爪の先まで神経細やか

物語の連鎖
日常は「系列作品」から
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拒絶の歴史(93)

2010年07月27日 | 拒絶の歴史
拒絶の歴史(93)

 1月になったが、大学はまだ休みだった。ぼくは、21才で、雪代は24才ぐらいだったはずだ。彼女の東京での生活もあと数ヶ月を残し、そうなればぼくが東京に行く機会も減ってしまうことが考えられ、この土地に執着しすぎてしまうことを心配したのだろうか、彼女はぼくを誘った。それで、車に荷物を積み込み、最初はぼくが運転し車を出発させた。

 直ぐに高速に乗り入れ、車は快適に景色をかえ進んでいった。普段、雪代が聞いている音楽がダッシュボードに詰め込んであり、それを聞いてもよかったが、ぼくはそのままラジオのニュースを流し、ひとびとの不幸や突然おとずれた思いがけない出来事を知った。彼女はなんどもこの道を往復し、見慣れた景色にもう興味が持てないようだった。それで、思いついたいくつかのことを、ぼくに話しかけた。

「戻ってきたら、もう少し広い部屋に移ろうか?」
「ぼくが、働くようになってからでもいいんじゃないの?」ぼくは前を見つめたままだ。「店の家賃とかも増えてしまうだろうし」
「でも、うまく店のほう、お客さんが来てくれるかな?」
「だって、自信があったんじゃなかったの?」
「そうだけど・・・」

 渋滞がそろそろ起こり始めたころ、サービスエリアで少し休憩した。コーヒーや軽食を食べ、リラックスしてぼくは足を投げ出し、身体を延ばした。彼女はトイレに行き、運転しやすいように髪をまとめなおしていた。普通のひとがすれば個性をなくすような髪型だったが、雪代がそうするとよりいっそう彼女の顔の陰影が引き立った。

 休憩所のドアを開けると、冷たい風がぼくらを襲った。ぼくの耳や手の先は痛みを感じるほど凍えた。だが、車の中にもどると風からも守られ、静寂が戻ってきた。ぼくは助手席にすわり、聴くべき音楽を探した。ミュージカルの主題歌を集めたテープがあり、ぼくはそれを無造作にカーデッキに入れた。それが鳴り出すと、雪代は小さな音でハミングした。彼女は、このような音楽が好きなのだ。ぼくも何曲か覚え、後にジャズを聴くようになってそれらの土台があることが参考になって役立った。

 ぼくより車に乗り慣れている雪代の運転は世間と歩調が合っているようだった。後方を鏡で確認し、両足の微妙な力の入れ具合により、ズボンが揺れた。ぼくも前を見ていたはずだが、横目でそれらの情景がうつった。

 段々と空気は清浄さを失い、身体や車にまとわりつくような印象を与えた。高速道路を降り、彼女の住む家に向かった。近くになると、ぼくも見慣れた景色が目に入った。その辺になると、ぼくの運転では道に迷ってしまうかもしれなかった。

 車は駐車場の確保されたスペースに入り、エンジンを止めた。バックを取り出し、歩いて彼女のアパートまで向かった。5月には青く繁っていた葉は、いまではどこにもなく外観をまともに見せていた。部屋に入り暖房器具をつけ窓を少し開けて空気を入れ換えた。そのままベランダに残って東京の空を見上げた。もうすでに日の入りの時間が迫っており、夕焼け空にかわっていた。多くの電線が空をさえぎり、自分のこころを窮屈な気持ちにさせた。
「そとは寒くない? 部屋に入って温かいものでも飲みましょう」と雪代は言って、カーテンを少し閉めた。

 しかし、そうしながらも暗くなるまでの数分をぼくはそこにたたずんで暮れ行く空を眺めていた。

 部屋に入ると、紅茶のにおいがした。全体的に彼女の荷物もいくらか少なくなった印象をもったが、気のせいという範囲であったのかもしれない。
 紅茶を飲み終え、ぼくらは、少なくともぼくは少しましな洋服に着替えて、外出した。東京の気温はぼくらの町よりいくらか暖かかった。外灯の明かりの量や光の強さもぼくらの町とは違っていた。その下にいる雪代は、こちらにいる方が輝いているような印象もあったが、その分、自分との距離は離れてしまったようだった。

 あるアジア料理を食べさせてくれる店に入り、不思議な味のビールを飲んだ。
「ここでの生活もあと数ヶ月で終わりになるのね」と雪代は言った。
「そうだね。楽しかった?」
「楽しかったし、淋しかった。どう?」

「うん」ぼくはビールを飲んだ。彼女は自分の目標に向かって、突き進んでいた。ぼくも、自分の未来を構築させる必要を感じていた。それが出来るかどうかはたいした問題ではなく、雪代がそばに戻るということをより大切なことだと感じている子どもっぽい自分がいた。

 そうしていると何品かの料理が並んだ。シタールの音だろうか不思議な音楽が店内に流れていた。それに身を任せていると自分の小ささや、それに対してのこの大きな都会の雑踏の一部である不安ともいえない、また安心感ともいえない寂寥感を自分は感じていたのだ。
 東京での残された夜が一日一日と減り、ぼくはまた電車で自分の場所に戻ることになる。数ヵ月後は、また彼女もそうするであろうということを信じて。
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拒絶の歴史(92)

2010年07月25日 | 拒絶の歴史
拒絶の歴史(92)

 それが年末のことなのか、すでに年が明けてからのことなのかはもう覚えていない。ただ、小さな男の子にお小遣いを上げたので新しい年だったかもしれないが、事前にあげることもできたのでその辺はあいまいだ。

 松田という高校のときの友人でサッカーのコーチを代わってもらった男性が、ずっとうちに遊びに来てくれ、と言っていたので、ぼくは学校も終えてバイトも休みになったので、ある夕方そこを訪れた。となりには雪代がいて、小さな男の子の外出用にと洋服を東京から買ってきて持っていた。

 玄関のベルを鳴らすと、「どうぞ」と言って彼が首を出した。男の子も興味津々で後ろから顔をこちらに向けていた。奥さんはテーブルの上に料理を運び、それが完成間近になっていることは、その態度からもうかがえた。ぼくは妹のバイト先の店長に相談し、白と赤のワインを持ってきていた。

 彼ももう仕事の休みに入っていたが、その制服などが壁にかかっていたので日々の疲労や深刻さがそのことでも分かるような感じがした。

「狭くて、悪いな」と彼は言ったが、そこは居心地がよく小さな子がいる割には整頓されていた。奥さんもぼくらと同級生だったが、ぼくはあまり親しくしてこなかった。そんな時間の余裕もないまま彼らは高校生活を抜け出してしまっていた。

