「気がついたら、戦争になっていた」。戦争経験者のそんな言葉をよく耳にする。今朝、北のミサイルを日本が迎撃し、それを不服として、さらにミサイルが放たれたら「交戦状態」になっていたかもしれない。今、北との関係をどうすべきか真剣に考えなければと思う。「他人を殺すのは嫌だ。殺されるのも嫌だ」と歌うのは、大切な事だけれど、ならばどうするかを考えなければならない。路上音楽情報紙ダダ・青柳文信
「さて、飯」と入った蕎麦屋。お腹がペコペコという訳ではないので、頼んだのは500円也の唐揚げ定食。でも、これが凄いボリュームなのだ。キャベツは、ふわッとではなく「ギュー詰め」で山盛り。唐揚げは、肉厚の大きなものがゴロっと6個。「3個でも、十分、腹一杯」と思いながら食す。しかしながら、地方都市の食べ物屋は素晴らしい。「ごゆっくり」という言葉にも心がこもっているし、どこの店も「納得できるもの」を出してくる。「こうでなくちゃな」と。ただ、くだんの定食屋は、やり過ぎかな? 食べ盛りの若者でないとこの分量の完食は難しい。残す人が多くても商いは、成り立つのかもしれないけれど「残されるの覚悟」の料理はもったいないな。路上音楽情報紙ダダ・青柳文信
「かなり北にある」と思うのだけれど、蒸して、暑い。こんな時は、シンプルなかき氷がよいのだけれど、売っている店がない。やっと見つけた所は、店内に机や椅子のないスタンドのような店、「外で食うのか?」と思ったけれど、ゲット。「やっぱ、うまし」(笑)。路上音楽情報紙ダダ・青柳文信
宇都宮の街を徘徊。気になるのは、楽器店や音楽の情報。凄いポスターを発見!! クールスと銀蠅とコニーの共演。宇都宮にジャズなんてないけれど、ロックンロールはあるかもしらねぇな。路上音楽情報紙ダダ・青柳文信
少し歌うと、汗びっちょ。吹き出した汗が、ピグノースのボディーを伝う。1時間ほど歌って終了。アーケードを東武宇都宮方面に歩いて、バックビートというギター屋を右折、そして、すぐ左折。カヨという飲み屋の看板を気にしながら、すぐ左折、リッチーズギターバーへ。ここは、青柳さんの最高の休日の「隠れ家」の一つ。ギターはあるし、ここにいると「東京の暮らし」を忘れることができる。路上音楽情報紙ダダ・青柳文信
宇都宮で下車。歌う。宇都宮では、JRのデッキ、旧・新星堂楽器前、パルコ前とか色々な所で演奏してきたけれど、ここが一番、通行人の反応がいい。ただ、最近は、道路の方まで、イスや机を出す飲み屋が増えてきた。ここで、ずっと歌いたいのだが・・・。路上音楽情報紙ダダ・青柳文信
「日本再生」というキャッチ・フレーズで、女性社長を主役とする新聞をつくっていた事がある。媒体は、すこぶる好調であったが、青柳さんが抜けることで廃刊となった。あのまま媒体を出し続けていたら、ここには、あの出版社の社長の写真があったはず。青柳さんに、後悔はまったくないけれど、「もったいなかった」とは思うのだ(笑)。路上音楽情報紙ダダ・青柳文信
新宿歌舞伎町のカバチヤに、足利南高校時代の同級生、イマイアキノブくんの演奏を見に。郡山で大破したという60年代のギルドが復活。神サウンドを響かせた。今くんも、前々以上に、よくなった音に喜んで、いつもなら、アンプラグドの曲は、1ステージに1曲程度なのだけれど、何曲も繰り返した。イマイくんの生歌と極上のアコースティック・サウンド。最高の歌会となった。行ってよかった!! 路上音楽情報紙『ダダ』編集発行人・青柳文信
先週、黒澤楽器の福引で当たったマーシャルアンプが運ばれてきた。「青柳さんが、51歳にしてレスポール、ゲット」も爆発力のあるネタになった。その話の落としに使ったマーシャルアンプがついに手元に。さてさて、この新しい武器でどんな歌ができるのやら。来年の今頃には、ラモーズみたいなバンドを組んでいたりして(笑)。路上音楽情報紙ダダ・青柳文信