爪の先まで神経細やか

物語の連鎖
日常は「系列作品」から
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メカニズム(11)

2016年08月07日 | メカニズム
メカニズム(11)

 仕事というのは労力が金銭的な価値に相応するものとして化け、生活が潤わなければならない。赤字は、だから仕事ではない。単なる仕事に似せたもの。

 ぼくは以前の職場の同僚の結婚式の案内を手にする。その同僚の相手の女性は医者だった。ぼくは、彼女の職業を訊かれたらきちんと答えるだろうか。貴賎はない、と胸を張って言い退けられるだろうか? いや、おそらく。

 だが、幸せだった。ぼくはカフェで古びたノートを開く。小さな辞書も用意した。言葉の魔術師になるのだ。

 ノート・パソコンでは動画の誘惑に負けてしまうかもしれない。突然、音量ボタンを誤って操作して、部屋中にあえぎ声が響き渡る可能性もある。ぼくは、赤面するだろう。自主的な出入り禁止を自分に命じる。

 まじめなヘルマン・ヘッセのような物語を書くつもりだったが、あたまのなかを取り換えないと、その命題は失われる。ぼくは、今日の分を仕立てあげなければいけない。のこされた時間は数時間。約束は約束だ。すると、ベビーカーの美女がやってくる。

「となり、いいですか?」
「もちろん」
「お勉強?」
「ま、そんなものです」
「うちの子、起きて騒いだら迷惑になってしまいますね」
「まさか。泣くのが仕事だから」金銭的な価値に直結という自論を簡単に捨てる。

 ぼくはずるずると会話を引き延ばしてしまい、きょうの達成すべきノルマを早くも忘れようとしている。そもそも、わざわざ外でしなければいけないことでもない。たくさんの気をそらすものがあるのだから。

「あのときの保険、まだ入ってます?」
「解約してないから、そのままだと思いますよ」
「あれ、お得なんですよ。いまでも、お勧めだけど。もう、扱ってないんじゃないかな」

「子どもがいるのが、いちばんの保険ですよ」と、ぼくは思ってもいないことを口にする。足かせ。足手まとい。ぼくは、ひとりで世界中を旅するのだ。現実逃避のみがぼくの当面の仕事だった。


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メカニズム(10)

2016年08月06日 | メカニズム
メカニズム(10)

 ぼくは駅までひとみを迎えに行き、改札を抜けたあとに数泊分の荷物をもった。

「ありがとう」
「どうだった?」
「ただの帰省と同じになった」

 家に着くと、荷物を出した。洗濯するものや、いつもの定位置にもどるもの。小さな化粧品。そして、お土産と言って小さな包みを最後に出した。

「なに、これ?」
「ノート。まっさらな」満足気にひとみは言う。デザインがいささか古びている。その由来を説明する。「田舎に本屋と文房具屋を兼ねて、いっしょに売っているような場所あるでしょう、狭いのに。用もないけど、なつかしいなって入ったら、その古いノートがまだ売ってた」

「骨董品」
「アンティーク」優しげな口調で言い直す。「そこに仕事に疲れたわたしだけのために、物語を書いてくれないかな。帰りの道中でずっと考えていた。素敵な提案だなって」
「ぼくが?」
「そう、ぼくが。どうせ、暇なときに、やらしい動画ばっかり見ているんでしょう!」
「心外だな」
「ひとは事実だと怒る。ウソだと笑って否定できる」
「そうかもね」
「約束して」

 ぼくに仕事ができる。いや、収入の可能性につながらないものは仕事ではない。時間つぶしができただけだ。ぼくは、この世にいもしない聖女を探しているのだ。いなければ、自分でこしらえて、それを文字で紙に刻み付けるしかないのだ。彫刻家やカメラマンならうっとりとするものを見せることができるだろう。紙はむずかしい。ひとは読んだものを勝手に自分に引き寄せてしまう。

 ひとみはシャワーで汗を流している。ぼくは、その間にペンをつかんで、ノートを開いた。少し黄ばんでいる。読者がひとりいる。たくさんの男性の話し相手となって疲れた女性が唯一の読者だ。手練手管。酔い。紫煙。ドンペリニヨン。マカロン。ぼくの思考は直ぐに底をついた。動画を見たい誘惑に駆られる。ぼくの想像力も枯渇している。偶像を生み出せない。