 知らない人に囲まれたある人を見ると、その人物の本来の性格や可能性の一端が見えることもある。ぼくは、雪代が小さな子たちと接した場面を見たことがなかった。それらの状況は一度もなかったのだろうか? だから、彼女がそのような立場に置かれると、どのような振る舞いをするのか知る機会もなかった。しかし、松田の子どもが彼女に近寄り、なにかを話しかけると彼女は直ぐ打ち解けた態度になり、いろいろ話を聞いてあげていた。ご飯が始まっても男の子はぼくらが珍しいのか、雪代の横に座り、いっしょになってご飯を食べていた。ときには、雪代は箸で男の子の口元に料理を運んであげてもいた。彼はいやがらず、それを食べた。

 ぼくと松田はお酒を飲み、過去に起こったことや、これから起こるであろうことを予想していろいろな話をした。彼らは、学校を辞めてもぼくらのラグビーを応援しに来てくれていた。そのことを今更ながらぼくは感謝した。彼は彼で、あまりにもまわりの自分たちを見る目が変わってしまったが、少なくともぼくの態度が変わらなかったことを、いまだに嬉しがっているようだった。そういうことに関わる気もなかったし、鈍感であろうとした自分がいたであろう気もするが、もうどうだったかは覚えていなかった。ぼくも雪代と交際を始めた当初は、同じような視線や態度にあっていたのだ。それだけでも、冷酷な加害者の視線を持てる状況にもいなかった。

 男の子は静かになってきたと思ったら、いつの間にか眠ってしまい、となりの部屋に奥さんの腕のなかに収まり軽々と運ばれていった。それだけでも、ぼくが普段会う大学の同級生たちとも違っていた。彼女らは小さなバックぐらいしか持たなかった。また、当然のこと自由を謳歌していた。それを善悪の判断もなく、ただありのままの事実として自分は記憶した。

 雪代と那美という奥さんは、台所で使われた皿やグラスを片付けていた。水の流れる音がして、となりの子に気遣ったのだろうか小さな声でなにやら会話をして、ときには笑い声がこちらまで聞こえてきた。ぼくらの前には何本かの空になったビンが並んでいた。そうなると、闇にかくれていた生き物のような思い出がふたたび浮かんできた。もちろん、松田の脳のなかにも浮かんできたのだろう。

「ラグビーをいつも応援していた子、あの子、可愛かったよな」という風に。
 雪代と那美さんは、そのときに部屋に戻ってきた。

「みんな、ひろし君にそのこと、聞いたほうがいいのよ。遠慮せずに」と、雪代は言った。それは着られなくなった洋服をタンスの中から見つけたような言葉であり、または冷蔵庫の奥の正体不明のものを手にするようなニュアンスでもあった。

「ただ、あのときのことを思い出すと、その映像が浮かんだもので」と彼は言い訳をするように説明し、直ぐにグラスを口に持って行き、言葉を呑んだ。

「わたしでさえ、そのことを覚えているしね」と、雪代はぼくの顔を見た。それを見て、そうだったんだ、という感じでぼくはうなずいた。しかし、それは、もう3年も前の話だったのだ。

 雪代は、いまだに近くの美容院のポスターの仕事をしていた。数ヶ月に一度、それは更新され、そのときどきの流行している髪形でそこに収まっていた。彼女は、那美さんの髪型をすこしいじり、「こうした方がいいんじゃないの?」とかのアドバイスをしていた。彼女は、もう数ヶ月でこちらに戻り、洋服屋をはじめることになっている。不思議と、誰もが雪代を信頼した。那美さんの鏡に映った視線もそのことを物語っていた。

 ぼくらは、歩いて帰る積りだったが、眠っている男の子の横で眠り始めてしまった松田を残し、那美さんの運転する車で家まで送ってもらった。そこで降り、彼女の車が消えるまで寒空の下、見送った。空を見ると、星がよく見えた。ぼくは、この星とシアトルの星はどのように違うのか考えていた。となりには暖かな身体を寄せてきている雪代がいて、それをどうしても手放したくはない自分だが、あのラグビーを無心に応援してくれた女性の姿も、松田の言葉を通して甦ってきてしまっていた。
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拒絶の歴史(91)

2010年07月24日 | 拒絶の歴史
拒絶の歴史(91)

 大学での勉強を午前中に終え、昼ごはんを食べるのを兼ね、ファースト・フードの店に入った。食べ終えるとそこを机にしてノートやらを開き、勉強を始める。その日は、なにごともすらすらと頭に入り、自分の未来に光を与えられたような錯覚を抱いていた。

 飲み物がなくなればお代わりをして、またノートに鉛筆で文字を書き込んだ。そのとき、ふと聞き覚えのある声をきいた。

「やっぱり、そうですね。勉強ですか」それは、ゆり江という女性だった。彼女は妹の友だちでもあり、まだ彼女が高校生のときに数回会った思い出があった。
「ああ、君か。こんにちは」
「前に座って、ちょっとお勉強の邪魔をしていいですか?」ぼくは、どうぞという感じで椅子を指差した。彼女は座ってからストローの紙を剥ぎ、上のプラスチックのふたに差し入れた。

「元気にしてた?」彼女は、会わない間に大人びた表情を身につけ、自信のある様子もうかがえた。
「とても」
「大学に通ってるんだよね?」
「ええ、短大ですけど。そういえば・・・」と言いにくそうな表情を見せて、「裕紀さんから、手紙を貰いました」
「そう? 彼女はいま、なにをしているの?」
「気になります?」
「それは、もちろん」
「知っているかもしれないですけど、シアトルで勉強をしているみたいです。それが終わったら日本に戻るみたいです」それは、ぼくにとっては新しい情報ではなかったが、このゆり江という子が放つ一本の線を通して、ぼくらはどこかでつながったのだ、と思っていた。「また、会ってみたいですか?」

「それは、どうだろう? ぼくはあんまりヒューマンじゃない行動をしたから」
「わたしも、近藤さんと知り合いになった、と手紙に書きました」
「それで?」
「彼は、いまでも優しい人かしらという返事がありました」
「この、ぼくが、優しいひとだって?」彼女は笑った。
「わたしも、そう思って、とても頑固なひとのように思えます、と書きましたよ」その言葉の方がずっとぼくにはしっくりきて、どこかでその言葉の持つ意味に安心した。「そうですよね?」

「そうだろうね」ぼくは笑った。「ひとを良く観察できていると思うよ」
「わたし、待ち合わせをしているんです。もう直ぐ来ると思うので席変わりますね。知らない振りをしてもらってもいいですか? 彼、ちょっと嫉妬深いところがあるから」
「そう、男性?」彼女は以前には見せたことのない感じの満面の笑みで頷いた。

