16歳-13
ぼくには嫉妬がない。嫉妬される覚えもない。いつから、そんな醜い感情がぼくに訪れたのだろう。そもそも、その醜悪な種は、ぼくに内蔵されていたのだろうか。判断もできない。ぼくはまだ嫉妬というものに、さらされていなかったのだから。
彼女が、誰か別の男性との恋を選ぶなど、ぼくは思っていなかった。だからこそ恋の渦中とも呼べた。彼女もおそらく同じ感情であると決めていた。女性が抱く心配や、感情の揺れや、無意味に到来する淋しさなど、その頃のぼくは知らなかった。知らないという点では、いまも等しかった。しかし、それをごまかし、言い訳することも少しながら覚えていった。もしかしたら、いらないものでも災害時のためにリュックのなかに備えておくことは悪いことではない。準備される容量による。必要だとしても日常つかっている家財道具のすべてなど緊急時にはいらない。大切なものは、ごくわずかなものだ。そうあってほしい。ぼくは長々と書く。彼女の抱いたかもしれない不安を、なかったものとしてごまかそうとして。
しかし、反対のこともあったと仮定する。それほど彼女がぼくに夢中になっていないことも、判事のような冷酷な目を通して見れば、事実にもなり得た。偽証でもない。夢中にならなければ相手に嫉妬すら起こらない。起こす必要もない。ただの通りすがりの男性。そこに、ちょっとだけ好意が加わったぐらいならば。
ぼくは嫉妬という感情をもっていない。このつながった手の先に不安の要素などない。だが、考えてみればぼくはほとんどの時間を彼女と過ごしてない。通学のために乗る電車内の彼女を知らない。短いスカートで。学校までの道のりの途中で親しい友人に会ったときの朝の軽やかな挨拶を聞いていないし、ほがらかな笑顔も見ていない。休み時間に笑い転げて、友人の肩を叩いたかもしれない姿も見ていない。友人たちと興味ある男性の話題に熱中することも知らない。起こり得た無邪気な可能性として、ぼくはその話題の中心人物になったかもしれない自分がいたことも知らない。十代の異性たちの気持ち自体が、途方もなく遠いものだった。彼女は自分の炎の対象として友人たちにぼくのことを話す。そして、説明する。親身な陪審員はある面では賛同するかもしれず、ある面では理解に苦しむかもしれない。その幼い友たちも有段者ではないのだ。誰かを無性に好きになるというジャンルでは。まだ、階段をのぼったばかり。畳に耳がこすれて固くなるほどの練習にも明け暮れず、経験もないひとの集団なのだ。つまらない例えだが。
そんな状態でも、ぼくは嫉妬しない。見えない菌というものが解明される前の科学者のように、ぼくの周囲には悪いウィルスもない。
彼女も同じようにぼくのすべての時間を管理し、把握しているわけではない。もっと突き詰めれば、ぼくの好物も見当がつかないかもしれない。カレーライスがそれほど好きではないこと。だが、その年代の若い青年の好みなど、大きな差はないのかもしれない。好みや趣味の変貌を遂げたり、自身で気付いたりするのは、もっと後なのだ。酒を飲むのには早過ぎ、小遣い以上の自由になるお金を手にするもの、もっともっと先のことだ。お金がもたらす自由と、限界と制約の枠を知るのも先。そのささいなお金で喜んだり、悲しんだりするのも未来のことだ。
しかし、恋というのを妨げるのは、歯止めしようとするものは何もなかった。しつこいようだが、その恋に嫉妬はまぶされていない。原材料だけで手を加えずに完成に近いもの。それがぼくのあの日の恋だった。彼女は一日の勉強を終え、友人たちとの語らいも過ごし、ただひとり、ぼくと会うことになる。携帯電話で自分の居場所を知られる心配もない。当然、無遠慮な方法での中断もない。邪魔するものはなく、ぼくはありもしない異性との会話や着信履歴を心配することもできない。
もしかしたら、彼女は学校で解けない問題に頭を悩ませていたかもしれない。ぼくは彼女のテストの時期も知らなかった。ぼくに会えるとなった約束時に彼女が発した喜びの声を、ぼくは正当な理由として、彼女と待ち合わせをしている。裏に大事な時間があったとしたら、ぼくには分からないぐらいにカモフラージュしていた。ぼくは見抜けない。ぼくの無知な動揺を彼女も見逃さない。しかし、そんなやりとりは起こらなかった。彼女は、進学したいのか就職したいのかも知らない。ぼくに進学という道はもうない。自分で選び、自分からはしごを外した。
ぼくは他の人の優越性にも嫉妬しない。拘束もない自由には、嫉妬の断片も入り込まない。失い、それを手に入れた別の誰かに羨望を抱く。過去の自分の甘かった状況が途絶えたことを憐れむ。ぼくは定義する。定義するからには、その感情を知っている。把握というのは、つまりは悲しみであった。同情もない、欠如だらけで満載の憐みだった。ぼくらは手をつなぐ。ぼくはその手を誰かが握るであろうことも予測できない。その状態は神々しかった。ならば、神は嫉妬するのだろうか。あらゆる感情を作ったのは、いったい、誰なのだろうか。