「そうだ、きょう、仕事をしているときに来ていた保険の女性に会った。いつの間にか、お母さんになってた」ぼくは髪を拭いているひとみに話しかける。

「そう。それだけで終わったの?」
「終わったよ。ベビーカーに可愛い子どもが乗ってた」
「男の子? 女の子? 名前は?」
「知らない。聞かなかった」
「うっかりだね」ドライヤーのスイッチが入る。「神は細部に宿る。ディテールが大事。いまの仕事で覚えた」
「仕事を辞めたことを言ったら、もったいないだって……」
「自分でもそう思っているの?」
「そんなことないよ」
「なら、何を言われてもいいじゃない。わたしが食べさせてあげるから。だから、見返りにおもしろいお話をつくってね」

 眠る前におとぎ話を要求する少女の如しである。ぼくは仮の父となって、それに応じなければならない。ほんとうは、別にしなければならない重要なことがあるような気もしている。誰かが、きっとぼくを待っている。


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メカニズム(9)

2016年07月30日 | メカニズム
メカニズム(9)

 母の病状はそれほどでもなかった。その代わりというかひとみの仕事が問題になった。彼女は一時的に生活を立て直すために選んだだけだと言い、同棲相手が無職だとは告げなかった。染まらない無色かもしれない。

 ぼくは不在の間、言われた通りにゴミを出して、光熱費をコンビニで支払った。どちらかの口座に依存することもないが、その分の金額をひとみはテーブルに置いていった。ぼくはそのままレジの店員に支払用紙といっしょに渡しただけである。手数料を請求しない分、大人である。

 ぼくはとなりのコーヒーショップで買った持ち帰り用の容器をつかんで公園に向かっている。仕事をしない日がまた一日だけ増えた。転がる雪だるまのように段々と大きくなり、かさが増す。

 コーヒーを誰もが飲む。なぜ、この公園にも植えないのだろう? 豆粒を埋めたら咲くのだろうか? 苦みの良さに気付くのも大人である。大人の定義を考える。苦さや辛さと辛さ(からさとつらさ)を受け入れる。お金を稼ぐ。自分以外のものに躊躇なく使う。赤字にならないように努力する。納期までにきちんと終わらせる。いまのぼくには、どれもない。だからといって子どもとも言えない。責任感が生じる場所にいないのだ。

 ベビーカーを押す母親にポッとする。所有者がいる。すると電話が鳴った。最寄りの駅に着く時間をひとみは教えてくれる。ぼくの自由も終わりである。不自由は終わっていない。逆だろうか。

「あの、山形さんですよね?」きれいな母親に声をかけられた。チャンスはピンチである。
「そうですけど、どこかで会いましたっけ?」忘れるわけもない美人。話を聞くと、前の会社に出向いていた保険会社の女性であった。ラフな格好だと分からないものだ。
「いまも、あそこに?」
「いや、辞めてしまいました」無鉄砲の主張。

「あら、なんて、もったいない」古風な言い回しは前からの癖だった。「でも、もっと上のクラスの会社に転職されたとかですよね?」

「恥ずかしながら、無職です」もしくは、無色かも。ヒモにも似ている。言い訳はよそう。ひとつのウソが身を破滅する誘因になることもあり得るのだから。
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メカニズム(8)

2016年07月27日 | メカニズム
メカニズム(8)

 どこで、どう伝わったのか分からないが、またお店に来てというお誘いのメールが来る。ひとみはひとの電話をいじらないタイプ(人類の確認好きの割合は未知数)だ。ぼくは数回、無視する。顔も覚えていない。名前も忘れていた。しかし、文字を読むことを止められない。

 無職という立場にいるとお金を貰える。ぼくは通帳を記帳する。ぼくの価値に見合ったお金が振り込まれている。パーティーなど開けない額だ。川べりで風を感じる。無償ということを考えていた。ポケットに本がある。そのポケットに小さな穴がある。人類には穴があり、全体の半数はひとつ多い。