 彼女は窓側の席に移り、そこから階下の通り過ぎる人々を眺めていた。そして、小さな鏡を取り出し、自分の表情の点検をするように覗き込んでいた。そうすると、ジーンズがよく似合っている若者が階段を登って入ってくるのがぼくの席からも確認できた。ぼくは少しだけ淋しいような感じをもった。彼女はぼくがいたことなど最初から忘れてしまったように、彼をみつめ歓談していた。そのことを淋しくも思ったし、裕紀のその後のことを、もっと聞きたいという気持ちが奪われたことをそれ以上に淋しい気持ちにさせたのかもしれなかった。

 ぼくの未来への光を与えられたような頭脳は一瞬にして消え、さまざまな過去のいくつかの映像を探しては、どこかの部分とつなげた。品質の悪いビデオテープのように、それはどこかで止まり、どこかでざらついた。だが、その映像の質が悪ければ悪いほど、自分は宝物のような気持ちを持ってしまっていた。

 ゆり江とその男性は、その後20分ほどしゃべっていたが、テーブルのごみを片付け、席を離れ下に下りようとした。彼は先に降り、その後ろについていくゆり江は一瞬振り返り、ぼくの方を見た。彼女の頬は笑顔のため、可愛く膨らみ、その表情を長いこと見られる男性をうらやましく感じた。ぼくも分からない程度に会釈をして、彼女の後姿を見送った。

 それから、またぼくもバックにノートを詰め込み、バイト先に向かった。商店街は年末に向けての書き入れ時らしく、不思議な活気があった。ぼくは、浮かれたような音楽がスピーカーから流れるのを聞くともなく聞き、そこを歩いている。ある女性をむかしに知って、それを失い、また情報だけを手に入れた。ゆり江という子が数ヶ月や1年で変化したように、その女性もどのような変化を遂げたのであろうか、とても気になった。しかし、多分、もう2度と会うこともないのだろう、とそれを宿命のようにも感じていた。感じていたというよりか、実際に自分の罪を引き受け、決めていたのだろうとも思う。したくもないことを無理やり引き受けてしまい、従っているひとのように、自分のつまらなさを思い、ゆり江という子が与えてくれた情報と、自分の頭のなかで作り上げたイメージに動揺もしていた。
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拒絶の歴史(90)

2010年07月19日 | 拒絶の歴史
拒絶の歴史(90)

 ぼくはバイトを終えて家に帰る。小さな包み紙は大学に通うバックに放り込んだ。それを開きながら、雪代に話しかける。彼女は段々と仕事を減らし、2ヶ月に1度ぐらいだった帰省が、1月に一度になり、いまは2週間に1度ぐらいは戻ってきていた。もちろん間隔は、どうしても断れない仕事があれば微妙に左右したが、ぼくらが会う時間が増えたことは間違いなかった。

 中には、チョコレートが入っていた。それをくれた女の子は幼稚園ではじめてバレンタイン・デーの存在を教えてもらい、それを試しに演じてみたかったらしい、とその母が言った。

「こんなものもらった。別れたら、わたしを好きになってくれる、という言葉とともに」
「それで、嬉しかった?」
「もちろん、悪い気はしないよ」
「その女の子に嫉妬した方がいい?」

 ぼくは笑った。そのつまらない比較にもならないものを同じ台にあげることは意味をなしてすらいなかったからだ。笑い声を受け止めながら、彼女は洋服を畳んでいた。それが彼女が日常に着るものなのか、売るために購入したものかは判断できなかった。そのどちらかであったかもしれないし、両方であったのかもしれない。

「帰ってきたばかりで、ご飯を作る暇もなかったんだけど」
「別に構わないよ、どっか行こう」

 ぼくは1個、チョコレートを口に投げ入れ、その美味しさに驚いていた。その女の子が将来そのシステムをどのように活用するのかを考えた。ぼくは大人になった彼女を想像し、またいつか再会するようなことがあれば、今日のことを覚えているのか、またはぼく自身のことを覚えているのだろうかと答えがでない疑問を頭の中で思い巡らした。

「わたしも、一個もらっていい? それとも嫉妬に駆られた女を演じた方がいい?」
 ぼくは彼女の手のひらに、その一粒をそっと乗せた。彼女は包みを丁寧にひろげ、口に入れた。
「あら、おいしいね」ともう無くなって包みだけになっている手のひらを眺めた。
 ぼくらは上着を着込み、彼女は首にマフラーをぐるぐると無造作に巻き、外にでた。握った彼女の手はとても冷たかった。寒い中を歩いていると、後方から来た車の窓が開き、声をかけられた。

「やっぱり、近藤君だったか。どっか行くのか?」声の主は上田先輩の父だった。
「ああ、こんばんは。いやご飯をどこかで食べようと思ってましたけど」
「じゃあ、いつものとこ、行こう? オレも車を置いて来ちゃうから。疲れたときは誰かと話をしたいもんだよ。いい?」と言って、雪代の方を向いてたずねた。彼女は笑って、同意した。

 ぼくらはゆっくりと歩きながらも、先に店に着いてしまった。席に案内されメニューを眺めていると、上田さんも入って来た。

「悪い、悪い、ごめん、ごめん」とおしぼりを掴み、手を拭いた。「なんだ、まだ、頼んでいないのか?」と言って矢継ぎ早に注文した。数分経ってからさまざまなものが加藤さんという女性の手を通して運ばれてきた。

「遅くなってごめんね。それにしても近藤君には、こんな可愛い彼女がいたんだ?」ぼくの返事を待たずに、上田さんが、
「うちが建てている駅前のビルの1階で、彼女は洋服屋さんをはじめるんだ。オープンしたら買いにきてよ」と、ぼくら以上に、彼は現実になっていないその店を売り込んでくれた。
「そう? どんなものが並ぶのかしら。わたしも着れるかな」と言って、また戻りまた往復した。

 ぼくらの若い胃袋を上田さんは感心し、普段息子に与えられない栄養をぼくらに配ることを嬉しがっているらしく、自分の声の音量が大きくなっていることも気づかず、ほどほどに酔っていった。彼はいつものようにさっと会計し、「明日も稼がなくちゃ」と言って店を出た。ふたたび雪代は首にマフラーを巻き、ぼくにもたれかかった。

「小さな女の子から、大きな女性まで、ひろし君は気に入られるんだね」と少し酔いがまわった視線で雪代は言った。ぼくはなんのことか分からないという風に彼女を眺め、この両手は潔白である証拠に自分の手のひらを見つめた。やはり潔白であると思って、彼女の片方の手をそっと握った。
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拒絶の歴史(89)

2010年07月18日 | 拒絶の歴史
拒絶の歴史(89)