ぼくには嫉妬がない。嫉妬される覚えもない。いつから、そんな醜い感情がぼくに訪れたのだろう。そもそも、その醜悪な種は、ぼくに内蔵されていたのだろうか。判断もできない。ぼくはまだ嫉妬というものに、さらされていなかったのだから。
彼女が、誰か別の男性との恋を選ぶなど、ぼくは思っていなかった。だからこそ恋の渦中とも呼べた。彼女もおそらく同じ感情であると決めていた。女性が抱く心配や、感情の揺れや、無意味に到来する淋しさなど、その頃のぼくは知らなかった。知らないという点では、いまも等しかった。しかし、それをごまかし、言い訳することも少しながら覚えていった。もしかしたら、いらないものでも災害時のためにリュックのなかに備えておくことは悪いことではない。準備される容量による。必要だとしても日常つかっている家財道具のすべてなど緊急時にはいらない。大切なものは、ごくわずかなものだ。そうあってほしい。ぼくは長々と書く。彼女の抱いたかもしれない不安を、なかったものとしてごまかそうとして。
しかし、反対のこともあったと仮定する。それほど彼女がぼくに夢中になっていないことも、判事のような冷酷な目を通して見れば、事実にもなり得た。偽証でもない。夢中にならなければ相手に嫉妬すら起こらない。起こす必要もない。ただの通りすがりの男性。そこに、ちょっとだけ好意が加わったぐらいならば。
ぼくは嫉妬という感情をもっていない。このつながった手の先に不安の要素などない。だが、考えてみればぼくはほとんどの時間を彼女と過ごしてない。通学のために乗る電車内の彼女を知らない。短いスカートで。学校までの道のりの途中で親しい友人に会ったときの朝の軽やかな挨拶を聞いていないし、ほがらかな笑顔も見ていない。休み時間に笑い転げて、友人の肩を叩いたかもしれない姿も見ていない。友人たちと興味ある男性の話題に熱中することも知らない。起こり得た無邪気な可能性として、ぼくはその話題の中心人物になったかもしれない自分がいたことも知らない。十代の異性たちの気持ち自体が、途方もなく遠いものだった。彼女は自分の炎の対象として友人たちにぼくのことを話す。そして、説明する。親身な陪審員はある面では賛同するかもしれず、ある面では理解に苦しむかもしれない。その幼い友たちも有段者ではないのだ。誰かを無性に好きになるというジャンルでは。まだ、階段をのぼったばかり。畳に耳がこすれて固くなるほどの練習にも明け暮れず、経験もないひとの集団なのだ。つまらない例えだが。
そんな状態でも、ぼくは嫉妬しない。見えない菌というものが解明される前の科学者のように、ぼくの周囲には悪いウィルスもない。
彼女も同じようにぼくのすべての時間を管理し、把握しているわけではない。もっと突き詰めれば、ぼくの好物も見当がつかないかもしれない。カレーライスがそれほど好きではないこと。だが、その年代の若い青年の好みなど、大きな差はないのかもしれない。好みや趣味の変貌を遂げたり、自身で気付いたりするのは、もっと後なのだ。酒を飲むのには早過ぎ、小遣い以上の自由になるお金を手にするもの、もっともっと先のことだ。お金がもたらす自由と、限界と制約の枠を知るのも先。そのささいなお金で喜んだり、悲しんだりするのも未来のことだ。
しかし、恋というのを妨げるのは、歯止めしようとするものは何もなかった。しつこいようだが、その恋に嫉妬はまぶされていない。原材料だけで手を加えずに完成に近いもの。それがぼくのあの日の恋だった。彼女は一日の勉強を終え、友人たちとの語らいも過ごし、ただひとり、ぼくと会うことになる。携帯電話で自分の居場所を知られる心配もない。当然、無遠慮な方法での中断もない。邪魔するものはなく、ぼくはありもしない異性との会話や着信履歴を心配することもできない。
もしかしたら、彼女は学校で解けない問題に頭を悩ませていたかもしれない。ぼくは彼女のテストの時期も知らなかった。ぼくに会えるとなった約束時に彼女が発した喜びの声を、ぼくは正当な理由として、彼女と待ち合わせをしている。裏に大事な時間があったとしたら、ぼくには分からないぐらいにカモフラージュしていた。ぼくは見抜けない。ぼくの無知な動揺を彼女も見逃さない。しかし、そんなやりとりは起こらなかった。彼女は、進学したいのか就職したいのかも知らない。ぼくに進学という道はもうない。自分で選び、自分からはしごを外した。
ぼくは他の人の優越性にも嫉妬しない。拘束もない自由には、嫉妬の断片も入り込まない。失い、それを手に入れた別の誰かに羨望を抱く。過去の自分の甘かった状況が途絶えたことを憐れむ。ぼくは定義する。定義するからには、その感情を知っている。把握というのは、つまりは悲しみであった。同情もない、欠如だらけで満載の憐みだった。ぼくらは手をつなぐ。ぼくはその手を誰かが握るであろうことも予測できない。その状態は神々しかった。ならば、神は嫉妬するのだろうか。あらゆる感情を作ったのは、いったい、誰なのだろうか。