 棒があるために、ぼくらは金をつかってしまう。もてるという優越感をくすぐられて、にやけてしまう。運命のひとりは誰かにモーションをかけているのだろうか。嵐にのってビニール袋が飛んでいる。意志もない。あのようになってみたかった。

 電話がなる。ひとみからだった。田舎の母の具合が悪く、急に帰省することにしたと言う。

「突然だな。送ろうか?」もしくは、いっしょに行こうか、だった。
「大丈夫だよ。することメモしたから、ゴミとか、集金とか入金とか」
「うん、分かった」

 ぼくは立ち上がり、見失ったビニール袋を探すも、どこにも上空にはなかった。あのようになれれば。

 家に着き、ひとみの筆跡を見る。冷蔵庫のなかはきれいになっている。浴室もトイレも同様だ。整頓の美学。ぼくは窓を開け、いくらか女性的過ぎるカーテンを揺らす。洋服と下着の数枚がこの部屋から減る。ぼくはそれを当てられるだろうか。

 いつか、全部なくなるかもしれない。反対におむつと小さな服とガラガラが増えるかもしれない。音の鳴る靴もある。満遍なき自己主張。ぼくは立って、トイレを汚す。不安定な棒。洞窟。ペーパーをカラカラと鳴らして。あたりを拭く。満遍ない掃除。現状維持もなかなかむずかしいものだった。

 風を浴びながら昼寝をする。ぼくに向いた仕事は夢のなかでもなかった。

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メカニズム(7)

2016年07月24日 | メカニズム
メカニズム(7)

「そんなに本を読むんだったら、自分でも本、書いてみたらいいのに」

 簡単な論理。

「じゃあ、野球をたくさん応援したら、野球がうまくなる?」女性と討論などするものではないという提案を無視する青年。

「屁理屈。言い逃れ。無責任。逃亡者」起き抜けの女性はなぜか頬を掻く。そして、冷蔵庫からオレンジ・ジュースを取り出してコップに注ぐ。「自分の方が、よっぽど賢いと思っているくせに。顔に出てるよ」

「ま、否定もしないけど」では、なぜ、無職に甘んじてお金を稼げないのだ。「きょうも、仕事を探しに行くよ」それが仕事、とこころのなかで言う。
「いってらっしゃい。働かなくても済むようにしてみせるから」ひとみは力こぶを作る。柔らかそうな白い肌。

 直ぐに、自分に見合った仕事がないことを理解する。数駅、電車に乗って映画館に入る。暗闇は母体でもある。この日はフェリーニが特集されている。賢い人間は、フェリーニの世界観も理解しなければならない。

 しかし、眠気と戦っている。オレに、理解させないこの展開はなんなのだ? これは映画なのか? 地道にストーリーを追いたい。死にゆく女性を健気に看病する男性に感情移入して、完璧なまでに没頭してただ泣きたかった。女性の味方として。

 一本目が終わり、トイレに立つ。軽食も買う。時間は底なしにあり余っていた。

 二本目は「道」だった。手におえる。失くしたものは、なくなってはじめてね。ぼくは前の仕事について考えていた。未練はない。ただ、時間のやり繰りに困っていたころが懐かしい。

 夕飯をファーストフードで済ませる。合間に本を読む。読むのがなければ、いや、もしあったとしても、書いてもいい。世界に一冊、読まれない本が増える。フェリーニ並みに難解でもいい。たくましく育ってほしい。

 ぼくは、夜の道をとぼとぼと歩く。自分に向いている仕事か。油断していると客引きのお兄さんに声をかけられ、そのまま、研究と勉学のためにホステスの横にすわる。

 ひとみがいるところより二割程度、品性がないところであるのだろう。もっとか、四割ぐらいか。だから、となりの女性もそのマイナス分を請け負っている。引き受けている。誰も、アニタ・エクバーグでもなく、また誰もジェルソミーナほど純真でも、天真爛漫でもない。しかし、美女といる緊張感を強いられずに飲んでいると、ここも快適であり、品性の堕ちた竜宮城でもあった。ぼくも、黒い服を着て、客を招く才能があるだろうか? 気付けば、当面は、働かなくてもいい身分なのだと思い出す。ありがたし。また、うらめしい。

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メカニズム(6)

2016年07月22日 | メカニズム
メカニズム(6)