 いつものようにバイト先にいる。店長は新聞のスポーツ欄を開き、日本シリーズの戦況を眺めている。

「サッカーを、もうあんまり教えていないんだって?」
「回数を減らしただけですよ。これでも、まだ学生の身分ですからね」
「そうだよな、勉学っていうのは、とても大切なもんだよ。当時は知らなくっても、早く気がついた方がいいよ」
「身体を動かして、なにかを経験するのも大切ですよね」
「それは、大切だよ。その手助けをしただけでも、自分の将来の財産になるよ」

 店長は、そう言った。もう新聞はきれいに畳まれていた。店内で流している映像にはアメリカン・フットボールの去年の決勝戦が流れていた。彼は、意図しないながらもスポーツへの関心にたいする興味を増やそうと啓蒙しているようだった。もし、間違いであったとしても自分は店内で暇にしているときにそれらの映像を眺め、さまざまな角度から、スポーツを知り、それで影響下に置かれたぼくは新しいスポーツを好きになった。

「いまでも、良い経験をしているのを実感していますよ。それを誰かにも知ってほしいぐらいです」
「大人になれば、もっとそう思うはずだよ」
 彼の言葉はその通りであり、ぼくはそれが痛いほど段々と大きくなっていくのを感じ、ぼくがいっしょにサッカーをしていた子たちは、それぞれの進路で成長を遂げ、何人かはその才能を発揮させてぼくをその後も楽しませてくれた。しかし、それはまだまだ先のことだった。

 話が終わりぼくはまた映像を眺めていた。ある黒人選手がかなりの距離を走りきりタッチダウンを決めた。そこで店の戸が開いて、冷たい風が入ってくるのを感じた。

「ああ、いらっしゃい」
 立っているのは、松田というぼくがサッカーのコーチを代わってもらう友人だった。彼は、学生時代に使っていたスパイクを実家から取り寄せ、それを履いていたが年月の経過とともに、それはくたびれていた。新しいものを買おうとするも、彼の足のサイズに合うものがなかったので店長に頼み仕入れていたものが入荷していたので、ぼくは電話をかけ、彼はそれを取りにきたのだ。
「店に届いたんだよね?」
「うん。履いてみる」

 彼は椅子に座り、自分の靴を脱いだ。ぼくは箱から新しいスパイクを取り出し、紐を緩めた。彼は、それを視線をあげて眺めていた。実際に足を入れ、紐を結びなおし立ち上がって数歩、歩いてみた。試合や練習と同じように片足を上げてみたり、軽くジャンプをしたりした。その様子ははじめてシューズを手に入れる少年のようだった。ぼくは、それをみてこころが和んだ。

「うん。履きやすいよ。ありがとう」と言って、名残惜しそうにスパイクを脱ぎ、自分のスニーカーに履き替えた。ぼくはまた箱に戻し、袋に入れて彼に手渡した。

「オレの代わりにも頑張ってくれよ」といったが、彼がその役割にぴったりの人材であることを誰よりも自分は知っていた。ぼくらは小学校のときに同じグラウンドで練習したし、彼が面倒見のよい人物であることも目を通して理解していた。何よりも自分の子どもがいることで、幼少の子たちの扱い方も経験していたし、預ける親たちも安心ができるはずだった。
「もちろん、頑張るし、自分でも楽しむよ」と彼は返答した。

 袋を片手に彼は店を出て行く。自分も途中まで彼を見送った。秋の終わりの冷たい空気が商店街の中を通り抜けていった。
「あの子、妊娠させて学校を辞めた子なんだろう?」店長の物言いは、いつも単刀直入だった。だが、悪意はいつも欠けらすらもないひとだった。
「そうです。サッカーをあのまま続けていれば、それは良い選手になったと思いますけど。でも、ひとりの少年の命がかかっていることですからね」
「うちの奴が公園で会うと言ってたな。そういえば。可愛い男の子がいるんだよな」

 店長はほうきとちり取りを持って、店の外に出て行った。枯葉が数枚飛んでいるようだった。彼は無心に店の前を掃き、そのことを忘れてしまったかのように隣の本屋さんの主人と話をしはじめた。大声で笑っているような様子が窓の前に見え、ふたりの関係がそれだけで分かるようだった。

 それに夢中で妻と娘が入ってくるのにも気づかす、背を向けたまま話し込んでいた。
「ひろし君、こんにちは。これ上げる」と店長の娘は言って、小さな包み紙をくれた。「いまの彼女と別れたら、わたしのこと好きになってくれる?」と言って、にっこりと笑った。その自分の言葉に照れてしまったように、奥の部屋に消えた。奥さんが、「ごめんね。つまんないこと言って」と謝り、娘の名前を呼んで何かを言っていた。
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拒絶の歴史(88)

2010年07月17日 | 拒絶の歴史
拒絶の歴史(88)

 山下と妹が戻ってきてまた合流した。そこは、ぼくと山下が懸命になって汗を流した場所でもあった。知らない間に自分はこころのなかに聖域のような領地を作り、過去の大切なものや瞬間を閉じ込めていた。それには、あの猛烈に頑張ったいくつかの記憶も居場所を作っていた。

「近藤さん、もう一度ラグビーをやってみたいとか思いません?」と山下に訊かれた。
「もう、それはいくらなんでも遅すぎるよ」
「そうかな?」と雪代が言ったが、ほんとうは誰もが遅すぎること知っていたのかもしれない。

 ふたたび家に向かい、夜が始まった中を歩いている。ちょっと前には雪代がぼくの知り合い立ちといっしょに歩いている姿など想像できなかった。だが、いまはこうしてそれが現実のものになっている。それは自然に訪れたようだったが、自分は長いことそれを望んでいたことを知っていた。望み続けたことの結果がこのような幸せな状態であることの、その結末を自分は愛そうと思っていた。

 家に着くと、テーブルは片付き、その上にケーキが並べられていた。父親はお酒が入ったためか眠くなったと母に言い残し、もう消えていた。

 ぼくらは、またテーブルに着き、フォークを使ってゆっくりとケーキを食べた。ひとりの時間にケーキなどを食べることはなかったが、このような団欒の場で、それも雪代がそこにいてという雰囲気で食べていると、それは一層おいしさを増しているようだった。

 いくらかの笑い話と、またいくつかのしみじみとした話と、山下の学生生活などを聞いているうちに、なんとなく帰るタイミングを失っていたが、さすがに彼も実家に帰らなければならないので、ぼくの車は雪代がハンドルを持ち、彼は、妹が運転するうちの車でそれぞれが帰途に着いた。彼らも、ふたりきりになる時間が必要なのかもしれない。その前に、そのふたりは雪代に包装された袋を手渡していた。

