青い鳥の世界へ

人として厳しい中で生きていかなければならない中、少しでも良い世界になったら。そして、より明るく、清らかに、暖かく。

操縦不能

2009年10月31日 | 人生設計
「日本丸」は、操縦不能に、陥った。
政治は混乱し、金融経済は各所で破綻、行き詰まりし、雇用不安、信用不安、生活不安に押しつぶされ、教育界などでも薬物汚染が広がり、そこへ持ってきて「新型インフルエンザ」に脅かされている。
それは「日本丸」ばかりでなく、地方でも、企業でも、家庭でも、操縦不能に陥っている。
それは、「宇宙船 地球号」も、又操縦不能になっている。

こうした操縦不能に陥るのは、「俺が、私が」といって、自分だけが「豊かに、楽しく、楽(快適に)」になろうと、他を押しのけていこうとすることにある。そして、それを獲り合う事にある。
しかし物事には、限度というものがあり、限定されている。この限定されているものを、「俺が、私が」といって獲り合えば、必ず混乱する。そして操縦不能になる。

実は我々は、「日本丸」や「宇宙船 地球号」を正常に操縦しようとして、「豊かに、楽しく、楽(快適に)」になることでやり遂げようとしてきた。しかしそれは、間違っている。
そうした事に、ノーベル賞とか、文化勲章とか、アカデミー賞とかを得ることにいそしむけれども、それが足元を揺らがせ、即ち「大気汚染や温暖化」などまでにもなるというような操縦不能を招くということには、まったく気づかない。

今のこのような操縦不能状態を正すには、「俺が、私が」という思いを、改めるより外はない。
それは「芝居や演技」で行うものではない。
自分が、自分を、正しい方向に引っ張っていかないことには、「日本丸」も「宇宙船 地球号」も、難波してしまう。

だが、今の人間たちは、そういうことを避けて、宇宙開発に眼を向けたりして、避けて通ろうとしている。


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短歌 五十七、

2009年10月30日 | 短歌に政治や社会
★ バイキング あれもこれもと 進められ
      たらふく食べて とても満腹
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短歌 五十六、

2009年10月29日 | 短歌に政治や社会
女子大生殺人 荻野さん、明るい努力家(産経新聞) - goo ニュース


★ 苦があれば 楽と織りなし あざなえる
       受けるでもなし 流れに任せ  2009/10/29

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短歌 五十五、

2009年10月28日 | 短歌に政治や社会
★ 湯に浸り 望む窓外 晴れ晴れと
             木々は紅葉に 装う秋は

   ディサービスで、久しぶりにお風呂に浸かって、窓の外に眼をやると・・・・・

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後のことは

2009年10月27日 | 短歌に政治や社会
八ツ場ダム、必要性を再検証 前原国交相、地元に配慮(朝日新聞) - goo ニュース

何によらず、「こうすれば」とか「ああすれば」とは、言う。
しかし、その後のことは、どうなるのだろう。
ダムを作るのはいい。
だが、これまでに作られたダムは、劣化し老化してきている。
いずれ気を付けないと、崩壊する。

こうした作るだけ作りっぱなしにして、劣化し老化していき崩壊の危険が迫るということに対しては、これ又多額の費用がかかる。
この点は、国土計画の中で練られているのだろうか。

ただ、「作れ、作れ」だけでは、心もとない。
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短歌 五十四、

2009年10月26日 | 短歌に政治や社会

★ 天地の 恵みを受けて 戴くを
   依ってたかって 甘えるばかり
          
2009/10/26

    足るを知らず、欲張り、感謝せず、甘えて引っ手繰るように依存する

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内政干渉

2009年10月25日 | 短歌に政治や社会

民主政権「スポーツ庁」に難色 体協、ビジョン見えず苦慮(産経新聞) - goo ニュース

更なる、無駄遣いを、始めようとしている。

何処まで、無駄遣いやるのか・・・・

これって、内政干渉の、その上の更なる内政干渉。

国民が、国民による、国民への内政干渉。


米国による「核の傘」も、いうなれば内政干渉。
米国からの、欧州への「ミサイル供給要請」というのも、これも内政干渉。
我が国国民は、内政干渉ばかりされている。

少しも「独立、自立、自律」出来ない。

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「いらない」と言える勇気

2009年10月25日 | 短歌に政治や社会

40法人が所管省庁出身者 独法トップの天下り官僚(共同通信) - goo ニュース

今の世の中は、欲張りな者が多い。
義務教育無償化、そして高校授業料無償化されるというが、こういう高等教育を受けさせるのは外でもない、欲張りな精神を育てるものでしかないようだ。
義務教育はまだしも、高校や大学進学は、本当に勉学することに身を入れるものばかりが通うものがいるとは、限らない。
現に今日、教育界も、覚せい剤や大麻に汚染されていて、何のための高等教育界かと思ってしまう。