 しかし、アイドルとしては成功しなかった。成功の定義とはなんだろう? 有象無象の輩からチヤホヤされる。幸せな結婚をして、子どもを複数人生む。雑誌の裏のきらびやかで薄っぺらなお金と色恋についての願望の広告の写真。ぼくは、つい、購入してしまった画集を熱心に見つめながら、いろいろと考えていた。

「絵、見に行ったんだ?」
「気分転換でね」

「言い訳はいいよ。気にしてないから。そのうち大きな人間になることは確信してるからね」ひとみのこの予測はどこから来るのだろう? 「それより、疲れたから足揉んで」偉大な人間になれるぼくに、こういう注文をする。ひとは矛盾でできている。「明日は?」
「とくに予定なし」
「給料出たから、おいしいものでも食べようか」

「悪いね」ぼくは主義として女性に財布を開かせることをしないはずだった。いまはせっせとポイントを貯め、いらないものを換金している。そして、生活費の心配も当面はいらない。ただ、ちょっと後ろめたいだけである。恥ずかしいという感情がのこっていれば人間はまだ魅力がある。すべては奪われていない。これも、また言い訳の一種類であった。

 一か月のご褒美。ひとみは銀行内の機械に向かっている。背中が見える。彼女の預金残高をぼくは知らない。自分のも働いていたころの分がまだ残っている。炭酸飲料のようにいずれ蒸発するだろう。そのころには、新しい仕事をしているかもしれない。彼女は別の仕事をのぞむだろうか。人気がでれば、どの世界も引き留められる。引き留められてこその値打ちの真価であった。

 ぼくは自由であった。拒まれもしなければ、誘われもしない。ただ、目の前にひとみがいて食事をいっしょにしている。店員は、ひとみに対して朗らかであった。ぼくのことを給仕の間にこっそりと盗み見て、この関係の等しさを比べているようだった。美人と、普通の男。いずれ偉大になる可能性を有している可能性がある。支離滅裂だ。しかし、味は分かる。五十も超えれば、味覚も劣化するそうである。料理人に定年はないだろう。だが、それはそれであり、恋人の定年退職などという問題をワインをすすりながら無心に考えていた。
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メカニズム(5)

2016年07月20日 | メカニズム
メカニズム(5)

 もし、ひとみが何らかの成功をして知名度が上がり、一定数の好奇心の目があったなら、ぼくは秘蔵の写真を売る誘いを拒めたであろうか。あの潔く交渉できるひとたちとは違って。関心をよせる民にパンとサーカスを与える満足感を一目散に得ようとしただろうか。同時に手っ取り早く、収入が確保される。粗利。濡れ手でアワ。そこまで自分は悪人(正直)にはなれそうにない。不向きである。道徳や倫理をうるさく言いたがる。楊枝をくわえた空腹の男である。高いびきの男でもあった。

 自分の恋人はたくさんの目の所有物でもある。そこに優越感があるのか、嫉妬があるのか分からない。もしかしたら、そうなってしまえば、やはり別の手に入らない偶像を探すことに専念しそうでもある。昨日の栄光より、明日への未熟さ。未完の大器。みかんの大皿。

 ぼくは職探しに飽きて、美術館に入っている。セザンヌのりんごを眺めている。おいしそうではない。みかんでもない。しかし、確かにりんごである。横にはピカソもある。女性を美化しがちな自分は、このように女性自身を、たとえ歪んだ形にならざるを得なくても正面から捉えていない。ある知人の弁。

「妹がおもらしして小学校から帰ってくるんですよ!」女の兄弟がいなかったぼくへの不当な当てつけであり、現実を受け入れられない男のウソ臭い生活の正しい糾弾だった。しかし、セザンヌやピカソのように、ぼくは風景や対象物や女性像を根源的に理解しなければならない。いくらか、いびつになったにせよ。

 そのひと個人の方法で世界を捕まえる。といいつつ捕まえるには取っ手も実体もなく、いたって、あやふやなものだった。セザンヌはしっかりとできている。ぼくは興奮しながら野外に出る。太陽がある。あらゆる偶像の輝きより直視できないものとして。