「開けてみてくれる?」
「自分で開けなよ」
「手が離せないけど、いま見たいのよ」
「じゃあ、車を止めればいいじゃん」

 というやりとりをし、車は路肩にとまった。たまに対向車や後続車のライトがぼくらを照らした。袋を開けるとそこには写真立てが入っていた。妹のものらしい幼い筆跡が残っている文字で、「大切なふたりの記録をこの中に留めていってください」と書かれていた。それは、ぼくらの裏切られた時間が報われた瞬間でもあり、勝利のときめきでもあった。普段見せない表情で雪代は呆然とし、ハンドルに顔をうずめた。そして、その後に涙がこぼれたと思ったら、それは次から次へと続き、最終的には嗚咽のようなものになった。彼女にしては珍しいことであり、そのことにぼくも単純に驚いていた。

「どうした? 大丈夫?」
「なんとなく、とても嬉しかった」彼女は濡れた目をこちらに向け、「このようなシンプルなものがいちばん胸を打つとは知らなかった」と言った。そこから涙が止まるのには時間がかかった。ぼくは彼女の濡れた頬に自分の唇を近づけた。彼女特有のにおいをより鮮烈に感じ、ぼくは車内の狭さを感じることもなく、世界は限りなく広大でその中で自分らが幸福でいられることを知って、そのことにもまた酔っていた。

 また車はウインカーを点灯させ、本来の道に戻った。数分後、アパートの裏の駐車場に車を止め部屋に入った。

 雪代はそのままバスルームに消え、そしてシャワーの音が聞こえてきた。ぼくは音楽をかけソファーに座り、なにも考えずただ耳を傾けていた。だが、今日のような日になにも考えることをしないということは実際には不可能であったらしく、ぼくらの積み上げてきた数年の記憶を取り出しては点検した。そして、雪代が出てくると最終的にピリオドをつけるように自分の思いを止めた。

「ひろし君、妹さんに電話してくれる?」
「いいよ、いま?」彼女は濡れた髪を拭きながら、うなずいた。
 ぼくは指先が覚えているいくつかの数字を押し、家に電話をかけた。妹ももう戻っており、最初に出た母に頼み妹に変わってもらった。感謝の言葉やら、伝えておかなければならないことを言って、

「雪代も話したいみたいだよ」と言い、ぼくは受話器を雪代に渡した。
 彼女は、数分話していたみたいだが、聞くのも悪いと思い、また音楽がかかっている部屋に戻っていた。ニール・ヤングの良さなどまったく気づいていなかったが、今日はなぜか胸に染み入ってきた。

「じゃあ」という言葉が聞こえ、受話器を戻した雪代がこちらの部屋に入って来た。そして、また泣いている姿に戻っていた。その様子は10歳ぐらいのまだ成長過程にいる少女のようだった。
「どうしたの?」
「妹さんが、よくも知らないのに交際しなかったり、排除してしまっていた自分たちが悪かったと謝ってくれた」
「良かったじゃない」ぼくらは二人だけでももちろんのこと幸福だったのだが、それがもっと大きなものに成長し化けてしまう予感を覚え始めたのだろう。
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拒絶の歴史(87)

2010年07月12日 | 拒絶の歴史
拒絶の歴史(87)

 それから、2週間ほど経って、ぼくは実家に向かった。車の助手席には雪代がいた。彼女は落ち着いていた。途中の店でケーキを買い込み、彼女はそれをひざに抱えていた。そして、少し離れた特急が止まる駅まで山下を迎えに行った。彼は大きなボストンバックを担ぎ、辺りを見回していたが、ぼくが車から降りるとやっと安心したような顔付きになった。
「山下と言います」彼は、車に乗り込むと雪代に挨拶した。彼女も同じように自分の名前を言い、「山下さんのことは試合でも知っているし、よくひろし君が話してくれます」とそれ以降も答えられることがあればいつでも丁ねいな説明をした。

 彼の身体は一段と大きくなり、それがまた自信がある様子にも見えた。彼は大学に行って、自分の経験を積み、その才能によってレギュラーも手に入れられそうだった。ぼくは当然のことのように、自分がもしそういう道を歩んでいたらどうなっていたのだろう? という無意味な空想を自分に課した。無意味であるだけにそれは楽しかったことだし、またその反面自分をむなしい気持ちにさせた。人である限り名誉を受けたいという気持ちが自分にはあるのかもしれなかった。それを山下は実力で手に入れ始め、ぼくはなにも持っていなかった。身体を動かすのは小さな子たちにサッカーを教えているときぐらいだった。それはあまりにも苛酷という言葉から遠く、自分の考えでは遊びという範疇に近かった。

 車の中では自然な温かみというのとは違い、どこかぎくしゃくとした関係が残っていた。山下もまた、ぼくが高校生のときに交際していた女性に肩入れしていた。それを忘れても良さそうなのに、彼は忘れることができなかったらしい。そういう感情を持っている人間と雪代を並べることを自分は嫌なはずだったが、とくに雪代は関心もなさそうに言葉が交わされない状態のときは、窓から流れ往く景色を眺めていた。

 家に着いて、妹がその音を聞き、玄関のドアを開けた。彼女は山下の荷物を受け取り、それを横の部屋に入れた。そして、ふたたび出てきて、ぼくと雪代を家のなかにはいるよう促した。

 テーブルでは父は新聞を読んでいた。「ようこそ」と言って気温のことや天気のことを質問した。母も台所での仕事を中断し、こちらに出てきた。

「息子がいつもお世話になって」という中途半端であるようにぼくが感じた言葉を発した。
「いえ、こちらこそ」と雪代は言ってから、自己紹介をした。それらの情報を彼らは持ってるはずだが、はじめて聞いたような素振りをした。打ち解けるには時間がかかる気配があった。

 静かになり勝ちのテーブルだったが、山下がいつものように面白い話を提供し、その合間に食事を片っ端からたいらげた。うちの家族は全員、山下のことが好きだった。かれこれ4,5年は彼のその大食振りを見てきたはずだ。それをはじめて目にする雪代は少し驚いていたようだったが、表情だけで口にすることはなかった。

 雪代は質問されたことの返答に自分の仕事の話をしたが、ぼく以外にはそれがどのようなものか全員が理解できなかったのかもしれない。実際の労働がはいらないことで、一体どのように金銭が生じるのか難しく考えているようだった。だが、それも半年ぐらいでこちらに戻り、洋服屋をはじめるという段階になって両親や山下は、頭の中にその映像を浮かべているようだった。

 ぼくらは満腹になり、またある面では息苦しさを感じていたのか、山下が久々に戻ったので高校の方まで歩いてみたいと言ったので、ぼくらは4人で外に出た。母は、
「べつに今日じゃなくても」と言ったが、父は、
「歩いて、またお腹を空かせたいんだろう」と言って、ひとりで笑った。
 妹は雪代と伴って歩き、ぼくは山下と歩きながら見慣れた町をゆっくりと歩いた。近所のおじさんは犬を散歩させていたので、ぼくは近付き頭を撫でた。
「ひろし君に撫でられるの、好きなんだよなこいつ」とおじさんは犬の背中を撫でながら嬉しそうに言った。

