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すずしろ日誌

介護をテーマにした詩集(じいとんばあ)と、天然な母を題材にしたエッセイ(うちのキヨちゃん)です。ひとりごとも・・・。

突然の知らせ

2008-11-01 22:51:57 | ひとりごと
 仕事中キヨちゃんから着信があった。休憩中に留守録を聞く。1度目の留守録は長い沈黙だけが流れた。録音を失敗したのかとも思ったが、キヨちゃんらしくない。2度目の留守録は、しばしの間の後キヨちゃんの沈んだ声。
 「・・・ニシノカのおばちゃん・・・死んだ。お風呂で・・・見つかったって。」
 私は携帯を持ったまま小さく悲鳴を上げた。嘘だ・・・。
 ニシノカ(屋号)のおばさんは隣の人で、つい先日、そう父の葬儀に顔を出してくれていたのだ。
 私がデイサービスのスタッフだった頃、おばさんはおじさんと夫婦揃って利用者だった。指導員の一人が
 「若いときに出会ってたら惚れてた。」
というほど、すらりとした上品なおばさまだった。働き者で、通りかかるといつも畑にいる人だった。
 ある日デイサービスで計った血圧が高く、心配で翌日の休みに血圧計を持って家を訪ねた。ところが、おばさんは畑にいたのである。
 「昨日あんなに高かったのに、無理しちゃいかんでえ。」
そういいながら、血圧を測った。
 ある日、おばさんからうろたえて電話があった。
 「すずちゃん、インスリン打てる?」
実はおじさんは糖尿病だった。そのおじさんの様子がおかしく目が見えないという。低血糖が疑われたが、いつも測定もインスリンもおじさん自身がしていて、おばさんは分からなかったのだ。近所のナースにも電話したが留守で他に頼る人がいなかったらしい。
 とにかく急いで訪ねた。血糖値は高い位だが過血糖というほどでもない。血圧も高めだが倒れるほどではなかった。着いたときには目は見えており、受け答えも出来ていた。とにかく主治医に電話して指示を貰い、インスリンを投与した後、救急で通院した。
 このふたつの出来事を、おばさんはひどく恩義に感じてくれ以後会うたびに
 「あんたに助けられた命だから」
と口にした。私のしたことは本当に些細なことで、命の恩人呼ばわりされるのはとても気恥ずかしかった。
 おじさんがその後亡くなり、以後おばさんはあまり出掛けず家で過ごすようになる。いつ見ても畑も庭もきれいだった。でも、寄る年波には勝てなかったのか、身体をいたわるようにしたのか、芋掘りにシルバー人材センターの人を雇っていたのだ。
 そのシルバーさんが芋掘りをしながら、いつまでも戸が開かないのを不審がり近所の人と自宅に入り・・・。
 「足が入ると眠れないから」
とお風呂をかかさなかったおばさん。お風呂に浸かったまま発見された。楽だったろうか、寒くなかったろうかと胸が痛んだ。葬儀の日、掛けてくれたねぎらいの言葉に
 「おばちゃんも気を付けて。寒くなるから。無理せんとな。」
そう言ったばかりだ。
 近所との交流があっても、助け合っていても、こういう孤独な死がありうる。そのことが本当に悲しい。


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コメント (4)
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