木村忠啓の大江戸百花繚乱

スポーツ時代小説を中心に書いている木村忠啓のブログです。

鬼、河童に濁流の水飲まされるー22(最終話)

2007年05月10日 | 一九じいさんのつぶやき
「事の顛末はそんなこった」
 話し終わった一九じいさんは、食べ終えてしまったポテトチップスにまだ未練があるらしく、袋を逆さに振ったりしている。
 「史実にはどこにもそんなことは記載されてませんね」
 俺だって、話を鵜呑みにはできない。
 「お上のやるこたぁ、昔も今も変わらねえ。はっきりしねえことは記録に残して置かねえよ」
 「でも、庶民が喜ぶには絶好のネタじゃないですか。瓦版などには載ったでしょう」
 「話が広まれば、鬼の平蔵は河童に失態を演じされたことがばれちまう。面目をなにより大事にする平蔵にとってそいつは耐えられねえことだ。平蔵はその場に居合わせた者にも固く口止めを命じた。でもな、実を言うと当時の江戸っ子は、みんな事実を知っていた。けれど、西下(松平定信)よりおっかねえ盗賊奉行を恐れて公に口にしたり、文に残さなかっただけなんだ。だから、関係者もお咎めだけで、無事放免となっている」
 「鬼の平蔵にしては寛大ですね」
 「江戸っ子に人気のあった河童相手に、少し大人気ねえと思ったんじゃねえかな。まあ、平蔵も河童が憎かったわけではなく、歌舞伎役者への当てつけって面が大きかった訳だが」
 「でも、まだ疑問が残ってます。そもそも騒ぎの発端となったのは、水死体に緑色の手形がついていたってことでしたよね。あれも、そのなんとかっていう娘の仕業なんですか。そんなに都合よくいくもんですかね」
 「なかなか鋭いところをついたな。実はあれは番頭がやったんだ」
 「えっ」
 俺は、驚いた。
 「番頭は釣りが趣味で州崎の方へもよく行くんだが、土左衛門が引っかかってたあたりはウナギ用の梁(やな)を仕掛けていた。そいつを見にいったときに土左衛門と遭遇したわけだ。番頭はなかなか機転が利くやつで、そろそろ、のれん分けをと思っていた。そこで思いついたのが、この河童騒ぎだ。役者の瀬川菊之丞は不思議なものが大好きだ。主人の娘は大の菊之丞好きときている。自分が河童騒ぎをでっちあげれば菊之丞は乗ってくるし、そうなりゃ娘の機嫌もとれるって算段だ。短絡的かも知れねえが、途中まで計算は当たったことになる」
 「すると、最初は番頭の方から焚きつけたことになりますね」
 「二回目があってその計算は狂っちまったが。まあ、幸いなことに番頭もその後、のれん分けしてもらえたらしい。まあ、今話したことを全部与太話と思ってもらってもいいし、信じても信じなくてもわっちは構わねえ」
 確かにすぐに信じられる話ではなかったが、真偽は別としても、内容は面白かったので、俺の越生通いがこれから始まることになった。
(この章おわり)