9月8日付 産経新聞【正論】より
主権回復の日で国家を考えよう 東京大学名誉教授・小堀桂一郎氏
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110908/plc11090802520004-n1.htm
本日、9月8日は、昭和26年のこの日にサンフランシスコで日本対連合国の講和条約が調印されてから丁度60周年に当つてゐる。折から自民党は、同条約がその翌年の4月28日に法的効力を発生したことをふまへて、この日を「主権回復記念日」と呼び、国民の祝日の一に加へる法案をまとめ、8月26日に衆議院に提出した。その改正法案の主部は次の通りである。
≪記念日制定へ改正法案提出≫
〈一 国民の祝日として、新たに主権回復記念日を加えること/二 主権回復記念日は四月二十八日とすること/三 主権回復記念日の意義は「苦難の占領期を経て主権を回復したことを記念し、国の真の独立の意味に思いをいたす」とすること〉といふのだが、具体的には現行の「国民の祝日に関する法律」の第2条に列記されてゐる各祝日の春分の日の次に、右に記した新しい祝日の名と日付が書き加へられ、内容を示す欄に、右の三に記した「意義」が掲げられることになるだらう。
既に提出済みの改正案であるが、実際に法案の審議に入り、願はくは順調な成立の運びとなるのは、秋の臨時国会でのことにならうとの予測である。
而(しか)して、顧みれば14年昔の平成9年のことになるが、その年の4月28日に、45回目の主権回復の記念日を祝ふための国民集会を同憂の士を糾合して開催し、それ以来、連年一度も欠かすことなく、この集会を重ねてきた主権回復記念日制定運動の呼びかけ人から見るに、漸(ようや)くここまで漕ぎ着けることができたのかとの感慨はやはり浅からぬものがある。
運動を進めてゆく過程で私ども呼びかけ人(入江隆則、井尻千男両氏と筆者)が切実に懐(いだ)いた認識は、民間人の一部がいくら旺盛なる論陣を張らうとも、それは所詮は市井の民の呟(つぶや)き声にすぎない、法の改正を目指す以上はやはり立法府の議員諸氏の同調と実動を得なければ、事の成就は至難、といふより要するに不可能といふことだつた。
≪第11回国民集会で新たな流れ≫
運動に共鳴してくださる政治家は少数ながら発足当時から居(お)られたのだが、それはまあ個人の立場からの支援の範囲内にあつた。それが、平成19年の第11回国民集会に、「伝統と創造の会」を名告(なの)るいはゆる一年生議員の代議士諸氏が一斉に参加し、清冽(せいれつ)な気概をこめて壇上から記念日の制定を呼びかけてくれたときに、明らかに新しい流れができた。
祝日といふ名の休日の数が多すぎる、また一つ、ふやさうといふのか、との疑念に対しては、現行の5月3日の憲法記念日を、むしろ“国恥記念日”として祝日から消してしまへばよい、との意見が壇上の発言者から出て、哄笑(こうしょう)と盛大な拍手喝采を受けたことも、鮮明に記憶に残つてゐる。
この元気のよい若手代議士諸氏のうちのかなりの人が一昨年8月の選挙に敗れて、現在、雌伏を余儀なくされてゐるが、生き残つて二年生議員となつた人々が中心となつて、「4月28日を主権回復記念日にする議員連盟」が結成され、そして、今回の祝日法改正案の提出といふ実践行動に出て下さつたのである。
独立国家主権の尊厳を確乎(かっこ)として認識せよ、との呼びかけは、この運動の同志たちがここ15年来、声を涸(から)して叫び続けてきた警世の悲願である。隣国からの威嚇に慴伏(しょうふく)して靖國神社への参拝にも踏み出せない内閣総理大臣、荒唐無稽なる歴史認識とやらの言ひがかりに屈服して、教科書の編纂(へんさん)にすら周辺諸国の顔色を窺(うかが)つてきた教育界、米国の年次改革要望書なる歴然たる内政干渉に屈して、迎合と隷従の売国的対応を続けてきた政・財界。一昨年に民主党政権が成立して以降、事態は決定的に悪くなつた。
≪領土・領海で政府は気力なし≫
北朝鮮の国家機関による多数の我(わ)が同胞の誘拐・拘束といふ人権蹂躙(じゅうりん)、明白なる国家主権の侵害に対し、政府は既に解決の気力を有してはゐないと映る。韓国による島根県竹島への侵略と不法占拠に対し、政府は、唯(ただ)、拱手(きょうしゅ)傍観を決めこむの怯懦(きょうだ)に終始するばかりであり、沖縄県尖閣諸島への度重なる領海侵犯事件に対しても、政府はもしや国民を裏切つて中国の言ひ分の方に肩入れをしてゐるのではないか、と思はれる軟弱な対応しか見せてゐない。我が国を潜在敵国に売渡す法制そのものである外国人への参政権付与も、まだ諦めてはゐない様子である。
かうした政・財界のみならず、広く思想・言論界一般にわたる、且(か)つ年来の集積によつて、痼疾(こしつ)症状となつてゐる亡国的売国的現象を一つの象徴的な呼名で呼ぶとすれば、それは国家主権の尊厳に対する認識の欠落であり、亡失である。それ故に、個々の難題への具体的な対処を論ずる前に、是も象徴的な一言を以つて要点を指摘するとすれば、国家主権意識への開眼と尊信が、今や国民的に急を要する課題である。そのわかり易(やす)い手がかりとして、主権回復記念日を制定しようとの立法活動には、満腔(まんこう)の期待を表明しておく。(こぼり けいいちろう)