 ぼくらは、彼の大学での生活を話し、またラグビーのことなども会話にのせた。
「あのひと、近藤さんと合っているみたいですね」突然、山下がそう言った。
「だって、もう何年にもなるんだぜ、合って当然だよ」
「そうですよね」と言って彼は、口をつぐんだ。そこにはもういない誰かのことを想像しているような感じがみえた。彼は、そのセリフを以前にもいったはずだと思い出しているのかもしれない。ぼくは、そのことを橋を渡りながら考えている。

 山下と妹はなにかを買いに行くため、ぼくらから離れた。

 ぼくは、高校の裏門で雪代と校庭を眺めている。
「最初に会ったときのこと、覚えている?」と彼女が同意を求めるように質問した。
「まだ、16歳だった。こんな、きれいなひとがいるのかと驚いたことを覚えてるよ」
「ほんとに?」
「ほんとうだよ。誰があんなひとと付き合えるのだろう? と思ったけどね」
 校庭ではテニスのユニフォームを着た少女たちが練習を終えたのだろうか、グラウンドに水を撒いていた。それがキラキラと輝き、その一瞬を誰も封じ込めることはできず、ただ時間は流れ行くものだという当然の感慨をぼくは頭の中でなぞっていた。
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拒絶の歴史(86)

2010年07月11日 | 拒絶の歴史
拒絶の歴史(86)

「家にこんど、遊びに来てと言われた」と、雪代はぼそっと言った。
「誰に?」ぼくは全然、べつのことを考えていたのかもしれない。ビニール袋の中身が重いなとかを。
「誰って、ひろし君の妹さんがよ」
「美紀が?」
「そう。荷物ちょっと持とうか?」
「いいよ。大丈夫だよ」と両手をぼくは軽くあげた。外国人がナンセンスだというときの態度のように。

「こんど、ラグビー部の後輩、ひろし君のこと好きだった子がいたよね。あの子が戻ってくるんだって。そのときにでもって」
「山下がか」ぼくはちょっとだけ考えるために沈黙し、「雪代はいやじゃないの?」と訊いた。

 ぼくは、もう三年間ほど雪代と交際していたが、彼女はぼくの両親に会ったこともなければ、また逆にぼくも彼女の両親に会ったことはなかった。その出だしが悪かったこともあったが、そろそろ修復の時期に入っても良かったのかもしれない。しかし、ぼくは、ある女性のことを完璧に忘れることもできないでいた。ぼくの高校時代はラグビーとある女性への思い出が当然のように結びついていた。

「かれこれ東京にでてから、たくさんのひとに会ったし、誰かに脅えたり緊張することも少なくなってしまった」
「その時期の都合はどうなの?」ぼくは、実際的な問題のことを考え出した。
「大丈夫だと思うよ。急な仕事が入ってこなければだけど」

 ぼくは、鍵がポケットに入っていることを告げ、両手を塞いだ状態なので、雪代にそれを取ってもらった。鍵を開け、なかに入った。ぼくは冷蔵庫に入れられるものをしまい、それを背中越しから見ている雪代が食材を探している。

「ピーマンとナスを取って」と言われたのでぼくはそれを掴んで彼女に渡した。それで、今日の夕飯の大体のメニューが想像できた。ぼくは、窓を開けてベランダに出て、そとの景色を見ながらビールの缶を開けた。後ろでは何かを包丁で刻む音がした。手伝えることを頭では考えていたが、行動には行かず、ただこの幸福感に酔っている自分がいた。彼女は手際よく数品を作り上げ、テーブルに乗せるのだろう。ぼくは缶の中味を飲み干し、
「ちょっと、出掛けるね」と言って外に出た。雪代は怪訝な顔をした。

 ぼくは近くにある花屋に行って、いつもテーブルが殺風景であることを思い出し、今日ぐらいはなぜか花でも飾っておきたいと考え、適当なものを見繕ってもらい、それを購入した。花瓶は、まだ雪代がこっちで住んでいるころに残していったものが台所の奥のほうに眠っていたはずだ。それは、ぼくだけが住んでいるときには出番が与えられずにいた。その帰りに公衆電話に寄り、実家に電話をかけた。まず、母がでてぼくの近況を話したり、彼らの最近のできごとを聞いたりした。その後、妹に代わってもらい、さっきの様子を問うた。

「だって、会って話してみれば、とってもいいひとじゃない。お兄ちゃんにはもったいないぐらいの」
「それなら、いいけど」
「お父さんもお母さんも口には出さないけど、関心があるみたいだよ。もう、あのことも許しているみたいだしね」ぼくは、ひとりの女性を獲得するために、いとも簡単にひとりの女性と縁を切った。自分がそういう過去をもっていることを、いまは不思議なことのようにも感じている。電話を終え、また家まで歩いた。夏より日没は早くなり、自分をこころもとない状態にしていた。

「どこ、行ってたの?」
「テーブルが殺風景だと思ったんで、いくらかでも華やかになればと思って」ぼくは照れたように、「花瓶、どこかにあったよね?」と訊いた。

 彼女は料理の手を止め、ぼくを凝視した。そこには愛情の証明みたいなものがあった。そして、言葉というものは、その目の表情をみると、いかにむなしいものであるということをぼくは知った。

 テーブルの上の料理と花瓶に挿された花の向こうに雪代の顔があった。ぼくは、ここ数年間の彼女の表情のいくつかを思い出そうとしている。だが、人間はいま自分の目の前にあるものが最高だと思い、ぼくも今の状態がベストなものだと思い出を更新していった。これは、彼女に対する愛情の物語だったのだという最初の意図を忘れがちであったのだが。

「これ、おいしいね」と言って料理を褒め、ワインのスクリューを開け、グラスをそれで充たした。
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拒絶の歴史(85)

2010年07月10日 | 拒絶の歴史
拒絶の歴史(85)

 秋になった。

 それまでに雪代から洋服やアクセサリーの入った荷物が何回か届き、また実際に自分で車の後部に入れて持ってきたものもあった。ぼくはそれらを倉庫に詰め込み、ふたたび鍵を閉めた。荷物は空間を半分くらい埋め、徐々に理想の店舗に近付いていくようだった。

 上田さんの父の会社が建てている駅前のビルは、春ぐらいまでには完成されそこのテナントとして入ることをぼくは勧められていた。それを前に雪代に伝えてあったが、彼女も決心が着き、そこを借りることに決めた。何度か交渉があり、もともとぼくに対して、息子の友人であるという一番の利点があったからか便宜を働いてくれ、予想したより低い賃貸料で使うことができることになった。まだ、会社も成長段階で、彼の一存にかかっていることが多かった。そして、彼は人より情の量も多かった。

