システム・エラー
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普通の人より、歩く速度が遅いのかな。なんでかっていうと、女性と一緒に歩いていて、そのことを思い出そうとすると、女性の後姿しか覚えていないんだ。大体、無防備な後ろの、とくに背中なんかに、その人らしさが表れるよね。自分がどう見られているのかも、よく分からないし。
そうなんだ、前に話した歌手のことを、ついつい思い出してしまうことがよくあってね。もう日常的なものかな。その後姿も、普段街中を歩いているときにでも、背の高さが似ていたり、また髪型がそれとなく雰囲気が同じような場合ね、自然と彼女の立体像と重ねあわすというか、作り直す作業を頭の中で構築するんだろうね。
これが未練ていうのかな。だったとしたら、未練たっぷりだよ。いつか電話をしたことがあるんだ。やり直そうと意を決して、かけてみたんだけど、どうしても最後の言葉が言えなかった。なぜだろう。どうでもよい会話を続けて、切る寸前に、元気で、また、みたいな終わり方になっちゃたけど、もうちょっと勇気があったらね、とか思うよ。
そろそろ、そのことに決着をつけてもよい時期かもね。遅いぐらいなんだ。でも、楽しかったことも多かったし、別れて、その反芻にすら楽しい記憶が紛れ込むよ。やっぱり、ここでも彼女がピアノを弾きながらの、歌うときの背中を思い出すよ。リハーサルの時に、関係者としてライブ会場に入ったんだ。でも、本番のステージが始まったときに、後ろの方の席で見たんだけど、その小さな背中が愛おしかったのと、また逆に、その大勢の前で歌える彼女の度胸に、ちょっとビビッてしまったのも事実だよ。なんで、あんなことができるんだろう? とか正常な神経の持ち主なのか? とかもね。
もう、外は明るくなるのかな。旅に出なきゃいけないんだよ。ぼくの作ったゲームを原作にした映画があってね、外国での公開に向けて、いままで奔走してきたんだけど、やっと実を結んでね。それで今回もろもろのスタッフと一緒に行くはめになったんだ。いつでも旅行ってたのしいな。今度はヴェネツィアにも寄るんだ。そこでもちょっとしたインタビューを受けるんだけど。その前に、ちょっと個人的にもまわって下調べがてら、2月ほど前にも行ったんだけど、その時の旅行会社の担当者が、女性なんだけど、初々しくてね、そうなんだ、ぼくは女性にすぐ心ごと持って行かれそうになるんだよ。今度の、ゲームの主人公のイメージにも合ってね、なんかそれで上手く行きそうな予感も感じているんだ。ゲームの方だよ。さっき未練がまだあるって言ったばかりじゃないか。空港まで、車で送ってくれるんだよね。いつでも、旅立つ前って興奮するよ。好きなんだ、空港で、だらっとしながらジュースを飲んだり、周りで期待を膨らませた旅行寸前のはしゃぐ人たちを見るのが。それから、飛行機に乗って、ラジオを聴いてね。この前、行ったときには、彼女の新しい曲も、その音楽のプログラムの中にも入っていたよ。なんか涙が出そうになった。彼女の頑張っている姿を、とてもよく知っているしさ。こうなったらよいというビジョンを話してくれたけど、売れたことを抜きにしても、そのことに近づいているのか、呼び寄せたのか、そのパワーにも感激するね。そうメジャー的に売れるのが、すべて正しいとも思っていないけどさ、なんか基準だもんね。音楽家の名声って。もう準備は出来ているんだ。みんなが来る前には出るよ。居ないときの予定とか、連絡先も残したし、あとは本人が消えるのみだよ。ぼくがいなくても仕事だけは、楽しく快適に捗っていてほしいな。居ないとき、さぼるような人材はいないつもりだけど、まあ人間だもんね。仕方ないよ。じゃあ、荷物を車に載せるね。ありがとう。話も聞いてくれて。帰ってきたら、旅行中の楽しい思い出も話せると思うんだ。眠くない? 空港のそばのホテルに、帰りにでも寄るといいよ。無理させてごめん。ぼくは飛行機のなかで熟睡できそうだよ。一晩中起きていたしね。
