
岐阜県郡上市白鳥町の盆踊りには伴奏なしで歌と下駄のけり音だけで踊る「拝殿踊り」と、その発
展形と思われる笛・太鼓・三味線そして歌の伴奏で踊る「町踊り」がある。「拝殿踊り」は古代の
白山信仰を起源とする古い踊りで、美濃地方の盆踊りの原形と言われている。
今回は先祖の霊を迎え送るための仏教行事であるはずの盆踊りが、なぜ異なる宗教の施設である白
鳥神社という神社の拝殿で踊られるのか?その答えを探しに白鳥拝殿踊りに参加する前に長滝白山
神社を訪ねた。
1.先ずは、開山1300年のメモリアルな年を迎えた白山信仰について
白山(標高2,702m)の峰々から流れ出る水は、岐阜の長良川、福井の九頭竜川、石川の手取川、富
山の庄川などの流れとなり、濃尾・越前・加賀・砺波などの平野を潤してきた。その高く白く輝く姿
は漁業や航海の守り神としても仰がれてきました。奈良時代になると修験者が信仰対象の山岳で開山
するようになり、白山においても、泰澄(たいちょう)が登頂して開山が行われて今年が1300年です。
泰澄が開いた白山山岳信仰の修験道場は、登山口である越前馬場(平泉寺白山神社)、加賀馬場(白
山寺白山ひめ神社)、美濃馬場(長滝寺白山神社)にあり、最盛時には多数の社僧を擁し大勢力を誇
った。今でも白山神社は中部圏を中心に2,700社余り鎮座する。
2.美濃馬場(みのばんば)の「長滝白山神社」を訪ねた。
白山山岳信仰の中心地である白山中宮長滝寺は泰澄が頂上で祈りを捧げると、九頭竜王が現れ、ま
もなく十一面観音に姿を変えたことから、この十一面観音像を本地仏として祀ったことで神仏習合の
寺となったようだ。しかし、明治政府の神仏分離令による実質的な仏教弾圧で、強制的に長滝寺と白
山長滝神社に分離させられましたが、幸いにも廃寺にならず、今も同じ広い敷地内に寺と神社とが別
々に存在しており神仏習合形態を今に伝えている。
宮司さんの奥様のお話しでは、7月初めに神社の拝殿で「白鳥拝殿踊り発祥祭」が行われ、この後
に美濃地方の各白鳥神社の拝殿踊りが続くのだそうだ。江戸中期ごろにはすでに踊りが盛んだったよ
うで、当時の幕府から踊り禁止令が出されている。この禁止令ですが、「唄の中には色々と卑猥な歌
詞もあり、婚活の場でもあったことから風紀の乱れでもあったのかしらね、でもこの禁止令は小さな
神社には出されていなかったようですので、この寺の祭りの規模の大きさが想像されます」とのこと
でした。
盆の時期、神社の拝殿に精霊が降りてくる拠り所となる大きなキリコ灯籠が下がります。神仏習合
の形態が残されたことで、今の白鳥拝殿踊りの形態が生き残れたのではないかなと考えます。その拝
殿踊りも今では白鳥神社・野添貴船神社・前谷白山神社などに残るのみだそうです。
3.阿弥陀ヶ滝で修験者を想う
長滝白山神社では修験者による奥州藤原氏とのネットワークのお話も伺いましたので、護摩修業、み
そぎの場であった阿弥陀ヶ滝に行きました。落差60mの滝は日光華厳の滝の97mには及ばないが、
滝ツボまで行けて水しぶきを浴びられるのはここの特徴です。長滝の名はこの滝が由来だそうです。
なるほど修験者が修業をするのにふさわしい環境だなと白山山岳信仰修業の様子を想像しました。
4.白鳥神社で拝殿踊りに参加
社伝によると白鳥寺が起源のようです。現在の白鳥神社の拝殿で踊られるのが「白鳥拝殿踊り」です。
私は夜8時から始まる踊りに間に合うように、満天の湯の温泉で浴衣に着替えて白鳥神社に向かいま
した。町踊りにはよく参加していますが、拝殿踊りは初めてです。
この拝殿にもキリコ灯籠が掲げられ、その下に音頭とりが輪をつくります。特に白鳥踊りの原形と目
されるのは「場所踊り」といわれる最初に踊られる踊りです。ご詠歌風のゆったりとした唄は盆踊り
の導入歌としてハマっていると思います。キリコ灯籠の明かりの下で、お囃子もなにもなく、アカペ
ラの生唄で順に文句を唄いつないでいきます。踊り手は手を後ろ手に組み、下駄のけり音だけが響き
ます。拝殿は板の間だから、踊り子の下駄は拍子木であり、太鼓でもあって、唯一の楽器となってリ
ズムを刻みます。きわめてシンプルな組み合わせだけれど、これがとても心に響きます。これこそ白
山の自然の恵みと信仰文化に培われた盆踊りだと思わせるのが拝殿踊りです。続けて唄われるのは町
踊りでもお馴染みの曲たちです。拝殿の中での唄は誰でも割り込んで唄うことができます。ですから、
たまに誰も声を出さず、一瞬無音となり、顔を見合わせながら次は誰が唄うの?とクスッと笑いが起
きるのも愛嬌でした。神社の拝殿で白山信仰と共に伝承されてきた唄と踊りが、今年も白鳥町の闇夜
に響き渡りました。私も踊りの輪に入りました。
私の住む関東では埼玉県の竹寺の一ヵ所しか神仏習合の寺は存在しません。それほどに神仏分離令は
激しいものだったのです。しかし、美濃地方には神仏習合を伝えるお寺が他にも残されています。こ
うした古い形態の寺が残されたことと、古い形態の盆踊りが継承されていることは繋がっていると思
います。ではなぜ櫓を囲んだ踊りではなく、神社の拝殿での踊りなのかについてはよくわかりません
が、同じ敷地内にあり、既存の拝殿が使える、床が板張りだから下駄音が響くなどの合理的な考えが
あるのかもしれませんね。推測ですけど・・・。
今回は白鳥拝殿踊りへの参加だけでなく、関連する場所にも足を運びました。
ストーリー・トラベル。次は何を求めてトラベろうか。