「それよりか、近藤君もうちで働けよ」と彼はいま思いついたというように言った。しかし、自分はいつかこの言葉が彼の口から出るであろうことは予感していた。

「そうですか? 考えておきます」とぼくは自分の口からその言葉が自然と出た。ぼくの隣に座っている雪代は驚いたような顔をして、ぼくを見た。その後、そこの会社をあとにすると、
「あれって、本気で言ったの?」と訊いた。
「なんで?」
「いろいろ都会の大きな会社とかもあるし」

 ぼくは自分の背丈が分からないような気持ちだった。だが、いままでの関係性の延長に自分を置いておきたかったのも事実だし、それがこころの底にはあった。彼女は数年でお金を集め、自分の理想を叶えようとしていた。そこからぼくの風景を見ると、あまりにも野心がないように見えるのかもしれない。しかし、それからはお互いにそのことについて触れなかった。なんだかんだいっても、ぼくはまだ自分の未来を決めかねていたのだ。そのことも雪代は理解していたはずだ。

 雪代が帰省するといつも行く喫茶店に入った。たぶんバッハであろう音楽が優雅に流れていた。それだけで、この店内が異次元にあるような錯覚をいだいた。ここは昨日のつづきであろうかと?

 彼女はケーキを食べ、コーヒーを飲んでいた。ここのコーヒーがどこよりも美味しいときまって彼女は言った。そして、東京の友人たちや、その友人宅で飼われている犬のことや、おいしいサラダのことなどを次から次へと話していた。それに比べると自分の宇宙はあまりにも狭かった。会う人も当然のように限られていた。何人かの顔が浮かび、それが誰かに変わってしまうことはありえなかった。

 ぼくらはそこを出て、スーパーで買い物をしたあと、家で飲むようのお酒を買いに行った。その店は妹がバイトをしており、ぼくはたまに自分ひとりでも買いに行くことがあったが、雪代は初めてだった。

「いらっしゃいませ」とラフな格好の妹はぼくと雪代に声をかけた。
「こんにちは」と雪代も笑顔で言った。

 妹は照れたような様子を見せ、根本的に好奇心のかたまりのような彼女は、憎むという以前あった方針よりそれが飛び越えてしまったように雪代といろいろと話していた。

 ぼくはその間にビールをかごに入れ、ワインを数本選んでいた。そこに店主があらわれ、おすすめのものを奥から持ってきてくれた。

「まだ仕入れたばかりで値段も決めかねているんだけど、妹さんの手前ね」と言って、ぼくと妹を交互にみた。また、そこにいる雪代のことも確認したらしい。もともと、ぼくの家の電気屋と目と鼻の先にあるその店の主人は、ぼくらの幼少のころから可愛がってくれ、その子どもがお酒を飲める年齢になったことが、ことのほか嬉しいようだった。

「今度、買うばっかりじゃなく、一緒にそとに飲みにいこうよ」と営業抜きの笑顔で彼は言った。ぼくは頷き、勧められたワインを2本ばかり手にした。

「ひろし君は地域のひとに愛されているのね」と雪代が言う。
「だって、子どものころからここだけで成長し、みんながラグビーを応援してくれるという間柄だしね。そうなるより仕方がないんだろうな」ぼくは都会で成功する可能性を否定する言い訳を探していただけなのだろうか? そればかりは直ぐに答えもでなかった。ただ、話題を探すのを困っているひとのように「妹となにを話していたの?」とたずねた。
「女の子だもん、いろいろだよ」と彼女はぼくの方をみてポツリと言った。
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拒絶の歴史(84)

2010年07月04日 | 拒絶の歴史
拒絶の歴史(84)

 日曜の朝は、仕事が休みだった雪代と最近起こったことや、これから起こるであろうことを電話で話した。彼女が友人と楽しむ今日の予定を聞いたが、自分はそれがどのあたりの場所を指しているのかイメージできず、適当なあいづちしか出来なかった。

 その後は、いつものようにサッカーの練習にでかけた。

 学校のグラウンドを借りていたので、そこには何の用事もないがただ暇つぶしのように見ているひとたちも多くいた。その日は、とくにそのような人が多かった印象が残っている。仕事をリタイアして暇をもてあましているような人もいたし、テレビより生きた人間を見たいと思っているようなお婆さんもいた。それは、悪いことでもないし、練習に打ち込んでいけば、自分の視界からも当然のように消えていった。

 消えていく人もいれば、消えない人もその中にはいくらかいた。ぼくは上田さんの父と飲みに行ったお店の加藤さんという女性が、息子らしき子どもを連れて見学しているのを見つけた。練習を先日、代理で行ってもらった友人が家族で見ているのも発見する。彼は、もっと近くで見たり、練習に突然参加しても良かったはずだが遠慮して一般のひとのように距離を置いて、こちらを眺めていた。しかし、熱が入ってくると誰よりも大声で声をかけてきた。それは、性分というようなものだろう。

 1時間ぐらい経って、休憩に入るといろいろなひとが話しかけてきたりする。大学生なのにデートもしないで、子どもたちにサッカーを教えている好青年と思っているひとも中にはいるようだった。実際にそのような言葉をかけてくる人もいたが、ぼくは愛想笑いをするぐらいしか返答ができなかった。ただ、距離が離れているために好きな女性と会えないだけだったのだが。

「この前はどうも」と加藤という女性がぼくに話しかけた。ぼくは、軽く会釈して、
「サッカーが好きなんだ?」と、となりに立っている男の子に代わりに話しかけた。その子は、遠慮がちにうなづいた。このチームは特別入るための試験があるわけでもなく、小学生になったら入れるから、ということを説明し、彼に年齢を訊いた。答えはあと数年の我慢が必要であるという事実を教えてくれる。

「また上田さんとでも、来てちょうだい」と彼女は言って、ぼくのそばから離れた。次は友人がそばに寄ってきた。

「やっぱり、お前の代わりもたまにはするよ」と言って、嬉しそうにぼくに語った。ぼくも、大学の勉強やら自分の能力の向上面で時間を割きたかったので、彼にその代わりをしてもらいたいと以前に話していた。その回答がこれだった。ぼくも喜び、彼も喜んでいた。それは金銭になるようなものではなく、ただ、自分の熱意だけの問題であった。彼がそれを悩みながらも引き受けてくれたことが嬉しかった。となりで彼の妻もその選択を正しいものだと感じ、後押ししているような様子がにじみでていた。社会の一員である我々だが、いろいろな組織を通して自分らは枠をひろげ、またさまざまなことを吸収していくのだ。彼ら二人は、高校生のときに不意に妊娠してしまい、学校を去ってしまった。そのときの子どもがそこにいて、また集団でなにかを目指して行動するという目標が得られたことを、ぼくは自然に喜んだ。また、自分にも余分の時間が戻ってきたことも同じように喜んでいたのだが。

