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うららかな春の陽射しを浴びて開花した一株のスミレ。目の前に座っている石仏が気
になって仕方がありません。しばらくは声を掛けることをためらっていたのですが、我
慢できなくなって呼びかけてしまいました。
スミレ: あの~、そこの石仏さん。ちょっといいですか?モシモシ、石仏さん!
石仏 : ン?誰かが私を呼んだみたいですけれども、気のせいですね、きっと。
スミレ: 呼んだわよ。私が呼んだの。ここよ、ココ。振り向いて、こっちを見てよ。
石仏 : こっちとはどちらでしょうか?振り向いてみたものの、やはり誰もおりませんね。
スミレ: チョット~、こんなにキレイな色で可愛く咲いている私が目に入らないの?ココ!
石仏 : ア~、何だ、花ですか。
スミレ: 「何だ、花ですか・・・」ってひどい言い方ね。ズ~ッと寝てばかりいたから、
寝ボケているんじゃないの?
石仏 : あなたの言い方も失礼ですよ。私は寝ていたのではなく、思索しておったので
す。
スミレ: 「シサク」ですって?何、ソレ。
石仏 : ア、失礼!ついつい難しい言葉を使ってしまいました。要するに、いろいろと考え
を巡らせておったということです。
スミレ: ホントに?まぁ、いいか。私はスミレよ。アリさんが私をここに運んでくれたの。
石仏 : オヤオヤ、アリがあなたを連れて来たのですか。こんなに大きなものを運ぶと
は、アリもご苦労でしたね。さぞかし疲れたことでしょう。かわいそうに。
スミレ: フフフ、何も知らないのね。アリさんが運んだのはタネよ。私がまだ小さなタネの
状態だった時に、ここまで運んでくれたの。
石仏 : ということは、変身したのですね。タネから今の姿に。
スミレ: あなたって、オモシロイことを言うのね。これまで、花を見たことは無いの?
そうか!寝てばかりいるから、周りのことを全然見ていないんだ。怠け者なのね。
石仏 : 次から次へとヒドイことを言うものですね。先程から申しておるように、私は寝て
いたのではなく思索・・オッと失礼、考え事をしておったのです。怠け者呼ばわり
は止めていただきたい。
スミレ: 言いすぎたかな?だけど、あんなに長い間、ズ~ッと考え事をしていたの?
石仏 : いろんなことについて考えて、考えて、考え抜くことが私の勤めなのです。
まだまだ未熟者だから、修行をもっと積まねばならないのです。
スミレ: 「シュギョウ」って何?わかんない。
石仏 : ウ~ン、困りましたね。「勉強」と言えば解ってもらえるのでしょうか?
スミレ: アッ、そうなの?勉強中だったんだ。とてもくつろいだ格好に見えたから、てっき
り、うたた寝をしていたんだと思っちゃったのよ。私、お勉強の邪魔をしちゃった
ってこと?声を掛けてしまって、ゴメンナサイ。
石仏 : 誤解なさっているようですが、この格好は私が物事を考えるときの姿勢なので
す。決して、くつろいでいるわけではありません。しかし、たまにはこうして他者
と話をすることも、私にとっては修行・・ではなく勉強になるかもしれません。
スミレ: ホント?そう考えてくれると嬉しいな。私、退屈だったから、ズ~ッとあなたのこと
を眺めていたのよ。そしたら、おしゃべりをしたい気分になっちゃったの。
さてと、何の話をしようかな?
石仏 : 私はかなり昔からここに座っておりますが、花に声をかけてもらったのは今日が
初めてなのですよ。良い機会だから、私の知らぬことを話していただけません
か?
スミレ: そんなことを言われても、あなたが何を知っていて、何を知らないかなんて私に判
るはずがないでしょ。それよりも、あなたの堅苦しい話し方はなんとかならない?
もうちょっと気楽に話してくれないかな~。肩が凝りそうよ。
石仏 : 困りましたね~。昔からこのような話し方をしているものですから、今さら変えるこ
とは無理です。我慢してください。
スミレ: ウ~ン、仕方がないか。そのうちに慣れるかもしれないから、今のままでいいわ。
石仏 : ありがとうございます。ところで、私が知りたいことはですね・・・
石仏とスミレは周りが薄暗くなるまで、おしゃべりを続けました。時々、話が噛み合わな
い場面もありましたが、スミレは退屈しのぎができたし、石仏はスミレの話を聞きながら、
大切なことに気付きました。
石仏 : ある時から、思索こそが修行の道だと思い込んで、考え抜くことだけに没頭して
いたのですが、それは間違っていたようです。ここのところ、考えが堂々巡りを
するばかりで行き詰まりを感じていたのです。原因は私が見聞を広める努力を
怠っていたからだと、あなたと話しているうちに気付きました。
これからは一木一草を含め、周囲にある全ての声に耳を傾け、眼力も生かして
知識の幅を広げることにも力を注ぐことにします。新たに得た知識も駆使して思
索に励めば、今の場所から更なる高みにたどり着けるかもしれません。
スミレさん、あなたに声を掛けていただいて本当に良かった。ありがとうございま
した。
スミレ: 今の話の半分以上、私には理解できないんだけど、私に感謝してるって言った
の?
石仏 : そうですよ。その通りです。ひとつ告白しますね。あなたに声を掛けられた時、実
は私、うたた寝をしておりました。図星を突かれて慌てたものですから、正直に認
めることができませんでした。反省しております。申し訳ありませんでした。
スミレ: エ~ッ、やっぱりそうだったの。きっと考え込みすぎて、疲れちゃってたのね。
フフフ、恥ずかしくて誤魔化そうとしたんだ。あなたって可愛いところがあるのね。
おしゃべりできて楽しかったわ。私の方こそ、本当にありがとう!また、声を掛け
るわね。
石仏 : ぜひ、お願い致します。