「聖なるものへの憧れ」ある作家が、とある作家を評していったことば。自分も聖なるものを求めながら、俗へと簡単に落下する。足を踏み外す。ピカソも幾分、俗でありながらゆらゆらと、そこはかとなく高貴であった。そのバランスの微妙な平均台が芸術というものの答えであろう。ぼくは時計を見る。ひとみはキャバクラにそろそろ向かう時間だろうか。ぼくは彼女といちばん話した人間になろうとしていなかったのか? もう、分からない。おそらく、きょう一日でも負けると認めるしかない。そこにファンがいる限り。

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メカニズム(4)

2016年07月19日 | メカニズム
メカニズム(4)

「いま、手に入っているものだけじゃ、満足できないんでしょう?」
「向上心」
「違うよ。現状に対する不満。わたしも含めて」ひとみはふて腐れたように言った。「図星?」

 ぼくらは同棲するようになっており、詰問の投網から簡単に逃れられない。
「満足に居座ったら、なにも成長しないじゃん」

「成長って、成長って、そのことば好きね。いつも赤胴鈴之助のように振り回している」

 その不満が原因でぼくはいまの仕事を失う。上司とケンカした。今回も謝れば済む内容だったが、それを子どもっぽい態度で拒み、路頭に迷う。

 ひとみはキャバクラで働くようになる。また、不本意ながら順位をつけられるようだ。これが彼女のあるべき人生の姿なのだろう。ぼくは職を探すという名目でビルに入って脂じみた端末を動かし、そして、飽きると昼から酒を飲んだ。

 世の中のメカニズムや、成功に近付く方程式を探している。切羽詰まった職ではなく。

「好きなことに専念すれば」ひとみは気怠そうに言う。「当面は、生活費には困らないから」

 甘いことばが人間をダメにする。惚れるという最初の感動は失われ、日々の生活の継続に移行してしまう。ぼくは稼ぐ能力を持参のリュックに入れてもらえなかったらしい。美について考える。化粧を落としたひとみを無意識に採点している。

「うん、なにか?」化粧水をはたいているところを、まじまじと、凝視されている無防備さにようやく気付いたらしい。

「なにも」無口という丸腰は犯罪なのだ。ぼくは、そのまま立ち上がり、夜遅くにひとみが使った皿や箸を洗う。成功者について考える。原理というものにこころが奪われている。ぼくはベッドで読書をはじめた。シャワーを浴びた元アイドルもどきが布団をめくる。起立、気を付け、礼。反復という静かな心意気がひとを成長させる。朝になる。通うべき職場もなく、ネクタイも結ばない。歯ブラシをくわえ、冷蔵庫を意味もなく開ける。好物も、ないのに。いや、あのひとだけなのに。

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メカニズム(3)

2016年07月19日 | メカニズム
メカニズム(3)

 ぼくはネットの世界を知る。

 孤立した、かつ、ワールドワイドな。

 アナウンサーが、「オカモトリケン」が守る突入隊の薄い皮膜での防衛の箱を手にしてほほ笑んでいる画像を目にする。コマーシャルに出たのか? いや、世界は底を見たのだ。日経平均一円の世界である。自分発信のニュース。言葉が武器でありながら無言を強いられる。

 しかし、バトンを受け継いだアナウンサー(就職前)はこけし状のアメちゃんを丹念に、丹念になぶっていた。生きるのは苦だった。または、情痴だった。ことばを口で。

 シンデレラはネットの世界で生きることを覚悟していなかった。ぼくは余生を恥じる。山口百恵と共に、この社会に終わりを告げるべきだった。別のマイクを握ることを拒否する女性を知りたかった。

 ぼくは自称アイドルと親しくなる。彼女をたくさんの目が見つめる。彼女はぼくを見る。この好意はどこまで真実であり、どこからが営業目的なのか分からなくなる。ぼくの実験がはじまる。ぼくはサンプルを貯め込むことに夢中になる。

 歌をうたう。振り付けを覚える。汗が流れる。そして、見守る無数の男たちの汗も出る。

 ぼくらは西郷隆盛のしたで待ち合わせをする。犬もいた。名前は知らない。彼女は今月いっぱいで稼業をやめるそうである。ファンは失望し、ぼくは集団のひとりではなくなることに安堵している。

