二葉鍼灸療院 院長のドタバタ活動日記

私が日頃行っている活動や、日々の鍼灸臨床で感じたことなどを綴っていきたいと思います。

2011年を迎えて思う

2011年01月08日 | 言葉のちから 心のちから
2011年も8日が過ぎました。正月からバタバタと忙しく、「今年も忙しい一年になりそ~」と、そんな予感がするのでした。

ブログのドタバタ活動日記も正月から五つほど書く項目があるのですが、ちょっとしたトラブルもあり、忙しくもあり、ブログの神様が降臨して来たら一気に書きたいと思います。その時は「長い」なんて言わずにお付き合いくださいませ~。

いつも朝、診療前に目を通している本から、2011年の新鮮なココロで感じた言葉を、一つ二つ…三つ四つ 記しておきたいと思います。

☆ 生きる力 ☆
≪およそ人間としてこの世に生まれ、人間として人生に活きるために、第一に知らねばならぬことは、人間の”いのち”に生まれながらにして与えられた、生きる力に対する法則である。
まこと、自分の”いのち”の中に与えられた、力の法則というものを、正しく理解して人生に活きる人は、真に限りなき強さと、歓喜と、沈着と、平和とを、作ろうと思わなくても出来上がってくるように出来ているのである。
それを一番先に、われわれは知らねばならない。≫

『中村天風 一日一言』  中村天風財団[編]


人間の可能性、様々な人生の答えは、自分の内にあり、それは、どの人にも同様に与えられた力だということですかね。自分を見つめろってことでしょう。

☆ 憤なくして大成はなし ☆
≪「憤の一字は、是れ進学の機関なり。舜何人(しゅんなんぴと)ぞや、予何人(よなんぴと)ぞやとは、方(まさ)に是れ憤なり。」

【訳】憤とは発憤すること。「なにくそ」「負けてたまるか」という奮い立つ心をいう。この憤の一字が学問を進展させる機関車のようなものである。
孔子の弟子の顔淵が発奮していった「(古代の聖人)舜も、自分も、人間ではないか」という言葉、これはまさに憤である。≫

『佐藤一斎 一日一言 ~「言志四録」を読む~」』  渡邉五郎三郎 監修


自分の志(目的)を人生において持てば、そこへ向かっていくために憤という気持ちは大切ですね。その気持ちは相手ではなく、常に自分の心に注がれるものなのでしょう。
元楽天ゴールデンイーグルス監督の野村克也さんが書いた本に『敵は我にあり』という本があります。これ高校時代の私のバイブルみたいなものでした。

☆ 元亨利貞(げんこうりてい) ☆
≪「乾(けん)は元(おお)いに亨(とお)りて貞(ただ)しきに利(よ)ろし」

 「乾」は、偉大なる天の働きであり、天道を司る根本を言う。
 「元」は、物事の始まり、元旦の元である。ここを初めとして万物が生じる。
 「亨」は、通る、通じる。生じた万物が育っていくということ。
 「利」は、収穫、実り。万物が育っていけば、必ず実りがある。
 「貞」は、正しい。実りが正しいものであれば、それは堅く守られていく。

「元亨利貞」は、乾の働きに従って正しく行うならば万事順調に進むことを教えている。これは易経の教えの根幹である。
また、これはそれぞれ春夏秋冬にあてられる。春に生じたものが、夏に大きく育つ。秋に豊作となり、実る。実ったものが固くなって。やがて落ちて大地に還元される。この無窮に繰り返す変化の原理原則が「元亨利貞」。これを「常態」といい、物事の成就の道を示している。一方、原理原則に外れるものは「変態」であり、中途挫折の道となる。
「元亨利貞」は、原理原則に従う大切さを教えている。≫

『「易経」一日一言」  竹村亞希子 編集


人生や世の中に起きることは常に変化の中にあり、大きな自然の原理原則で動いているのでしょう。その動きに耳を澄まし、心を向け、それに従い行動することが大事なのでしょうね。

☆ 志を高く ☆
≪「山高くして、月上ること遅し」
高い山の麓にいると、月の出てくるのも遅い。山が高いからなかなか月が見えない。つまり、自分の志が高いゆえに、自分の願いに到達することが遅く、なかなか叶えられないという意味です。
それでも諦めることなく、初心を貫き、大きな志に挑む。こういう考え方がとても大切だと思います。≫

『鍵山秀三郎 「一日一言」 人生の磨き方・掃除の哲学・人生の心得』  鍵山秀三郎 著


志が高ければ高いほど難き道ではあるけれど、志を高く持った人はその困難にネバーギブアップの精神で挑む、その自覚と決意を認識しなければいけませんね。その高き志の山に登った時の月は絶景でしょう~ね。

2011年を迎え、最初に出会った言葉さんたちでした。

二葉鍼灸療院 田中良和
コメント
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