メカニズム(25)
満期になったぼくのノートがどこかに消えた。すると、次のノートが与えられる。
「前のは?」ぼくは、微々たる才能を掻き集めて、定期預金に預けているような心持ちだった。
「あれ、売ったから。いくらかお金になったよ」
あらましを説明される。彼女は店の常連の出版社のひとにぼくの作品を提供した。利益は百万。ぼくに八十万円で、彼女の手数料が二十万円。無料奉仕というのはお互いのためにならないとの一方的な潔癖な理由で。
「じゃあ、これで有名になっちゃうかもね」左団扇の予感。
「ならないよ」
「なんで?」
「だって、どこかのタレントさんの名前で売られて、そのひとが多少の評価を加えるだけだから」
「詐欺じゃん?」寝耳に水。
「詐欺じゃないよ、正当な資本主義」
「なんだ、損した」
「まだまだ、これからでしょ」ひとみは微笑む。「それから、わたし、そのひとと住むことになったから。その八十万円で引っ越しの準備をして」
「ほんとに?」
「悪いけど、ほんと。善は急げ」
ぼくはアパートを探す。ひとりということは大体、半分のスペースで済むのだ。仕事はまだ決まっていない。不良債権のような自分の立場。ところで、彼女は天使だったのか、悪魔だったのか。これも、また天使の一形態なのだろう。ぼくの前に表れたエンジェル。もしくは、ぼくの筆が作り上げた愛しい天使。
ほんとうはひとみがアイドルで成功したら、ぼくの秘蔵の写真を売るつもりだったのに、反対にしてやられた。一枚、上手。堕天使にしてやることもできなかった。非情というものが欠けていた。ぼくはひとつの部屋を不動産屋の担当者と見に行く。決めるのを拒むことすら不可能な欠点もない部屋。保証人と急に言われた。ひとみは、まだその責務を負ってくれるだろうか。天使にそこまで望むことを許してもよいのだろうか。ぼくの売り上げ。彼女の取り分。歯がゆい夕暮れ。迷える山羊。
2016.9.10