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普通の人より、歩く速度が遅いのかな。なんでかっていうと、女性と一緒に歩いていて、そのことを思い出そうとすると、女性の後姿しか覚えていないんだ。大体、無防備な後ろの、とくに背中なんかに、その人らしさが表れるよね。自分がどう見られているのかも、よく分からないし。
そうなんだ、前に話した歌手のことを、ついつい思い出してしまうことがよくあってね。もう日常的なものかな。その後姿も、普段街中を歩いているときにでも、背の高さが似ていたり、また髪型がそれとなく雰囲気が同じような場合ね、自然と彼女の立体像と重ねあわすというか、作り直す作業を頭の中で構築するんだろうね。
これが未練ていうのかな。だったとしたら、未練たっぷりだよ。いつか電話をしたことがあるんだ。やり直そうと意を決して、かけてみたんだけど、どうしても最後の言葉が言えなかった。なぜだろう。どうでもよい会話を続けて、切る寸前に、元気で、また、みたいな終わり方になっちゃたけど、もうちょっと勇気があったらね、とか思うよ。
そろそろ、そのことに決着をつけてもよい時期かもね。遅いぐらいなんだ。でも、楽しかったことも多かったし、別れて、その反芻にすら楽しい記憶が紛れ込むよ。やっぱり、ここでも彼女がピアノを弾きながらの、歌うときの背中を思い出すよ。リハーサルの時に、関係者としてライブ会場に入ったんだ。でも、本番のステージが始まったときに、後ろの方の席で見たんだけど、その小さな背中が愛おしかったのと、また逆に、その大勢の前で歌える彼女の度胸に、ちょっとビビッてしまったのも事実だよ。なんで、あんなことができるんだろう? とか正常な神経の持ち主なのか? とかもね。
もう、外は明るくなるのかな。旅に出なきゃいけないんだよ。ぼくの作ったゲームを原作にした映画があってね、外国での公開に向けて、いままで奔走してきたんだけど、やっと実を結んでね。それで今回もろもろのスタッフと一緒に行くはめになったんだ。いつでも旅行ってたのしいな。今度はヴェネツィアにも寄るんだ。そこでもちょっとしたインタビューを受けるんだけど。その前に、ちょっと個人的にもまわって下調べがてら、2月ほど前にも行ったんだけど、その時の旅行会社の担当者が、女性なんだけど、初々しくてね、そうなんだ、ぼくは女性にすぐ心ごと持って行かれそうになるんだよ。今度の、ゲームの主人公のイメージにも合ってね、なんかそれで上手く行きそうな予感も感じているんだ。ゲームの方だよ。さっき未練がまだあるって言ったばかりじゃないか。空港まで、車で送ってくれるんだよね。いつでも、旅立つ前って興奮するよ。好きなんだ、空港で、だらっとしながらジュースを飲んだり、周りで期待を膨らませた旅行寸前のはしゃぐ人たちを見るのが。それから、飛行機に乗って、ラジオを聴いてね。この前、行ったときには、彼女の新しい曲も、その音楽のプログラムの中にも入っていたよ。なんか涙が出そうになった。彼女の頑張っている姿を、とてもよく知っているしさ。こうなったらよいというビジョンを話してくれたけど、売れたことを抜きにしても、そのことに近づいているのか、呼び寄せたのか、そのパワーにも感激するね。そうメジャー的に売れるのが、すべて正しいとも思っていないけどさ、なんか基準だもんね。音楽家の名声って。もう準備は出来ているんだ。みんなが来る前には出るよ。居ないときの予定とか、連絡先も残したし、あとは本人が消えるのみだよ。ぼくがいなくても仕事だけは、楽しく快適に捗っていてほしいな。居ないとき、さぼるような人材はいないつもりだけど、まあ人間だもんね。仕方ないよ。じゃあ、荷物を車に載せるね。ありがとう。話も聞いてくれて。帰ってきたら、旅行中の楽しい思い出も話せると思うんだ。眠くない? 空港のそばのホテルに、帰りにでも寄るといいよ。無理させてごめん。ぼくは飛行機のなかで熟睡できそうだよ。一晩中起きていたしね。