
私を誘惑したすみえちゃんの家の近くの友達の実家。
ここに、高校、大学の頃、コグレ楽器で買ったグヤトーン
のZIPというアンプとフェンダー・ムスタングを持ち込ん
でバンドの練習をしたのだ。いわゆる「自宅スタジオ」。
今は、誰も住んでいないみたい。
青柳さんは、ファズガキ隊という名前のバンドで、すみえ
ちゃんの誘惑の言葉とは関係なく、高校1年の時に好き
だった女の子の事が忘れられないという歌をつくって演奏
したのだ(笑)。
路上音楽情報紙「ダダ」編集発行人・青柳文信
http://pub.ne.jp/solo_solo/
追記・大月小学校の近くには、新しい道ができて「めー
ちゃん」の実家の商店はない。移転したのだな。近くの
パンクの好きなハラくんの家の床屋はあった(笑)。
K小とK中で同級生だったものです。
でも一度も青柳さんと同じクラスにならなかったので、覚えていらっしゃらないと思いますが…。
青柳さんは6年生(?)のときに転校されてきたので、クラスは違いましたが「どんな人が来たのかな?」と少し注目しました。
すみえちゃん = Hさんですよね。
懐かしいですね。
うーん。どんなエピソードがあったのかな?(^^)
では。
今後の活動頑張って下さい!
何か、プチ同窓会みたいですね(笑)。足
利には、もううちの親も住んでいないので、
立ち寄るべき家もないのですが、ここ最近は、
足利によく遊びにいっています。
何か、街全体がテーマパークのように見え
るのです。大学に行くために足利をはなれた
のが20年以上前。しかし、街中には子ども
時代のなつかしい思い出の建物や風景がある。
かと思えば、新しい道路や建物ができて「へ
ぇ~、こんなんなったの!!」って驚いたり
(特に、北郷地区は新しい道がたくさんでき
てますよね。本当に、びっくりします)。
今年もあたたかくなったら、足利にバイク
で行こうと思っています。また何かの機会に
会えるといいですね。結構、小学、中学の同
級生の名前は覚えているもので、きっと私も
記憶が残っていると思います。
書き込みありがとうございます。また、遊
びにきて下さい。
青柳文信
追記・足利は私達が生まれた1965年66年に日本
で最初のエレキ禁止令を出しました。だから、と
いうわけではないのですが、この年に生まれた足
利のミュージシャンは現在でも本気で音楽活動を
している人がたくさんいます。
北郷地区では、サッカー少年だった「まつ」。
彼は、今、渋さ知らズというジャズ系のバンド
に入って活動しています。日本の良心と言って
もよい素晴らしいバンドのメンバーです。
かくいう私も北郷中学の1年生の時にギター
に出会って、今の今まで酔っ払ったまま演奏を
続けています。「なんだかなぁ~」と時々、思
いますが、結構、楽しくやっています。では。