
竹林の中で顔を出している竹の子たちを見ていると、強い生命力を感じますが、竹林の全
体を見渡すと、いにしえからの日本の原風景がこの中にあるのだと感じます。
永 :美井さん、竹の子を持ってきましたよ。召し上がってください。
美井:これはありがとうございます。これは孟宗竹の竹の子ですね。日本の春と言えば
「目の桜」そして「食の竹の子」ですよね。春はこれを食べないと始まりません。
永 :「竹は木のようで木でなく、草のようで草でなく、竹は竹だ」 という言葉が遺され
ています。竹は縄文以前から生活に活用されていますから、私は日本人の体を作っ
たのが「稲」そして、生活や文化を育てたのが「竹」だと思っています。
美井:わかりますね。籠、ザル、花器などの日用品から住宅用資材、そして、笛、尺八な
どの楽器や竹刀・弓などの武道具など、しなやかでいて強く、多岐に渡る用途を持
つ竹は自然からの恵であり、昔から人々の暮らしには欠かせないものですね。日本
の竹は蓄音機の針やエジソンの白熱球のフィラメントにも使われて、世界の文化に
も貢献していますね。
永 :成長が早くて、丈夫で加工がしやすく、用途が広い竹だから、古来から積極的に日
本各地に植えられてきました。手入れの行き届いた竹林は、文化だけでなく、美し
い日本の原風景をも形づくってきました。
美井:竹は文化や原風景だけではないと思いますよ。日本人の心や思考にも影響を与えて
います。空洞を持つ不思議な形の竹には神秘性を感じるのでしょうね。そこから
「竹取物語」が生まれ、竹を使った祭事や神事が今日まで伝承されています。これ
は「竹には神秘的な力」があると感じているからだと思うのです。
永 :なるほど、伝統的な日本家屋には竹材が多用されていたのはそうした竹に対する感
性とも結びついているかもしれませんね。それでは、なぜこれほどまでに日本人の
生活を支えてきた優秀な竹材がプラスチック材に置き換わってしまったのでしょう
かね。その辺のことをご存知ですか?
美井:有名な造園師の若山さんという方の話が私の記憶に残っています。竹材の需要が顕
著に減ったのは、昭和の高度経済成長期以降だそうです。この頃からプラスチック
等の代替材の台頭が目覚ましかったという背景があるのですが、竹材の衰退に拍車
がかかったのは、「昭和40年代の高度経済成長期のまっただ中で、竹材として一番
使用されている真竹が日本国内のみならず世界中で一気に枯れてしまった」からだ
そうです。真竹はほぼ120年に一度花を咲かせて、枯れてしまうと言われています
が、その生理現象がこの時期に起きてしまって、加工用の真竹は品薄になってしま
いました。いくら成長が早いといっても、竹材として市場に出せるようになるまで
には多くの歳月が必要です。そのため、加工用の竹材の供給が間に合わず、プラス
チックの代替材に取って代わられてしまったと言うわけです。
永 :竹は世界で1500種ほど、日本にはその内600種余りがあるそうですね。でもそのほ
とんどは中型種の女竹で、工芸で使える大型種は孟宗竹、真竹、淡竹(はちく)な
ど数種類だけなのだそうです。だから、真竹の一気枯れの影響は大きかったのです
ね。台頭してきたプラスチック材という新興勢力に取って代わられた理由が分かり
ました。
美井:竹は一斉に開花、一斉に枯れるため、その現象がまさに病的に見えることから「開
花病」「十年枯病」などと、病気として恐れられた過去があります。しかし、これ
は、一定の周期で起こる生理現象であり、病気ではないとのことです。竹は竹稈
(ちくかん)が太いほど長命で、真竹ではほぼ120年のサイクルといわれています
が、孟宗竹は67年目に開花したという事例が2つあるだけで、現状ではまだよく分
かっていないようです。中型種の女竹は20年ぐらいという記述があります。
永 :竹はその旺盛な成長力、繁殖力とともに、たくましい生命力をも兼ね備えた植物で、
倒れたり切ったりしても地下茎が生きているかぎり新しい芽を出し地上に伸びてく
る。そして、広島、長崎の原爆の被害にも、竹は生き残った唯一の植物だったし、
ベトナム戦争の時アメリカ軍が使った枯葉剤にも屈することなく真っ先に新芽を吹
き出したのも竹だそうだけど、残念ながら寿命のある生き物であるということですね。
美井:最近、身の回りで竹の存在があまり感じられなくなりました。竹林が野放しになり
日本の美しい風景を彩る竹林が掘り起こされて、メガソーラーになった場所を何ヵ
所も見ています。本当に寂しく残念なことです。それでも、若山さんは「確実にそ
んなマイナスな竹のイメージが変わってきている」と言います。都市部の若い人を
中心に、スタイリッシュな新しい植栽アイテムという意識が根付きはじめているの
だそうです。身近な場所で目を楽しませる植栽として、竹が広く受け入れられるよ
うになり、同時に加工された竹製品の良さが見直されていくことに希望を持ってい
ると語っていました。
永 :何か根拠でもあるのですか?
美井:開花する周期が長い竹類の品種改良は難しいのですが、苦労の末に誕生した4m程度
と背丈の低いヒメアケボノ孟宗竹は、伸び過ぎることもなく管理もしやすく、しか
も美しい品種として、都市部の店舗やホテルの中庭をはじめ、ファッションビルの
装飾などに植えられるようになり、個人住宅での需要も増えているようです。また
近代建築の雄、東京ミッドタウン・ギャラリー棟の床にも竹材が使われていて、堅
牢な竹材は建築資材として優良な素材として復活しているそうです。
永 :それでも荒れた竹林を見るとまだだなと思います。竹はいにしえの昔から、常に日
本人の身近にあって、常に暮らしと文化の中心でした。日本の風土とぴったり合わ
さり私たち日本人と共に歩んできた人生のパートナーですよね。その存在を忘れる
ことは、私たちの身体をつくってきた稲の存在を忘れることと同じくらい大事なこ
とで、今まで私たちが生き残ってきた手段を失い、今まで共に助け合ってきた存在
をなおざりにするということに非常な危機感を感じます。私は稲と同じくらいこの
竹を大切にしたいと思うのです。
美井:同感ですね。しなやかでいて強く、多岐にわたる用途に活用されてきた竹は、まさ
に自然からの恵みであり、日本文化の伝承や人々の暮らしに欠かせないですよね。
<参考>
竹細工などに加工する竹は、成長しはじめてから3年以上経った竹を使います。一般的には
5〜7年の竹。伐採は竹が活発な動きをやめ、内部の水分が減る秋から冬に行います。その
後、数カ月間、自然乾燥させ、加熱して竹の水分と油分を抜く作業に移ります。それを天日
にさらすこと数週間。短くても1年はカビが生えないように保管しながら乾燥させます。用
途によっては2〜5年かけて、さらに乾燥させる場合もあるそうです。こうして順次出荷され
た竹がさまざまな製品に姿を変えていきます。
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