こうしたことは、我々が身の程を弁えないことにある。
「ある」のに、「まだ欲しがる」事や、「人より欲しがる」がために、欲張りな欲深になってくる。
もういい加減に「いらない」とか「いいえ」と言う勇気を、持って欲しいものだ。

現在来年度の国家予算編成作業中だが、あちらもこちらも「くれ、渡せ」と、分捕ることに突っ走っている。
それを、「これで間に合わせるからいらない」と引き下がるものが続けば、どれほどにか削減されていく。
しかし「天下り人」がしゃしゃり出ているようでは、削減も出来ない。

憲法第25条には、「全ての国民は、最低限度の健康で文化的生活を営む権利を有する」とある。
天下り人、それも渡りで天下りを繰り返して高級を取るのは、この憲法第25条に違反する行為とも言える。何せ、その高級は、公費である税金なのであり、外の人が貰うものを独り占めにしたり、略奪するような、私すべきものではないからである。
いい年をし、教養をつんだものなら、「いらない、いいえ」を言える、勇気ある行為をしてもらいたい。

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国を守るということ・・・・・

2009年10月24日 | 人生設計


         内なりし 欲し嫉妬し だらけにし


    己が一心 いかに整え



人間社会は、家庭は、そして自分自身も、「欲(物欲、金銭欲、権力欲、色欲)、嫉妬(怒り、恨み、復讐報復、制裁心)、だらけ(豊かさの中で楽しく楽をしようとして忍耐心がない)」事から乱れ、争い、犯罪が起こり、覚せい剤など薬やアルコールに犯される。


そうした「欲、嫉妬、だらけ」しようとする自分の心構えを整えなければ、人間が人間に対して悲惨な構図を描いてゆく。
 
「国防」、あるいは「国家構築、社会再生」とは、こうした人間育成、それも「自分で自分を育成」していかなければならない。

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掲示板 九、

2009年10月22日 | 人生設計
>>>
あなたは「国防」を放棄して良いと思っておられるのでしょう?
また、国内の有様をどの様にすれば良いのでしょうか?
例えば、高校授業料無料化はどの様な意味があるのでしょうか?

在日特権など前世紀的な裏事情をその侭にして置いても良いと思われるのでしょうか?


この問いへの返答の前に、「自律心」と、「現場、前線感」を持って頂かなければなりませんね。
「自律心」とは、「自分で自分を鍛え、律する」ということ。
「現場、前線感」というのは、「国防」云々というものも、その最前線の現場に立つつもりで述べないことには、ただの言葉だけのものになってしまいます。
たとえば、先の自民党の二代の首相は、一人は憲法改正(九条)して、自衛隊の海外派兵するようなことを言っていましたが、いざとなったら政権を投げ出してしまったし、次の首相も、「情けないほど苦労している」などと泣き言や恨み言を言って、これ又政権を投げ出してしまった。こういう風に、「現場や最前線」に立つと腰砕けになるようでは、国防論も怪しくなります。
米大統領も、イラク開戦しながら、戦闘地視察はたったの一時間ほどで、それも及び腰だったという。
又この世界最強を誇る米軍も、前線兵はストレスから「覚せい剤やヘロインのなどの薬」に犯され、性犯罪などを起こしています。
いったん事ある時、有事の時には、敵ばかりか、見方の同朋も銃弾や砲弾、ミサイル弾にすく傍で傷ついているのを見る時、平成ではいられなくなるものでしょう。

現場や前線は、これほどにむごいものです。
簡単に「国防、国防」とは言いますが、それに伴う「犠牲の多さ」と向かい合う時、敗戦を経験した我々は、又こうした犠牲を出すべきでしょうか。

無論北朝鮮などの挑発行為は、気にかかります。
しかしそうしたものは、「自発的」なものとみなせば、そのままに受け止めるより外はないと思います。
「自発的」とは、自然災害と同様なもの、あるいは感染症流行みたいなものとみなして、そうしたことに対してくじけないでいることが、真の国防と言えはしないでしょうか。
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