「宇宙」のイメージ

2005年10月14日 | 心の教育

 ところで、ここでネット学生のみなさんにうかがいたいと思います。

 みなさんは、「宇宙」という言葉を聞くと、頭にどんなイメージが浮かぶでしょう?

 これまでいろいろな方に聞いてきてもっとも多かった答えは、「夜空」つまり「無数の星が輝いているが大部分は暗黒の、自分の向こう側にある広大な空間」です。

 それに加えて、宇宙飛行士とその向こうの青く輝く地球や、火星や土星の写真を思い浮かべる人もいます。

 それは、おそらくまちがいなく、これまで見た学習図鑑やテレビ映像などの影響だと思われます。

 しかし、ここでよく考えてみたいのですが、そういう宇宙は、言葉の定義としても事実としても、ほんとうの「全宇宙」ではないのではないでしょうか?

 地球も生命も私も含んでいなければ、ほんとうの全体ではなく、したがって「全宇宙」とはいえません。……ですよね?

 私や地球がこちらにあって宇宙は向こうにあるというのは、ごくごくふつうの見方ですが、よく考えるとほんとうの「全宇宙」を捉えた見方とはいえない、と私は思うのですが、どう思われますか?

 テレビの宇宙関係の番組でもしょっちゅうこういう見方で「宇宙」が語られていますが、それは「地球外空間」と呼んだほうが正確なのではないか、と私は思うのですが。

 そういうい言い方がふつうになっているのは、すでにお話ししたように、近代科学の主客分離の認識方法が、そのまま日常のものの見方にまで浸透した結果、私・主体と宇宙・客体は分離していて、私はこちら、宇宙は向こうにあるという――あえて厳密・正確にいえば――錯覚が当たり前になっているからだと思われます。

 しかし、くどいようですが、よく考えて見ましょう。

 私たちは宇宙の中に宇宙の生み出した宇宙の一部として存在している、というのがより正確な事実なのではないでしょうか。

 そしてほんとうの全宇宙は、地球とそこに住む無数の生命と、そして私と私の心を含んでいます。

 だとすれば、常識からは一見奇妙な言い方に聞こえるかもしれませんが、「宇宙には、ただ物質と空間があるだけではなく、その一部としていのちも心もある」といわざるをえません。

 それは、暗黒の宇宙空間にオカルティックないのちや心があるということではなく、宇宙の一部として私たちのいのちも心もある、ということですが。

 そうした点について、現代の一流の科学者たちはどういっているのでしょう。

 フランスの代表的な物理学者、生物学者、人類学者に、エコロジストがインタヴューした本(リーヴス他『世界でいちばん美しい物語』木村恵一訳、筑摩書房)から引用してみましょう(読みやすくするために、改行、1行空けを加えました。斜体は筆者によるものです)。

 では、科学はいったいどのような驚くべき事実を明らかにしたのか。

 それは、150億年前からずっと同じ1つの冒険が続いており、宇宙と生命と人類とをあたかも長大な叙事詩の各章のように結びつけている、ということだ。

 ビッグバンから知性にいたるまで、同じ1つの進化の過程が進行し、素粒子、原子、分子、星、細胞、有機体、生物、さらにはこの人間という奇妙な動物へと、より複雑性が増す方向へ進んでいる。

 すべてが同じ鎖でつながれ、同じ運動によって引き起こされている。

 私たちはサルやバクテリアの子孫だが、また星や銀河の子孫でもある。

 私たちの体を構成する物質はかつて宇宙を作り上げた物質にほかならない。

 私たちはまさしく星の子なのだ。
                                                        (9~10頁)

 宇宙は静的なものではなく……この点が特に重要ですが、物質は徐々に組織化されていく、ということです。

 ……単純なものから複雑なものへ、効率の低いものからより高いものへと移行していくのです。

 宇宙の歴史、それは物質が自らを組織化していく歴史なのです。
                                                          (41頁) 

 ここではっきりと「私たちはまさしく星の子なのだ」といっているのは、ロマンティストの詩人などでなく、まぎれもなく科学者だということに注目してください。

 現代科学の標準的な仮説によれば、宇宙の進化史は、物質が自らを組織化・複雑化していく歴史であり、私たちも宇宙の1部、その歴史の1部だ、ということになるのです。

 ところで、宇宙がビッグバンの直前、極度に凝縮した極微のエネルギーの球だったとして、さらにその前は何だったのか、気になりませんか。

現代の物理学者には、そこまで考えた人がいます。ロシア出身で現在アメリカ国籍の物理学者ビレンキンという人です。

彼によれば、宇宙は、時間、空間、物質、エネルギーがすべてないという意味での「無」から始まったといいます。

 「宇宙は〝無〟の世界からトンネルをくぐってひょっこり顔を現わした、ちっぽけな閉じた時空です。ただちにインフレーションを起こして1人前の宇宙になり、熱いビッグバンを経て物質をつくり出したのです。私たちは星の子であり、超新星の子であり、〝無〟の子でもあるのです」(『宇宙創生に挑むパイオニア』日本放送出版協会)

 ビレンキンの説は、まだ定説・標準的仮説というところまでいってはいませんが、けっしてデタラメな思いつきではなく、やがて定説になる可能性の高い、有力な仮説の1つと考えられているようです。

 これは最先端の物理学、宇宙論の話なのですが、もうまるで仏教の『般若心経』の世界のようでもあります。

 「色即是空」、つまり色=色や形に現われたもの=物質的現象はすなわち「無」の子だというのですから。

 (といっても、私たちの考えでは、ほんとうの全宇宙は、外面・物質面だけでなく、内面・精神面をも含んでいますから、これは「外面と内面が対応している」ということであって、「同じことをいっている」わけではありませんが。)

人気blogランキングへ

にほんブログ村 教育ブログへ

*写真は白鳥座~ペルセウス座の天の川。国立天文台提供。