 また、練習にもどって、簡単に2チームに別れて練習試合をした。高度なテクニックを身につけ始めた子どもたちもいれば、リーダーシップを放つ子どももいた。言われたことをきちんと守ろうとする子もいて、ルールを苦手とする子どももいた。それらを大人がやんわりと道筋をつけ、11人のまとまった集合体となっていく。ぼくが高校生のときになしとげたラグビーのチームのことを考え、また成し遂げられなかったことを反省し、自分の頭の中で不満として残っているものをその場で解消しようとした。なぜ、あのときああ考えられなかったのだろう、という後悔も、いまの自分は失敗を乗り越えられるだけの知識や経験を得たのにな、という時間の観念への冷たさや暖かさを感じていた。

 練習が終わり、またいろいろなひとが周りに寄ってきた。
「きれいなひとと話していたね。もう次を見つけたんだ?」ある関係を築いていたサッカー少年の母がぼくにそう言った。
「違いますよ。学生時代の先輩の父に連れられて行く店の人だから、ただの知り合いですよ。息子にサッカーを教えたいんで見学させていたみたいですよ」
「そうなんだ。あやしいけどね」

「それより、あれが帰ってきた旦那さんなんですね。とっても格好いいじゃないですか」彼女は満更でもない表情をした。ぼくは汗を拭き、そして、その動きに合わせ、もう一度だけその男性を見た。彼は自分の子どもに話しかけていた。子どもの成長に単純に喜んでいる素直な表情がそこにはあった。ぼくも、その子の成長や進歩にいつもながら驚かされていたのだが。
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拒絶の歴史(83)

2010年07月03日 | 拒絶の歴史
拒絶の歴史(83)

「この前、お前あの店に寄ったんだって?」
 バイト先に行くと、店長がぼくに話しかけた。この名前を入れない呼び方は、両者は同類だよなという意味が存分に含まれていた。
「え? なんで知っているんですか?」
「それにしても、お前も美人が好きだよな。他にいた客を覚えていないかもしれないけど、あの中にオレの友人もいたんだよ」
「そうなんですか。それで・・・」
「そうだよ。あの店の女性はそもそもオレたちの同級生でもあるんだよ。加藤さんっていうんだけど」

 ぼくは、その事実に少しだけ驚いている。
「世界は狭いもんですね」
「あの子は、オレらの学校の中でアイドル的な存在でもあったんだ。オレはいまの妻と直ぐ付き合ってしまったんで、その競争からは脱落したけど、それでもどこかではね。まあ、お前が河口さんっていうひとに憧れるような気持ちと同じなのかな。しかし、少しの年代の差でこうも違うのかな。オレたちは高嶺の花は、高嶺のままで置いといたけど、お前らは実際に行動するんだもんな」

「しかし、誰かと結婚していたんですよね。子どもにもサッカーを教えたいとか言ってたから」
「それも、オレらの同級生だよ。いまは離婚して東京にでもいるのかな」

 彼は、そこで口をふさぎ、その代わりに手を動かして店内の整理をはじめた。そうしていると彼の奥さんが娘を連れて戻ってきた。彼はその時刻を知っていて、女性の話を終えたのかもしれなかった。女の子は、バックを放り出し父に飛び掛った。彼はそれを受け止め、上空に勝利の記念のカップのように軽々と掲げた。

「こんにちは、ひろし君」と奥さんがいった。ぼくは、もうその家族の一員であるような錯覚をよく抱くようになった。それで、ぼくも自然と、「こんにちは」と返した。

 二人はそのまま奥に消え、店内はまたぼくらだけに戻った。並べられるものはきちんと整理され、いくつかのものは場所を変えて新鮮な雰囲気を作り上げようとした。しかし、誰も店に入ってこないのでぼくらはまた無駄口をたたくことになる。
「それで、あのひとは誰と結婚したんですか?」
「気になるのか?」
「まあ、それは」

「なんかみんなから、女性からだけど好かれるタイプの人間で、そこそこスポーツもでき、勉強もトップとまではいかないけど、賢いなという評判ぐらいは得られるタイプの人間だよ。それでも、家庭の環境でもあるのかな、少し不良っぽい感じで、あの年代の女性が気になるような感じを出していたね」
「イメージできますね」

「彼女は、何人からも迫られてもう疲れていたのかな、このひとと付き合えばまあみんな納得するだろうという気持ちでもあったのかな、分からないけどオレはそんな気がするね」
「打算ですか?」
「ちょっと違うけど、極論すれば、そうなるのかもな。ちょっと違うけど」
 ぼくは、そのひとりの女性の感情の流れが気になった。

「でも、離婚しちゃった」と、ぼくは独り言のように呟いた。その過程になにがあったのかはまだ分からなかった。そうした経験を取り入れていない自分は、想像すらもあまりできなかった。だが、その数年間で彼女が失ったものや、見出したものを探そうと考えたが、自分にはそれも分からなかった。

「まあ、いろいろあるもんだよ。それにしてもお客さん来ないな」と言っていると、店長の友人が会社帰りのスーツ姿で店の前を通りかかったので彼も店の外に出て行き、そこで長いこと立ち話をしていた。彼は基本的に誰かと会話することを好んでいるのだ。その為、彼の奥さんもその会話の不足ということで不満を持つことはなかった。だが、ひとりになったぼくはさまざまなことを空想する時間を与えられた。

 高校時代のアイドル的な存在であるということの満足と、誰かの視線を感じる恐怖。ぼくもラグビーをしていて声援をおくられ、その彼らが持ち始めてしまった位置まで頑張らないといけなかったことを考えていた。自分の目標でもあったことが、それは共有のものになった。加藤さんというひとりの女性の若かりし頃の悩みや心配を誰も知らず、ただその外見と放つ雰囲気により、みなの視線を浴びることになってしまうバランスをぼくは考慮した。してはみたがただしたというだけで、答えも解決策も得られずにいた。そのことをしった手前、ぼくは次に上田さんの父と一緒に店にいったときに、普通の顔をしていられるのか自分のことを逆に心配していた。

「なんか、たまに会ったんで飲みに誘われちゃった」と店長は嬉しそうな様子で店に入ってきて、奥にむかった。奥さんにことわりをいれるのだろう。あの長話で会話が終わってしまうこともなく、良い導火線にでもなってしまったのだろう。

 彼は、きれいなシャツを羽織り、「まあ、今日はこんな様子だから、お客も来ないし適当な時間に閉めて、飯でもあいつに用意してもらって食べていけよ」と言い残し出掛けた。その予言の言葉通り、数人がこまごまとしたものを購入しただけで、レジのなかのお金はそのまま大して増えなかった。
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