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ブログ版 シュプリッターエコー

宇宙へのいざない―藤本由紀夫展

2007-07-21 21:51:42 | 美術
 阪神電車を香櫨園(こうろえん)駅で降りて少し西へ歩いたところに西宮市大谷記念美術館があります。
 昭和電極社長だった大谷竹次郎が西宮市に寄贈した美術コレクションと宅地をもとに1972年にオープンした美術館で、豊かな緑と水の庭園でも有名です。
 そこでいま藤本由紀夫展が開かれています。
 「哲学的玩具(がんぐ)」と銘(めい)打って「音」が主役の展覧会です。

 どれも端正な、むしろ小ぶりの作品です。
 見る人、というよりこの場合は、聴(き)く人、といったほうがいいでしょう。
 聴く人は、その精巧な作品の前にたたずんでは、ネジのツマミをコリコリと巻いて、しばらく耳を傾けます。
 音を出すのは、ミニ鍵盤(けんばん)みたいな金属板とシリンダーを組み合わせた、ちょっと夢の世界のような、あのオルゴールの器械です。
 それがそのまま音のお城のように幾つもの皿に載っていたり、箱の中に仕込まれていたり、ときにはテーブルの中に埋め込まれていたりして、魔法のようなきれいな響きを立てるのです。

 強調しておかないといけないのは、多くの場合、一つのオルゴールが放つ音は、ごく限られた音程の、ほとんど単発的な「音」そのもので、決してメロディーを持った「音楽」ではないということです。
 人びとはちょうど地下に埋められた水琴窟(すいきんくつ)のかすかな水滴に聴き入るように、作品の澄んだ響きに耳を傾けるというわけです。

 不意に気づかされるのは、ぼくたちはその純粋な一滴の音とともに、圧倒的な沈黙を、まさしく同時に「聴いて」いるということです。
 そしてその沈黙は、この美術館の中だけではなく、地平線を一気に超えて、宇宙の果てにまで広がっている沈黙です。
 ちょっとめまいを感じます。
 だって、その無限大の沈黙は、音のその一しずくを外から包んでいるようにみえるのですが、ひょっとしたらその一しずくの内部にあるかもしれません。
 だとすると、針先ほどの音の一瞬の現れに、無限の宇宙がそっくりはいっているということになるのです。

 ぼくは宇宙の中にあって、けれど、その宇宙はぼくの中にあって…?
 ぼくらは宇宙と入れ子構造にあるのかもしれません。
 心をそんな迷宮へ誘ってくれる展覧会です。

                  ☆
 藤本由紀夫展「哲学的玩具」は8月5日まで西宮市中浜町4の西宮市大谷記念美術館で。一般500円、大高生300円、中小生200円。水曜休館。電話0798.33.0164