青い鳥の世界へ

人として厳しい中で生きていかなければならない中、少しでも良い世界になったら。そして、より明るく、清らかに、暖かく。

天職

2022年03月19日 | 人生設計
稲田朋美衆議院議員は、「女性の活用」を論じている。だがこれは、「男女同権」、「男女平等」と同じく、意味を持たない。
この世においては、生きとし生ける命あるものは、それぞれに天命、天性、天運を持って生きている。そこにはまた、それぞれに個性を持つ。
故に生きとし生けるものは、この天命、天性、天運を天職として、怠りなく勤め励んでこそ、性を持つものの値打ちを持ってこよう。
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トンガ沖で再び「大規模噴火」豪観測機関

2022年01月17日 | 人生設計
津波来襲とは、敵基地攻撃を受けることなり。
大雪豪雪、雪崩被害も、敵基地攻撃を受けることなり。
地震火山地滑りも、台風大雨洪水もみな、敵基地攻撃を受けるが故なり。
かって我が国は真珠湾を攻撃し、戦争を勃発させて太平洋戦争へ突入していった。1時は戦果を上げられたもののつかの間、次第に物量の差から追い詰められて玉砕や撤退していき、その果てに本土全国は空襲を受けたのみならず、広島と長崎に原爆投下を受けている。
これというのも我が国が、真珠湾に敵基地攻撃したことにある。
しかるに今日政府自民党は、中国や北朝鮮の行為に対処手段として、敵基地攻撃を議論しようとしている。
今は自然による敵基地攻撃を受けていると言えるもの。それはこれまでに自然に対して敵基地攻撃の限りを尽くしてきた反動と言わなければならない。
小賢しい人間の力の及ぶところではない。

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2021/12/09

2021年12月09日 | 人生設計
お釈迦様は、我々の苦悩の原因は「愛」であると説いている。
「愛」といっても、我々が普通に考える「愛」ではない。愛情、母性愛、夫婦愛、恋愛といった自分中心な「愛」のことを言う。
お釈迦様が言われることは、この我々中心の「愛」を満たそうとして、他から奪う、守ることにあくせくすることが「愛」であり、それが苦悩の原因と述べられている。
恐るべきことに、自分中心の「愛」、「自己愛」は、それを成し遂げようと、満たそうとして、奪う、争う、殺人、それが高じて戦争にまで発展していく。
今日は「開戦記念日」。太平洋戦争が開始された80周年記念日である。しかし非戦の思いは小さい。それは何故かというと、「資本主義」という社会構造にある。
資本主義がゆえに自己愛、自分中心愛に走っていく。
我々は、満たされようとしても、満たされるに相応しさを持ってはいるものではない。だとしたら、相手に尽くし、手を指し述べるべきである。
それを仏教では施すといい、布施という。
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幸せという欲望

2021年11月18日 | 人生設計
お釈迦は「真理の想いは、我々人間の想いに逆らうものだ」と述べられている。
生きとし生ける者は、三ツの「欲」を持っている。「食欲、性欲、物欲」があり、これは本来「生存欲」である。
それが我々人間は、更なる満足を求め、満たされることを求めて行くところから、喜怒哀楽に狂い、争いあいし、果てには戦争まで起こして殺戮しあっている。
これには願って止まない「幸せ」や「望みや願い」までもが原因になっている。
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闇と光

2021年10月23日 | 人生設計
福井新聞 慈しみの心 Mo.811

人間の心の姿には、「闇」の世界と、「光」の世界がある。
この内の「闇」の世界を、人間は好む。欲を貪り充たそうとするからである。
その為に「光」の世界を嫌う。
「光」の世界に生きるには、「したいのに、してはならない」と「したくないのに、しなければならない」世界だからだ。
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2021/10/22

2021年10月22日 | 人生設計
福井新聞 慈しみの心 No.812

夫婦は、好き合い愛し合い、助け合い労り合い睦合いしてても、それは、強固なものではなく崩れやすい。何故なら、無常のだからである。
だが無常の丗である半面、この世は「業」を持つが故に「輪廻転生」するという特質を持っている。
遠い来世において、再び同じ事象に巡り会いすることになる。故に今生において「身と心と言葉と行い」を慎み、良き来世を迎えるための種を、蒔いて行こうではないか。
ちなみに今日の事象も来世における事象も、過去世に犯した事象が表れ、現れることになる。輪廻転生するこの業を、良き形となる輪廻転生に変えて行こう。
夫婦別姓などと言っている時ではない。

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生活破壊社会

2021年07月16日 | 人生設計

我々の人間社会は、豊かで便利な生活をしようとして反対に自分の首を絞める生活破壊社会を築いている。情けないことに、科学部明文化を進化させながら、それに気が付かない。

科学文明文化によって新製品を発明させ製品方としても、その製品はいつかは破棄されることになり、ゴミになる。このゴミが環境汚染されていく。

これが製品化すると同時に、リサイクル案ができていればいいのだが、製品化によって利益追求のあまりそこはお留守にされている。

これが資本主義の実態ともいえる。これは豊かで便利さを追求していくインフラ整備にしても、道路のアスファルトやコンクリート化のために、それが高温化して温暖化していくとか、車が高速走行できるために悲惨な事故発生へと繋がっていく。