 ぼくは彼女の売り上げに貢献しなくてもよくなる。その節約できた分をほんものの彼女につかう。カラオケ屋で歌を聴く。うまい方だ。そして、きれいな方だ。圧倒的なものをもっていない。そのことが悲劇でもあり、ぼくのよろこびの源泉ともなる。

 独占する。それを望んでいたのかもしれず、ライバルが多いことを求めていたのかもしれない。

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メカニズム(2)

2016年07月18日 | メカニズム
メカニズム(2)

 秋葉原にいる。アイドルと宣言するにはクオリティーという及第点にはいささか未到達であり、ファンという立地点を目指すならば、総数のひとりとしてだけでは合格に達し、専属の何かになるには社会的地位も金銭も長所もすべてに欠けていた。その両者のせめぎ合いが穏やかに営まれている。

 70億の69億9,950人はここにいない。魅力を感じていない。表皮でも内面でも。ここに不満がなければ天国の永住許可証を手に入れたことになる。不老や容貌の崩れは免れないが。

 アメ横に移動する。両親と二人の子どもが同じTシャツを着て観光に明け暮れている。中国人のようだ。アメ横を介しての米中(中米)友好の一幕だ。衣服によって同じチームであることが一目瞭然だ。ここにも天国があり、地獄がある。ただ、こんなことばを使ってみたいだけの気分だ。

 ぼくは売れようとして駄文を書き、たとえ売れなくてもセンスの良さを分かってもらおうと努力している。作為は善だった。かまってちゃんは、かまってちゃんだ。確かに。

 アイドルを追う彼らも、もしかしたらアイドル自身も、月曜から金曜までの期間は普通の会社員なのだろう。休日と切り分けた生活がある。何かを売り、何かを発注する。社会の一員として。

 ひじかたさんは現在なら何をしているのだろう? 正す世も見いだせないならば。

 役所で急に印鑑を求められ、売り場に自分の三文判が見当たらず、途方に暮れているのだろうか。反対に憤っているのか。ヒーローは時代に関わりなくヒーロー性を有しているのだろうか? 秋葉原でアイドル予備軍と過ごしているのか? ポッとされる。

 架空の世界が現実にせまってくる。地下アイドルと話す。クオリティーに達していないとの評価をするのは一体、誰なのだ? ぼくはあの女性を探している。妊娠もしない。においもしない。それは人形と、どう違うのだろう。

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メカニズム(1)

2016年07月13日 | メカニズム
メカニズム(1)

 ひとがひとに対して、ポッとする。何かが流れる。

 明治前のひじかたさんの弁。

「もてて、もてて、困るんだけど」実際は、困っていないだろうが。百年以上のへだたりがある現代人のささやかな敵意ある嫉妬。

 彼の証言によって、ひとは上辺の外見の良し悪しで作用される生き物だとの仮定が成立する。

 仮定をふくらませる。実験。

 では、自分が誰かにポッとされた稀有な機会が生じたとき、あるいは、ポッとした変化の理由がただの表皮一枚上のことだと判明されたら。仮定に基づいて。

 いや、男性は纏足気味のシンデレラを探し、女性は理屈っぽい童貞のハムレットを探すという人類壮大な計画にすべてが足を踏み込んでしまっているのだ。

 すると、ぼくはサッカーのミスキックによって存在を見出された審判の背中と等しい小石であり、金魚鉢に浮くわき役の水草だった。レギュラーでも主人公でもない透明人間。自論をむりやり展開させる孤独な科学者。データは多い方が良い。

 自分も実験に加わるか。挑んでみるか。

 また、意味もないことを書きはじめてしまった。ゴールの設定もまだない。馬主は愚かである。浮くのか、沈むのかも分からない。発泡酒はときにはビールに勝てるのか。宣伝を鵜呑みにするのか。では、広告代理店の役目は何なのか? ぼくはもてない男の代弁者なのか。第三のビールにも似た男なのか。

 そこそこ、うまい出だしではないのか。来週の事件の期待と、爽快な解決は鉄腕アトムだけの専売特許なのか。次回を待ち侘びる少年をぼくも手に入れられるのか? 知らない。ただ、またはじめてしまった。快楽の秘密を覚えてしまったサルなのか、オレは? 書いている。書いている。
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