久保万の一幕物の涼しさよ 変哲
昨年の暮れに亡くなった小沢昭一(変哲=俳名)さんの句である。
その久保田万太郎の一幕物 『雨空』 『三の酉』を東京・品川の六行会ホールで見てきました。
『雨空』は大正11年に新派の花柳章太郎が「新劇座」で初演。万太郎初期の代表作でもある。
『三の酉』は万太郎熟成期の短編小説。昭和31年に読売文学賞を受賞している。
今回は演出の大場正昭が自身の台本で初の劇化に挑戦した意欲作。
人情の美しさと人間の哀れさと・・・・
両作品とも”万太郎の世界”といわれていろ、濡れた散文詩がそこにある。
万太郎の作品は、ささやかな庶民 の生活のさりげない哀歓、つまりは人間の本質にある孤独感、人間の淋しさを描いています。
いつも思うのですが、万太郎調といわれている「・・・・・・」のせりふなんですが、一見すると日常語のように見えるけれど、「・・・・・」でぶつぶつ切れていた
りして日常語ではない。
ならば、特殊な演劇表現の”かたち”があるのではないだろうか。
つまりは近代劇のような心理だけでは、、この万太郎の「・・・・・・」は埋まらない気がするのです。つまりせりふを完全には表現しきれないのです。
最近の役者さんにいわせれば嫌うけれど、ある程度歌わないと、舞台では効かないような気がするのです。
言い換えれば「演技」ではなく、いささかの「芸」が必要なのではないだろうか・・・。
リアルにやるだけでは物足りないし、今回の2作品にも共通して感じたのが率直な私の感想なんです。
六行会ホールは、年に一度の公演にせよ、もう16回を数えるが、いまだかって満席の熱気にお目にかかったことがない。
それでも今回は、舞台と客席の空気感というか距離感が溶け合って、しっとりした舞台であった。
『雨空』
主人公の浅草指物職人の幸三に菅野菜保之。
菅野は「万太郎作品」の常連組だが、やはり一頭地を抜いている。
万太郎の世界にすっぽりはまっているのはさすが。
すでに金持ちに嫁いだ姉のおきくに大原真理子。
しっとりと丁寧に演じているが、もう少し気位が高い役づくりがほしいと思うのだが・・・・・。
万太郎の『あじさゐ』にもあるが、西瓜をたべる場面で、いくら実家とはいえ、西瓜をたべるのにハンケチくらいは出すべきだろう。衣装は『十三夜』のおせきと同じ良家の御新造の着付けである。
簪の脚で西瓜の種をとるしぐさは台本通りうまくやった。こうしたなんでもない動作、しぐさが万太郎芝居の性根だと思う。
それに大原の引っ込みがよくない。
帰りがけに、どこかで蟲がないているのがきこえてくる。
「よくないてるわね・・・・うちの」
これに続いて舞台がカラになる重要なポイントである。
大原はこのセリフをあっさり流してしまう。
あまりにも日常的にいうから観客になにも残らない。
「よくないてるわね」を”芸”で聞かせる語りであってほしい。
このあたりが万太郎作品の面白さであり、また、難しさであると思うのです。
『三の酉』
原作は短編小説とはいえ、そのほとんどが万太郎調の会話で書かれている。
夜の公園が舞台。もう五十に手がとどきそうな浅利香津代の芸者おさわと、おさわのご贔屓の歌舞伎も絵にもくわしいらしい中野誠也の初老の男との会話劇、男は昼間おさわが顔より大きいマスクをした男と三の酉の街を歩いていたのをからかいながら難ずるのだが、おさわは関東大震災で両親兄弟を亡くした、その想い出に三の酉に欠かさず出かける・・・・・。
ほとんどが他愛ない会話劇である。
初の舞台化なのだが、2つの疑問がのこる。
1つは歌舞伎の『熊谷陣屋』の「組打」の場面で、遠見の敦盛を子役をつかって出している。
わずか3分足らずとはいえ、相当な仕込み費用がかかる。いや費用はともかく、この場面が必要だろうか。
とってつけたような印象は歪めないのである。
次に、おさわの吉原仲間だという鎌倉の画家夫婦との食卓の場面も然りである。
ドラマの立体化を狙った演出だろうが、逆にドラマのテンポがおかしくなる。
幸せそうな夫婦との食卓を愉しみながら、おさわに寂寥の思いが募るところなのだが、おさわのせりふだけで充分賄えるのではないだろうか。
おさわは吉原のお茶屋育ちである。
浅利香津代のおさわはベテラン女優だけあってせりふはいちばんしっかりして手強いが、、芸者上がりの風情に乏しい。
それに生活感がなく、この女の人生が見えてこない。
対する初老の男の中野誠也は2作品のなかで一番の絶品である。
俳優座のベテランであり当然かもしれないが、「万太郎の世界」を着実に,淡々と演じきった。
それはまさしく昭和の東京の男のたたずまいであった。
『雨 空』(新潮社版)初版本 『三の酉』(中央公論社版)初版本
最後に私からの要望ですが、次回公演には、ぜひ樋口一葉原作 久保田万太郎脚本の『 わかれ道 』を取り上げてほしい。
大原真理子さん、澤田和宏くんの配役で見たいものである。