これは資本主義ばかりでなく民市主義の欠点でもある。

民主主義の基本理念は「基本的人権」にあり、「自由と平等」にあるが、しかしこの「自由と平等」は際限もない野放しにしてはならない。理性ある節度を持つものでなければならない

しかし今日の世は、それがなされず、なそうとしないでいる。それは何故かというと、「自由と平等」に理性ある節度を持たせる態度がないことにある。

理性と節度を持たせる態度とは何かというと、宗教である。宗教は、神仏が我々の行為に対して審判を下すための教えである。翻って高度の宗教となると、己自身を持っていて己自身に対して審判を下す意味持つ。

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生命の道

2021年01月20日 | 人生設計
生命の道
生命を授けれたものは 生命を受けとると同時に
生命としての生きる道を 自ずと会得している
しかれども人という生命は、生命の発生時には生命を生きる道に生きる生命であるが、成長共にこの生命は、真の生命の道から掛け離れた道へと辿って行ってしまうことになる。
そうさせたのは、成長とともに知恵に目覚めて行ったことにある。知恵は、生命の道を正しく保持していってこそ、知恵としての役割を担っていける。それが多くの人は、楽や面白いことや遊ぶこととするばかりでなく、金銭欲に物欲に権力欲を満足させ事に熱中させてる。今人は、生命を持つ者としてここに生きようとするならば、忘れ去った昔日の生命の道を蘇らせて、その元に正しき生命の道に生きたいものである。


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失われた理

2021年01月10日 | 人生設計
失われた理
 私たちが生まれ、育ち、生きていくこの世という世界には、厳しくも侵してはならない「理、真」がある。この「理、真」を「真理」という。
「真理」には、形もなく、音もなく、臭いもなく、触れることもできとるこまてない。
どこまでも深遠にして広大な世界を形成している。
ではこの広大無辺にして深遠なるこの世界は、どのような世界なのだろうか?
これは、形、形状のことではない形状でいうなら、巨大にして深遠な空間の中に、無数の素粒子が飛び交い、その素粒子同士が結合して物質となり、その物質が巨大化して天体となっていく。
ここで言いたい「どのような」というのは、こうした形状、形態のことではなく、「この世はどのような思いを持ち、気持ちを持ち、望みや願いを持って存在しているか」を問い掛けようとするものである。
何の思いも持たずにいるとは思えない。何らかの思いや願いを持って存在しているに違いないと思わずにはいられなくなる。
「思い」ということは、「心、せいしんt、、精神とも言える。
この世はどのような「心で精神」」で存在しているのか?
まず言えるの、物事を「活かす」ことを望んでいるのが知れる。滅びることは望んでいない。
ついで言えるのは「和合と融合」への願いがあり、だからこそ変化に富む森羅万象の姿を見せている。そしてこの「和合」を成り立たせるには、勝手を通そうとするところからはでてこない。
「和合、融合、調合」といったものは、厳密にいえば「感謝」の心と思いとから発しして来る。それは別に言えば「お蔭様」という心からくる。
しかしそれが「してやってる、やってやってる」という傲慢さのはなはなしいことか。
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コロナ機に一極是正=在宅勤務で地方分散―菅官房長官

2020年08月02日 | 人生設計


【越山若水】中国の三大宗教「三教」とは、儒教、道教、仏教を指す。中でも道教は古来の民間信仰の流れをくみ、老子や荘子の思想、神仙説などが融合し、漢民族が信仰する伝統的宗教である▼始祖とされる老子は、春秋戦国時代の哲学者と伝わる。「無為自然」を基本理念とし、知や欲を捨て去り道に従ってありのまま生きるよう説いた。そして政治においては「小国寡民」が重要だと唱え、読んで字のごとく「小さくて人民が少ない国」を理想郷と考えた▼その国では、兵器が使われることはなく、命がけで遠方に向かわせることもない。民衆が食事や衣服、住居、素朴な習俗に満足していれば、近隣の国をねたんで押しかける必要はない…。領土拡大にしのぎを削る春秋時代の戦乱を嫌い、老子は牧歌的な社会を望んだ▼いにしえの賢人の教えもどこ吹く風、最近の中国は「大国主義」の気配が色濃く漂う。南シナ海では勝手に設定した境界線「九段線」を根拠に領有権を主張。香港では国家安全維持法を成立させ、言論の自由や国際公約「一国二制度」を反故(ほご)にしようと画策している▼旧宗主国・英国など欧州から非難が相次ぐが、特に米国の闘争心は先鋭化。世界の大国を自任するプライドか、「対中苛烈批判」が止まらない。両国の総領事館閉鎖も火種となり“米中新冷戦”の危険な様相。お互い欲を捨て冷静にと願うばかりだ 

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小国寡民
小さい国で、国民も少ない(のが理想的である)。
いろいろな器具があっても、使わせない。
国民たちに命の大切さを考えさせ、遠くへ移り住みたいと思わせないなら、車と小舟があっても、乗っていくことなく、鎧と武器があっても、並べ(て戦争す)ることがない。
国民に、再び縄を結んで約束の印とするようにさせ(そのような古代の生活に立ち返らせ)、食事をおいしく、服を美しいと思い、住まいに満足し、風俗を楽しませれば、隣国同士お互いに見渡せ(る近さで)、鶏や犬の声がお互いに聞こえる近さでも、人々は年老いて死ぬまで、お互いに行き来しようとしない。

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