の生き方に共感することは、私にはなかなか難しかったです。
冒頭、クリスマスシーズンに梱包の仕事をするために、大きなバンでAmazonの倉庫に向かう主人公ファーン(フランシス・マクドーマント)。つい先日、Amazonで労組結成の是非を問う従業員による投票の行方が注目されていたこともあり、タイムリーな展開でした。
Amazon従業員、労組結成を否決 組合側は異議(日経 2021.04.10)
Amazonのブラック労働はこれまで何度も取り沙汰されてきましたが、映画の中のファーンのことばを聞くに、彼女たちにとっては待遇がよく、働きやすい職場なのだと理解しました。たしかに国立公園の清掃や、農作物の収穫の方がずっと過酷そうでしたものね。
映画はエモーショナルな描写を避け、ドキュメンタリー風に作られていましたが、エンドロールを見て、実際にノマド生活を送っている方たちが、ご自身を演じていらっしゃることを知りました。そこに違和感なくなじむマクドーマンドの演技は見事の一言でした。
ファーンは、住んでいた企業城下町が不況のために消失し、夫が亡くなったのを機に、バンで移動しながら生活する道を選びます。でも、もしも私が生活を縮小せざるを得ない状況に陥ったとしたら、おそらくどこかの町で定住する道を選ぶだろうと思いました。
アメリカの大自然やドライブ旅行は私も好きですが、それが楽しいと感じるのも、帰る場所があってこそと思うから。それに、(誤解を招くことを恐れずにいうと) 文化的な刺激にアクセスできない生活は、おそらく私には耐えられないだろうと思います。
それはDNAに沁み込んだ、狩猟民族と農耕民族の違いでもあるかもしれません。本作とまったく状況は異なるものの「イントゥ・ザ・ワイルド」のような生き方を求める人は一定数いるのでしょう。(本作でも、アラスカを目指すという人がいました。)
ファーンには2度、定住生活を選ぶ機会がありました。1度目は妹からの誘いですが、私には妹の心配が手に取るように理解できました。でもファーンは、妹を取り巻く世界の、行き過ぎた資本主義を肯定する考え方を決して受け入れることはできなかったのでしょうね。
そして2度目の誘いはノマド仲間のデヴィッドから。家族とともに生きる道を選んだデヴィッドからサンクスギビングのディナーに招かれたファーンは、おそらく一人で生きていく以上の孤独を、この時感じたのだろうと思います。
間違いなく現代のアメリカを描きながら、どこかアメリカン・ニューシネマのテイストも感じる作品でした。