主権回復の日で国家を考えよう 東京大学名誉教授・小堀桂一郎氏
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110908/plc11090802520004-n1.htm
本日、9月8日は、昭和26年のこの日にサンフランシスコで日本対連合国の講和条約が調印されてから丁度60周年に当つてゐる。折から自民党は、同条約がその翌年の4月28日に法的効力を発生したことをふまへて、この日を「主権回復記念日」と呼び、国民の祝日の一に加へる法案をまとめ、8月26日に衆議院に提出した。その改正法案の主部は次の通りである。
≪記念日制定へ改正法案提出≫
〈一 国民の祝日として、新たに主権回復記念日を加えること/二 主権回復記念日は四月二十八日とすること/三 主権回復記念日の意義は「苦難の占領期を経て主権を回復したことを記念し、国の真の独立の意味に思いをいたす」とすること〉といふのだが、具体的には現行の「国民の祝日に関する法律」の第2条に列記されてゐる各祝日の春分の日の次に、右に記した新しい祝日の名と日付が書き加へられ、内容を示す欄に、右の三に記した「意義」が掲げられることになるだらう。
既に提出済みの改正案であるが、実際に法案の審議に入り、願はくは順調な成立の運びとなるのは、秋の臨時国会でのことにならうとの予測である。
而(しか)して、顧みれば14年昔の平成9年のことになるが、その年の4月28日に、45回目の主権回復の記念日を祝ふための国民集会を同憂の士を糾合して開催し、それ以来、連年一度も欠かすことなく、この集会を重ねてきた主権回復記念日制定運動の呼びかけ人から見るに、漸(ようや)くここまで漕ぎ着けることができたのかとの感慨はやはり浅からぬものがある。
運動を進めてゆく過程で私ども呼びかけ人(入江隆則、井尻千男両氏と筆者)が切実に懐(いだ)いた認識は、民間人の一部がいくら旺盛なる論陣を張らうとも、それは所詮は市井の民の呟(つぶや)き声にすぎない、法の改正を目指す以上はやはり立法府の議員諸氏の同調と実動を得なければ、事の成就は至難、といふより要するに不可能といふことだつた。
≪第11回国民集会で新たな流れ≫
運動に共鳴してくださる政治家は少数ながら発足当時から居(お)られたのだが、それはまあ個人の立場からの支援の範囲内にあつた。それが、平成19年の第11回国民集会に、「伝統と創造の会」を名告(なの)るいはゆる一年生議員の代議士諸氏が一斉に参加し、清冽(せいれつ)な気概をこめて壇上から記念日の制定を呼びかけてくれたときに、明らかに新しい流れができた。
祝日といふ名の休日の数が多すぎる、また一つ、ふやさうといふのか、との疑念に対しては、現行の5月3日の憲法記念日を、むしろ“国恥記念日”として祝日から消してしまへばよい、との意見が壇上の発言者から出て、哄笑(こうしょう)と盛大な拍手喝采を受けたことも、鮮明に記憶に残つてゐる。
この元気のよい若手代議士諸氏のうちのかなりの人が一昨年8月の選挙に敗れて、現在、雌伏を余儀なくされてゐるが、生き残つて二年生議員となつた人々が中心となつて、「4月28日を主権回復記念日にする議員連盟」が結成され、そして、今回の祝日法改正案の提出といふ実践行動に出て下さつたのである。
独立国家主権の尊厳を確乎(かっこ)として認識せよ、との呼びかけは、この運動の同志たちがここ15年来、声を涸(から)して叫び続けてきた警世の悲願である。隣国からの威嚇に慴伏(しょうふく)して靖國神社への参拝にも踏み出せない内閣総理大臣、荒唐無稽なる歴史認識とやらの言ひがかりに屈服して、教科書の編纂(へんさん)にすら周辺諸国の顔色を窺(うかが)つてきた教育界、米国の年次改革要望書なる歴然たる内政干渉に屈して、迎合と隷従の売国的対応を続けてきた政・財界。一昨年に民主党政権が成立して以降、事態は決定的に悪くなつた。
≪領土・領海で政府は気力なし≫
北朝鮮の国家機関による多数の我(わ)が同胞の誘拐・拘束といふ人権蹂躙(じゅうりん)、明白なる国家主権の侵害に対し、政府は既に解決の気力を有してはゐないと映る。韓国による島根県竹島への侵略と不法占拠に対し、政府は、唯(ただ)、拱手(きょうしゅ)傍観を決めこむの怯懦(きょうだ)に終始するばかりであり、沖縄県尖閣諸島への度重なる領海侵犯事件に対しても、政府はもしや国民を裏切つて中国の言ひ分の方に肩入れをしてゐるのではないか、と思はれる軟弱な対応しか見せてゐない。我が国を潜在敵国に売渡す法制そのものである外国人への参政権付与も、まだ諦めてはゐない様子である。
かうした政・財界のみならず、広く思想・言論界一般にわたる、且(か)つ年来の集積によつて、痼疾(こしつ)症状となつてゐる亡国的売国的現象を一つの象徴的な呼名で呼ぶとすれば、それは国家主権の尊厳に対する認識の欠落であり、亡失である。それ故に、個々の難題への具体的な対処を論ずる前に、是も象徴的な一言を以つて要点を指摘するとすれば、国家主権意識への開眼と尊信が、今や国民的に急を要する課題である。そのわかり易(やす)い手がかりとして、主権回復記念日を制定しようとの立法活動には、満腔(まんこう)の期待を表明しておく。(こぼり けいいちろう)